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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第四章 開戦
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02

 一三八八年四月二十三日。

 軍は大統領の背任行為を公に発表した。セフィラの実名については公表を避けたが、証拠書類やメモリーカードの記録等は一切カットなしでメディアに放送させた。それは同時にガゲード・パラディオンへの宣戦布告となる。いよいよ開戦の幕が切って落とされたのだ。


 テレビ画面では、司会者のアナウンサーや政治アナリスト、ジャーナリスト、オンブズマンらが熱いトークを交わしている。局内に問い合わせの電話やメールが殺到している様子さえ流されている。この報道を受け、他局の放送も切り替えられた。「セフィラ誕生の真実」と銘打ったものや「裏切られた民衆」というテーマをとりあげている局もある。

 世論は放送開始後一時間で大きな変動をみせ、グラウコス軍の支持率はうなぎ上りに上昇していった。また各地でシーランに動きが見られた。

 特に顕著な動きを見せたのは他六軍に所属するシーランの兵士である。彼らは迅速に結束し、すでに基地を後にしてグラウコス軍への入隊を希望し向かっているという話だ。数はおよそ三万。それは一軍に匹敵する人数である。グラウコス内では、それらの対応に追われ大忙しだ。


***


「こんな時に謹慎処分か。なにやらかした」

 サウスについてファウストに質問したのはディモンズ・バーン空軍少将だ。軍全体の指揮は陸海空すべてが万端で初めて成功する。その一角が出だしから乱れたので苛立っているのだ。

 戦闘機を格納している倉庫内なので若干声が響き、近くの整備士がチラッと見たが気にはしない。

「自分は何も」

 暗い顔で返答するファウストを、ディモンズはジッと見つめた。

「最近ヤツと話してないようだな」

「はい」

 ディモンズは頭をかいて口元をゆがめた。

「ヤツはガキだからな。まあ、気にしないことだ」

「……少将は気にならないんですか?」

「ん? ラインビルのことか?」

「はい」

 ディモンズはやや困った様子でまた頭をかいた。

「気にならねえって言やあ嘘だな。だが気にしても始まらない。将軍からしてああなら、俺は軍人として腹くくるだけだ」

「潔いですね」

「長いものには巻かれろってな。最初は動揺したが、俺たちにほかの選択肢はない。誰かがセフィラ戦の前線に立たなきゃならないんだ。だったらやるさ。この俺がやってやる」

 ディモンズの覚悟に、ファウストはため息ついた。さすがに少将を務めているだけの度量があると感心したのだ。

 黙り込んだファウストを見て、ディモンズはふと笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。ヤツも大陸の龍と呼ばれた男なら、必ず戻って来る」

 その言葉はファウストにとって、ずいぶん励みとなった。


***


 連日のように繰り広げられるセフィラのニュース。大統領への怒りの声。当事者はテレビをつけるのも嫌気がさしてきているが、情報は必要だ。ファウストとシギルが例によって観ていると、臨時ニュースが入った。

〝背任行為発覚後、自宅にこもっていたと思われるジアノス・マートン大統領ですが、検察の強制捜査による家宅捜索で不在が確認されました。逃亡したものと思われます〟

 シギルはファウストと目を合わせた。


 時を同じくして、ブレッドはシュウヤを報告室に呼んだ。

「するとは思っていたが、案外早かったな。こちらで把握している限りのガゲード・パラディオンのアジトを襲撃しよう。軍は陸と空から派遣する。自衛隊からは周辺住人のための救援隊を派遣してくれ。守りだけで結構だ。避難誘導と避難後の生活支援を徹底すること」

