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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第五章 奇跡の日
24/36

01

 日が暮れても互いの攻防が止むことはなかった。雨が降り始め、雷鳴が轟いている。その音に混じって銃やミサイルの音が響く。

 視界が悪くなると、シギルの仕事ははかどらなくなってきた。サーチライトを駆使して陸海ともに戦場を照らしてはいるものの、横殴りの激しい雨が物の正体を不明にする。両眼の視力は五.〇。夜目も利くほうだが、それもモニター越しでは充分に活かされない。

「GPはわざわざ嵐を狙って来たのかも知れません」

 シギルはショーカーに言った。

「俺の能力に関する知識については、向こうに分があります」

 ショーカーは額に汗を滲ませ、シギルを見つめた。

「能力を封じるための作戦か」

 シギルはうなずき、ショーカーは舌打ちした。

「まずいな。早く将軍を呼び戻さねば」

「嵐は明日いっぱい持ち越した後、スカルベニー方面へ移動して行きます。空を利用するのは無理でしょう。かといって地上の移動手段じゃ、最速で丸二日かかります。その間に劣勢に傾く恐れがあります」

「だが主力部隊はグラウコスにある。設備も充分すぎるほどだ。視界が悪いのはお互い様。持ちこたえられるか、優勢に持って行くことも」

「どうでしょうか。将軍は〝セフィラのいないGPは敵ではない〟と買い被ってくれましたが、GPにとっては、ブレッド・カーマルのいないグラウコス軍など敵ではないかも知れません」

 ショーカーが息をのんだ。その時、指令室に連絡が飛び込んで来た。

〝戦艦805、戦闘不能! 乗組員の救助を頼む。海上南に千八百、西に五百メートルのポイント〟

 シギルは顔を上げて言われた地点のモニターを探した。暗い海に沈もうとする戦艦が見える。乗組員が確認できるまでカメラを寄せるよう頼もうとしたところ、フォレストがすでに操作をしていた。彼の横顔にはただならぬ緊張が走っている。

 戦艦805は、マチルダが乗っている船だ。シギルもいつも以上に緊張し、手に汗握った。しかしカメラが寄っても、乗組員を確認するのは困難を極めた。暗い海、立ちこめる煙、激しい雨。それらが視界を遮ってしまう。

「直接現場に向かいます。そのほうが確実です」

 シギルの意見に大将らは同意し、フォレストは期待をこめた目でシギルを送り出した。

 ウェールズが無線をとった。

「ロスレイン。戦艦805の救助にラインビルが向かった。援護を頼む」

〝ラジャー〟


 豪雨に打たれながら、シギルは身ひとつで港に立った。辺りにいる海兵に正確な方角の確認をとる。そんなシギルに海兵は尋ねた。

「ヘリは出せないでしょう。救助用ボートで向かいますか、それとも……」

 シギルは首を横に振った。

「このまま行きます」

 言うなり、シギルは地を蹴った。荒れ狂う波の上を目的地に向かってまっすぐに、猛スピードで飛ぶ。それはミサイルのように正確で高速だった。

 海兵は驚き、腰を抜かした。

「あ、あれがセフィラの力か。はは……こいつはすげえや」


***


 救助が始まって一時間が経った。容赦なく落ちてくる雨に体温を奪われながらも必死に兵士の姿を捜し救助していたシギルだが、そろそろ焦りを感じ始めた。

「どうしよう、マチルダが見つからない」

 寒さに震える唇で呟き、シギルは上空を見上げた。救助を援護するファウストの搭乗機が見える。シギルは耳につけた無線機でコンタクトを取った。

「兄さん、マチルダが分からない」

〝……俺をここから出せるか?〟

「うん」

 シギルはサイコキネシスで機を海面すれすれまで下ろした。ファウストはコックピットを開け、荒れ狂う海を見つめた。

「どうするの?」

「潜水して調べる」

 ファウストは上着とシャツを脱ぎ、海へ飛び込んだ。危険な行為だが、シギルにはファウストを守れる自信があったし、ファウストにはそうせねばならない事情があった。まだマチルダを愛しているのだ。制止の言葉は不要である。


***


 一夜明け、嵐は去った。

 805の乗組員五十人中、三十六人が無傷、五人が軽傷、八人が入院したが命に別状はない。だがただ一人、セフィラ戦に入って初めての死者が出た。

 マチルダ・マイセンだ。

 彼女の父フォレスト・マイセンの嘆きようは、見ていられないほどだった。霊安室に閉じこもり、かたくなに離れない。誰も慰めの言葉は思い付かなかった。

 現在GPの攻撃は一時停止している。陸はどうにか撃退し、海上は睨み合いが続いているといった感じだ。

 マチルダの遺体を引き上げたファウストは今、シギルとともに自室で待機している。彼もまたマチルダの死を嘆き苦しんでいるので、休息が必要だった。

「ごめん。助けられなくて」

 シギルがいたたまれなくなって言うと、ファウストは首を横に振った。

「おまえのせいじゃない」

「でも」

「これは戦争だ。セフィラの力も万能ってわけじゃない。仕方ないんだ」

 もちろん本音ではない。だが彼はそう答えるしかないのだ。どんなに覚悟していたことでも、いざとなれば折れてしまう。立ち直るには相当の時間を要することだろう。

 シギルはままならぬ現実に傷つき、涙で頬を濡らした。


***


 翌々日の早朝。ブレッドが陸路で帰還した。GPは昨日をもって退去した後だ。

「それで、遺体は?」

 マチルダの訃報を聞いたブレッドは、ショーカーと戦闘時の詳細を確認しながら尋ねた。

「霊安室です。マイセンは外部の家族との面会を望んでおりますが」

 伝えるショーカーは沈痛な面持ちだ。ブレッドは左手を腰に当て、右手で顎をつまんだ。

「外部との接触を認めるわけにはいかない」

「しかし、それはあまりに非情では」

「わかっている。ようは面会を要求しなければならない状況を回避すればいいんだろ?」

「は?」

 不可解な言葉を残し、ブレッドはまっすぐ霊安室に向かった。中へ入るとフォレストがベッド脇のイスに座っていて、ゆっくり振り返った。ブレッドを視界に留めると、憔悴し、泣き腫らした目をわずかに見開いた。

