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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第四章 開戦
20/36

01

 翌日。自衛隊長官が来るという話で、士官らは顔合わせをするため報告室に集合していた。そこでファウストは久しぶりにサウスやマチルダと会ったが、よそよそしさは否めなかった。互いに近寄るでもなく遠のくわけでもない距離がある。ファウストはシギルと寄り添うように壁際へ立った。

 まもなくブレッドが長官らしき人物と現れ、士官らは素早く整列した。

「紹介しよう。自衛隊長官シュウヤだ」

「どうも」

 少し不機嫌そうに挨拶したシュウヤは、そこそこ整った顔立ちをしている。だからといってハンサムというのではない。亜麻色の髪。紺青(こんじょう)色の瞳。格好は白いワイシャツにネクタイというサラリーマン風だ。背丈や体格はブレッドをやや凌ぐような大男だが巨漢というイメージもない。どこにでもいるスポーツマンという印象の男である。

「俺とともにグラスゲートで活動していた男だ。よろしく頼む」

 士官らは息をのんだ。彼がベストラに乗り込んでいった者の一人だと察したからだ。

「それでセフィラは?」

 士官らの思いをよそにシュウヤが尋ねる口調は軽い。無言で下を向く士官らに気を遣いながら、シギルはゆっくり手を挙げた。

「俺です」

 シュウヤはシギルを見て顎をつまんだ。

「ふーん。これから大変だな。まあコイツに任せておけば大体は大丈夫だ。なあブレッド」

 肩を叩かれたブレッドは腕組みをして眉をひそめた。

「いや、なるべく各々で解決できるよう頑張ってもらいたい。何もかも俺がするんじゃあまり意味がないだろう」

「スエムの時はほとんどの事をしたじゃないか」

「あれは子供ばかりで人数が限られていたからだ」

「今回は沢山いるっていうのか? 仲間が」

 シュウヤは少しおどけるように笑った。ブレッドは軽くため息ついた。

「もちろん急には無理だろう。だが、ここに残った。あとは時間が解決する」

 シュウヤはじっとブレッドを見つめた。ブレッドは少し肩を引いて目元をしかめた。

「なんだ」

「いや別に」

 とはいえシュウヤは何か言いたい事があるような顔をしている。しかし敢えてここでは言わないのだろうと、ブレッドは士官らの方を向いた。

「サウス・ウィビーン」

 急に指名されたサウスは飛び上がるようにして敬礼した。

「はい!」

「シュウヤに基地内を案内してやってくれないか。特に指令室の使用法は詳しく教えてやってくれ」

「なぜ俺が?」

「案内が好きだろ?」

 ブレッドは意地悪そうに笑った。去年シギルの案内役を懇願したという伏線で皮肉を言ったのだ。サウスは不満いっぱいの顔を耳まで赤くし、返す言葉もなく敬礼した。


***


 そんなこんなで基地内の大まかな箇所を案内して回り、指令室に辿り着いた時だ。不意にサウスはシュウヤを振り返った。

「気のせいじゃないと思うけど、あんた俺が嫌いだろ?」

「まあな」

 直球な問いかけをシュウヤはかわさなかった。

「オマエだけじゃない。この軍内にいる連中はみんな嫌いだ。あのセフィラは別として」

 サウスはしかめ面になった。

「どうして」

 シュウヤは肩をすくめ、軽く横に視線を流した。

「人間ってヤツは、とかく自分と違うものを悪と決めつける傾向がある。そういう偏見は反吐が出る」

「……自分はセフィラに偏見を持たない崇高な人間だとでも言いたいのかよ」

「いいや。俺は差別を受ける側の人間だから分かるんだ。そういう空気に敏感なんだよ」

「アンタが?」

「ああ」

 シュウヤはうなずいて背を向けた。

「この際ハッキリさせておこう。ジアノスとの決着がついた時点で、ブレッドは返してもらう」

 サウスは意表をつかれて目を丸めた。

「え?」

「元々それが入隊の絶対条件だった。軍隊なんかにブレッドをやるのは反対だったんだ」

「ちょ、ちょっと待て。じゃあジアノスとの片がついたら将軍は引退するっていうのか?」

「そうだ」

 サウスは困惑して目を泳がせた。

「そんな、まだ後任もいないのに。いや、あの将軍の後に就ける奴なんて……」

「こっちには関係ない」

 冷たく突き放されて、サウスはカチンときた。

「将軍はそんな無責任なことしない。気も変わってるかもしれないじゃないか」

「変わるものか」

「えらい自信だな」

「確認してみるといい。とにかくセフィラ戦においては協力を惜しまない。しかしブレッドが退いたあとは軍事には一切タッチさせない。自分たちで何とかするんだ。そのくらいの覚悟でこれからの事に立ち向かえ。俺が言いたいのはそれだけだ」

 サウスは口を開閉させたあと、つぐんだ。

(くっそー! よーし、そんなに言うなら確かめてやるぜ)


 サウスはいきり立ち、案内も説明もそこそこに済ませるとブレッドのもとへ直行した。シュウヤとのやりとりを一部始終話して聞かせると、ブレッドは半分困ったような顔をしてイスに腰かけた。

「引退するのは本当だ」

 サウスはスッと脱力した。お先真っ暗だと思うほどショックを受けた。

「こ、後任は考えてあるんですか」

「むろん。だがセフィラ戦の結果に大きく影響される。現段階で明確な答えは出せない」

 サウスは深い溜め息をつき、自分とブレッドを隔てる机に両手をついてうつむいた。

「大丈夫か?」

 ブレッドに問われてサウスは首を横に振った。

「そんなわけないでしょう。相当ショックです。将軍がいなくなったら、もうどうしていいか」

「そんな弱音を吐くなんて珍しいな。隣が空いているからじゃないのか?」

 サウスは目を見開いて顔を上げた。ブレッドは微笑んでいた。

「なぜ迷っている。竜も足がなければ駆けることはできない。鷹も翼がなければ空を飛べない。そんなこと、よく分かっていたじゃないか」

 サウスは唇を噛んだ。

「そう言われても。俺にどうしろって言うんです」

「セフィラが気に入らないか? あれはオマエが知っているラインビルと同じだぞ」

「同じじゃありません」

「どうかな?」

「俺たちを騙してたんですよ?」

「おまえがラインビルの立場なら騙さなかったとでも言うのか」

「屁理屈です」

 サウスのかたくなな態度に、さすがのブレッドも笑みを消した。

「犯罪組織から身を守るためにIDを書き換えるのはよくあることだ。ラインビルが使ったのは正当手段だ」

「で、でも!」

「彼らが違って見えるというなら、それは偏見で曇っている目のせいだ。変わったのはオマエだ、サウス。友達だと嘘をつき騙していたのはオマエだ」

 ブレッドの厳しい言葉にサウスはひと言もやり返せず拳を握った。顔はみるみる赤くなっていく。

 ブレッドは机に両肘をつき、指を組んで静かに引導を渡した。

「しばらく暇をやる。頭を冷やして出直して来い」

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