「オッケー」


 指令室でもすでに陸海空の大将が待機している。

「周辺海域の守備と監視を徹底しろ」

 とフォレスト・マイセンが言う。一方で、

「主力部隊は三、一小隊は八十名、四小隊、四中隊を編成。大隊は四とする。隊長はケビン・タイラー大佐。隊長の指示に従って素早く形成、のち、いったん報告を返せ」

 とマイケル・ショーカーが伝える。その横では、

「陸軍一小隊につき十機の援護をつけろ。操縦士、副操縦士はルーヴ・サーヴァル・メイレン大佐の決定に従え」

 とケント・ウェールズが指示した。

 十数分後。

 陸軍、空軍ともに出陣の用意が整ったようで、報告が入った。

〝指示をお願いします〟

 これにマイケル・ショーカーが応えた。

「スラッシュ・ヴィレッジからサマイト森林地帯にかけて、北西部に点在するGPアジトへ攻撃を開始する。五分以内に第一部隊およびそれに追随する全機、出陣してくれ」

〝アイアイサー〟


***


 一夜明け、最初の戦地となるスラッシュ・ヴィレッジに到着した陸軍本隊は、日の出を待たずして攻撃を開始。テレビでは早朝から開戦のニュースが流された。

 シギルはファウストとともに報告室にあった。ブレッドに呼び出されたのだ。

「前々から述べているように、守備に関しては力を借りることになる。その前にセフィラの能力について、もう少し具体的にできることを教えてもらいたい」

「はい。物の大小や性質にこだわらず、何でも動かすことができますし、破壊も可能です。ただ、視界に入っていないといけません」

「すると、目に映らないものに影響力はないのか」

「そうです」

「では、何かをするには必ず現地に赴かなければならないか」

「いいえ。リアルタイムの映像なら、画面を通してでも可能です。とにかく見えていればいいんです」

「なるほど。さっそく手配しよう。モニターは指令室のが便利だろう」


 三人は指令室へ向かった。指令室では大将らとシュウヤが昨夜から控えていた。将軍が入室してきたので大将らは素早く起立し、敬礼した。シュウヤは腰かけたまま、のんびり振り返った。

「現地の様子をリアルタイムでモニターに映したい」

 ブレッドが言うと、シュウヤが反応した。

「任せろ」

 シュウヤは装置に向き直り、コンピューターをいじった。自衛隊が所有する衛生にアクセスし、指令室前面の壁に並ぶ十台のモニターに戦地の様子をあらゆる角度から映し出させる。

 右側の壁には世界地図を映した大きなモニターがあり、戦闘箇所が赤く点滅をしていて、前面のモニターに現れた場所とほぼ一致しているようだ。ブレッドはそれをひとつひとつ確認する。その横から、ショーカーが言った。

「三部隊編成で、一部隊一カ月の滞在です。現在は第一部隊が向かっており、来月は第二部隊と交代、再来月は第三部隊と交代の予定です。連隊長はケビン・タイラー大佐が務めます。リブ・デリー中佐およびアリーシャ・オーウェン少佐はそれぞれ二大隊の隊長を兼任、ケリー・イスラン大尉、セイル・ニカラフ中尉も二中隊ずつ隊長を兼任、小隊長は少尉以下、下級軍曹までが、各小隊を臨機応変に受け持ちます。形勢は今のところ有利です。周辺住民の被害もございません」

「結構」

 ブレッドがうなずくと、今度はウェールズが報告した。

「一小隊につき十機の援護をつけております。操縦士は士官十二名と士官候補を含む熟練組の上等兵千二百六十八名、副操縦士は上等兵、二等兵らが随時交代でつきます。現在、敵機は五百機前後。内四十二機はすでに撃墜しております。味方機は十二機が損傷を受けましたが負傷者はいません。今朝、交代機と整備班を向かわせました」

「GPからグラウコスへのアプローチは何かあったか」

 それにはフォレストが答えた。

「今のところは。しかしスカイフィールズが北西部を切り捨てるのは時間の問題でしょうな。東大陸部のGPに動きは見られません。応援をよこす気はないようで」

 ブレッドは腕組みをして、何か思案した。

「少しは東を手薄にするかと思ったが、そうはいかないようだな。どうにかして東のGPを動かしたい」

「あえてこちらへの攻撃を促すとおっしゃるので?」

「そうだ」

「こちらから仕掛けるのに何か不都合が?」

「まあな」

 フォレストとのやりとりを聞いて、シュウヤが口を挟んだ。

「東大陸のGPって、ヤバイ場所にでもあるのか?」

 するとブレッドは無言でうなずいた。シュウヤは世界地図を眺め、しばらく首をひねっていたが、ふと何かに気付いた様子で膝を叩いた。

「ストーク断層か!」

「そうだ。極めて不安定な断層だ。地震や津波を引き起こす可能性があるかぎり、強い衝撃を加えたくない」

「では、どうしますか」

 マイケル・ショーカーの問いに一同は唸った。そんな中でシギルが不意に言った。

「俺が囮になってもいいですよ」

 皆は一斉に、シギルへ目を向けた。

「スカイフィールズは俺を取り戻したくて躍起になってるはずです。俺が出て行けば、全勢力を傾けてくるんじゃないでしょうか」

 邪気のない瞳で、大胆なことを考える。ブレッドは静かにシギルを見つめた。

「あまり危険なことはさせたくない。が、一番確実な方法でもある。囮になって逃げ切る自信はあるか」

「あります。GPにいた時のトレーニングも、隊に入ってからの訓練もおろそかにしたことはありません」

 シギルの凛とした態度に感心しながら、ブレッドはファウストに視線を移した。

「オマエはそれでいいか」

 ファウストはいっとき間を開けて、うなずいた。

「シギルがそれでいいと言うなら」

 するとブレッドは五分ほど黙して考え込んだ。そして結局、申し出を退けた。

「もう少し様子を見てから決めよう。六軍もまだ目立った動きを見せていないし、検察の調べも始まったばかりだ。それによっては東の情勢も変わるだろう。急いては事を仕損ずる。シュウヤ」

「ん?」

「東大陸部のGPアジトを自衛隊に占拠させるという方針に変更はないが、時を待て」

「分かった」

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