「お戻りですか」

「まあな」

「随分と早いご帰還で」

「嫌味を言うな。それより、ちょっとここを出ていろ」

 フォレストはくわっと目を剥き、立ち上がった。しかし睨み返されて怯んだ。ブレッドは言葉や理屈では説明のつかない支配力を持っているのだ。

 フォレストは腕をわななかせながら、後ろ髪を引かれる想いで退室した。すると廊下にはなんとなくついて来た様子のショーカーがいた。その時、おそらく将軍の正体を知っていると思われるショーカーに対し、敵意を持ったことは確かである。

「いまごろ将軍が戻って来ても、マチルダは生き返らない。退役させればよかった。こんなことになるのなら、外で敵に狙われたほうがましだった」

 ショーカーは応えずに沈黙した。外で狙われることがましであるはずはない。だが今、フォレストの精神状態は普通ではない。それを理解して受け入れた。


 そうして二人が向かい合い立ち尽くすこと五分。霊安室のドアが開いた。

 視線は同時に投げられた。ブレッドは軽く口の端を上げ、微笑している。場面違いの表情に思えた時、その背後からフッと姿を現した人物に、二人が仰天したことは言うまでもない。

「マ、マチルダ!」

 フォレストは思わず声を上げた。生前と変わらぬ彼女の姿に驚愕し、身を震わせた。

「こ、これはいったい、どういう……」

 動揺しながらショーカーが尋ねると、ブレッドは袖をまくって腕を見せた。蔦が這い、花が咲き乱れているような朱色の紋様。それが皮膚にくっきりと刻まれている。

「治癒能力を発動させた後の産物だ。サイコキネシスがある世の中なんだから問題ないだろう?」

 ブレッドが不敵に笑いながら言うのを見て、ショーカーは絶句した。ベストラと対峙しているのを目撃したとき以上に、ブレッド・カーマルに対する恐れを抱いたのである。

 一方、フォレストはそのような説明も上の空だった。なにしろ娘が蘇ったのだ。彼にとってこれ以上に大切な事実はない。

「マチルダ、マチルダなんだな?」

 フォレストはゆっくりと歩み寄り、手を取った。マチルダはにこりと微笑んだ。

「そうよ。変なこと聞かないで、お父さん」

 笑顔も声も、手のぬくもりも、間違いなくマチルダ・マイセンである。そう確信したフォレストは感極まってマチルダを抱きしめた。


 この出来事は瞬く間に基地内を駆け巡ったが、極端に騒ぎ立てる者はなかった。ブレッド・カーマルが人ではないという感覚を、誰もがどこかで感じていたからかもしれない。

 唯一、シギルだけは変な期待をした。いわゆる超能力者というものが自分一人ではないのではないか、という期待である。ブレッドがシギルに理解を示すのは自身も超能力者だからだとすれば、とても納得がいくのだ。

 だが問いただすとブレッドは首を横に振った。

「おまえの気持ちはよく分かる。仲間が欲しいのだろう。だが俺のは厳密に言うと超能力ではない」

「では、なんですか?」

 シギルがガッカリしながら尋ねると、ブレッドはおかしそうに笑った。

「悔やむな。世の中には超能力以外にも人智を越えた力は多くある」

「……それが超能力じゃないんですか?」

「人が人外の力を手に入れた場合はな。人外の者が人外の力を有しているのは当たり前のことで、超能力とは言わない」

 シギルはさっと青ざめた。なにか決定的なことを聞いたからだ。

「そそそ、それって、ええっと……」

「慌てるな。特別なことじゃない。誰もが個性を持っているように、これもひとつの個性だ。目立つので異質に見えるが、ただそれだけだ。だから卑屈になることもないし責められるいわれもない」

「だ、だけどっ」

「偏見が怖いか?」

 シギルはぐっと胸をえぐられた気がした。基地内にいて将軍やシーラン兵が味方についているからこそ自分がある。しかしそれらを失ったら地獄しかないように思うのだ。

 そんなシギルの心情を察するように、ブレッドは優しく諭した。

「心配しなくても、人間というのは往々にして自分の中にないものには無関心だ。おまえの能力は人とかけ離れ過ぎているし、羨ましさを通り越したところにあるものだろう」

「でも」

「誰かがおまえを嫌うとしたら、それは超能力以外の部分だ。日ごろ無意識に気になっている自分の嫌な部分を相手に見出した時、人は非難したり嫌ったりする。あるいは自分にはないが欲しいと思っているものを見つけた場合も嫉妬心から嫌悪する。それを知っていれば恐れることはない。おまえは誰も憎まずにすむし、平和な心でいられるはずだ」

「超能力を欲しいと思う人はいないでしょうか」

「空想で得たいと思うことはあっても、現実的な問題を考えると本気で欲しいと思う者はいないだろう」

「なんか、そう言われると逆に傷つきます。誰も欲しがらないものを持ってるなんて」

 うなだれるシギルを見て、ブレッドはまた笑った。

「人は傷を負って初めて相手の痛みが分かるようになる。だからそれでいいんだ」

 シギルはブレッドを見上げた。その姿に漠然とだが、未来がどんな苦難に満ちていたとしても、彼だけは何者も見捨てずにいてくれるのだろうと感じた。

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