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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第四章 開戦
22/36

03

 開戦から一カ月、前線の部隊は第一部隊から第二部隊へと交代し、戦場はスラッシュ・ヴィレッジから赤道直下に近いスカルベニーへと移動した。

 六軍が沈黙を保っているのは、GPとの交戦でグラウコスが武器や体力をある程度まで消耗してしまうのを待つためだろうと考えられる。


 シギルは連日モニターを観ながら参戦していた。サイコキネシスは攻撃に使用しないというのが大前提であるため、もっぱら救出や回避などに費やされる。

「モニターを見ながらの作業は、もうだいぶ板に付いてきたな」

 ブレッドが言い、シギルはうなずいた。

「少しだけファウストを借りたいが、大丈夫か?」

「はい」

 ブレッドはファウストに向かい一緒に指令室を出るよう視線で合図した。そしてやや歩いた先の廊下で、二人は立ち話をした。

「帰還兵の反応はどうだ?」

 ファウストは声を落とした。

「シーランの反応はいいです。ますますセフィラの力に信頼を寄せたようで。しかしネオ・ゲノムとアドサピリアにはハッキリとした脅威を印象づけてしまったように思います。表向きは変わらない様子を取り繕っていますが、前より壁を感じます」

 ブレッドは溜め息をついて顎をつまんだ。

「ネオ・ゲノムはこの際おいといて、アドサピリアの支持率は気になる。何と言っても最大の人口を誇るからな。軍においても例外はない」

「どのくらいあれば良いとお考えですか」

「六十パーセントは欲しい」

「そんなに?」

「半数を超えれば、それに追従して十パーセントから十五パーセントの支持率向上が期待できる。人は意見の多い方に流されやすいという傾向が当てはまればだが」

 ファウストは眉間を寄せた。

「なにか雲をつかむような話ですね」

「確かに。しかし少しでも期待できることはしたほうがいい。なにしろ世論をも左右する大事な問題だからな。多数決をとれば多いほうが正しいとされる世の中だ」

 ファウストは無意識に息をのんだ。シギルは今のところ楽観的だ。無理に明るく振る舞おうとしているだけかも知れないが、自分が想像していたより状況がいいからだろう。

 だがそれはブレッドに匿われていることが条件であり、真実ではない。彼が手を引けば一気に四面楚歌だ。シーランでさえ手の平を返すかも知れない。

「一度、サイコキネシスのサポートを中断されてみては」

「死傷者を出すのは好ましくない。支持率を下げるより最悪だ。セフィラの力なくしてはあり得ない」

「ですが、みな戦士です。死はもとより覚悟の上。民間人に被害が及ぶ場合は別ですが、さいわい自衛隊の協力のおかげで避けられています。これ以上を望むのは贅沢ではないでしょうか」

「覚悟は大事だ。だがたとえ兵士でも、死を避けるに越したことはない。俺は兵士の命を預かる者として、その努力をする義務がある。セフィラの力はこれまで通り使いたい」

 それを言っては堂々巡りだとファウストは思いつつ、思案した。しかし名案はない。

「アドサピリアはシーランの親だ。時が経つごとに比率は逆転し、偏見自体はいずれ解決する問題かも知れない。が、軍内においても世間においても支持が必要なのは今だ。なにか手を打とう」

「サイコキネシスを利用しつつ、アドサピリアが恐怖心を抑えつけてまで支持をしようと決断するまでに持っていくのは、至難の業です」

「それはそうだが、このまま手をこまねいている訳にもいかない」

「ですから、一度中断してみるのも手ではないでしょうか」

「第一部隊を助けて第二部隊は自力で何とかしろというのか?」

 ファウストは、弟を想う日頃の心労と相まってブレッドが投げかける難問にイラついた。

「では、どうしろと言うんです。元帥の希望を全て叶えることは不可能です。あなたの理想は高すぎる」

「不可能だからと諦めるのか。俺は絶対叶えろと言っているんじゃない。努力をしろと言っているんだ。おまえの言うように中断すれば、第二部隊の兵士は必ず不信感を抱くだろう。一歩間違えばシーランの信頼も損ないかねない。士気が落ちれば死傷者も出やすい。負の連鎖とはそうして起こるものだ」

「では、アドサピリアの支持は期待しないことです。そもそもシギルを匿おうと決意した時から、世界を敵に回すことは諦めなければならなかったのではありませんか」

「セフィラを匿うからこそ、世界を敵に回してはいけないのだ。セフィラはシーランの最たる者だと言っただろう。この地球を生かすも殺すもセフィラ次第だ。しかし、もしラインビルが非常な疎外感にさらされたら、どうなる? 絶望の中で愛を見出せず、破滅的な衝動に駆られるのは必然だ。その時この世は終わる。スカイフィールズの思う壷だ。だからこそ全人類が一丸とならなければいけない。シーランがその先陣をきり、アドサピリアとネオ・ゲノムを後に続かせるのだ。切り捨ててはならない、何者も」

 ブレッドは言い置くと、指令室に向けて歩き出した。

 ファウストは唖然としながら、その背を見送った。

(そんなのはあくまで理想だ。言うほどたやすく実現できれば苦労はない。現にアドサピリアの支持どころかサウスやマチルダにさえ逃げられている)

 顔に苦渋の色を浮かべ、彼は目を閉じた。

(親友や恋人さえつなぎ止めていられなかった俺に何ができる。シギルを失って機械のように生きてきたせいなのか? いや。どんなに周囲のために尽くしてきても同じことだったろう。最後は誰も俺たち兄弟を受け入れてはくれないのだ)


***


 一三八八年六月十日。

 他基地よりグラウコスへ移籍を志願してきた全シーラン兵の仮採用が決定した。三カ月の研修、途中除隊の禁止、外部との連絡禁止等の条件を付け、契約書にサインをしての仮採用だ。

 士官を務めていた者は上等兵からの仮採用という内容が加えられたが、そのあたりも滞りない。仮採用者はみな〝研修〟と書かれた腕章をつけて現場に立った。新たに制服を支給している暇はないので、黒い士官服に研修の腕章をつけているという奇妙な光景も見られたりした。


 一方ブレッドは、検察側から提出された資料や戦闘の流れにより、ジアノスおよびスカイフィールズの潜伏先におおよその見当をつけ、一時休戦を宣告した。最終的に支部は全て叩き潰す予定だが、本部を叩く目処も立たないまま闇雲にやっても効率が悪く士気も上がらない。前線は包囲網を張りつつ、次の一手を準備することにした。

 まずは新しいシーラン兵を即戦力とするための準備。そして東大陸のGPに向けて仕掛ける罠の準備だ。

 シーラン兵の教育は基地に待機中の士官らに任せるとして、東大陸のGPに関しては自衛隊を動かす以外にない。

 シギルと背格好の似た者をセフィラのダミーとして前線に送り、おびき出そうということになった。シギルは直接自分が向かってもいいと言ったが、万一に備えてダミーを使うという案は変更されなかった。それでも東側が動きを見せない場合は、ブレッドが西方の前線へ向かう。グラウコスを手薄にして、攻撃を促すのだ。

 しかし実際は手薄にはしない。海軍はそのまま全体が待機し、陸軍は三分の二が残る。空軍は将官と現在待機中の者のみとなるが、セフィラがいるので不安はないだろう。つまり、ブレッドが前線へ向かう時は一人だ。

「俺が前線へ向かう場合、全軍の指揮はマイケル・ショーカーに委ねる」

 ブレッドの言葉をショーカーは重く受け止めた。


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