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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第三章 白日の下に
19/36

08

 彼らは会議を中断し、陸軍管轄訓練場へと赴いた。本日は休暇日であるため、さいわいほかの兵士らはいない。

 シギルはブレッドと十メートルほど距離を置いて向かい合った。

「手加減するなよ」

 とはブレッドが言った。シギルは躊躇した。兄の前ですら能力を披露するのは初めてである。それを対人間でおこなうのは抵抗があるのだ。

「思い直しませんか?」

 シギルの台詞にブレッドは失笑した。

「幹部には誰一人として抜けてほしくない。それには、おまえと一戦交える事態におちいっても俺が抑えられることを証明しなければならない」

 もっともな意見にシギルは状況から逃れるすべを失った。大きく息を吸い、深く吐く。覚悟を決めたのだ。

「では、行きます」

 シギルは意識を集中し、気圧球を作ってブレッドへ投げた。あたりには強い風が巻き起こった。離れて見ている幹部らが、あおられてよろめくほどの強風だ。しかしブレッドは少しも揺るがず軽く手をかざして気圧球を受け止め、手首を返して跳ね飛ばした。

 気圧球が戻って来たのに慌てたシギルは、自分の身体を宙へ浮かせて避けた。

 次の瞬間。

 ブレッドが懐に飛び込んでシギルの胸を手の平で打った。シギルは衝撃に後方へ飛ばされ、数回転して地に着地した。

「ほら、手加減するなと言っただろ?」

 声がしたのは背中だ。シギルは素早く振り返ってブレッドを引き離そうと思ったが、すでに姿はない。グルッと周囲を見渡すと、今度は空から声がした。

「上だ」

 ハッとした時には遅かった。金色の光の球がシギル目掛けて落ちて来たのだ。

 それは隕石が落下するかのごとく重い響きをともなって地に衝突し、爆風を生んだ。

 幹部らは衝撃波を避けるように身を伏せたが、ファウストは瞬間だけ身をかがめてシギルのもとへ走った。

「シギル!」

 衝撃波がおさまるまでは一分ほど要した。中は嵐と同じである。それでもファウストは懸命にかいくぐってクレーター状になった場所まで到達した。そこで見たのは、巻き上がる土埃の中に立っているブレッドと、その足元に横たわるシギルだ。

 ファウストは真っ青になって駆け下り、シギルを抱き起こした。

「シギル!」

「心配するな。気を失っているだけだ。ケガはない」

 ファウストは鬼の形相でブレッドを睨んだ。

「殺す気ですか!」

「ケガはないと言っただろう」

 ブレッドは言いつつ、自分の袖のボタンを外して腕を見せた。腕には蔦や花のような朱色の模様がタトゥーのように刻まれている。

「まあ、正直に言うとケガはさせたが、ちゃんと治癒した。これは治癒を施すと現れる紋様だ」

 説明を終えると、ブレッドはさっさと袖を直した。

「信じられないならそれでも構わない。心配なら医師に診せればいいだけのことだ」


***


 シギルを医務室のベッドへ寝かせ、ファウストは近くのイスに腰かけて溜め息ついた。

(信じられん。なんだあれは)

 シギルには傷ひとつない。それがブレッドの言う治癒の結果なら驚異的な奇跡である。

 ファウストは額に汗して顎をつまんだ。

(上には上がいる——か。なるほどな。いや、それにしても)

 彼は頭がやや混乱していた。

 シギルのようなサイキッカーがいる世の中だ。どんな能力者がいても不思議ではないが、異常な強さである。そのような存在がセフィラのように知られていないのはどうにも解せないのだ。背景に有名なグラスゲート事件があるにもかかわらず。

(マスメディアに圧力をかけているとしか思えないが、それも釈然としない。誰もが沈黙してしまう理由でもあるんだろうか)

 幹部らは一応シギルを匿うことに納得した。が、彼らとて同様にセフィラ以上の存在を知って何を思ったか定かではない。ブレッドは彼らが退役するのは自由だと言う。だが会議でも述べたように、グラウコスで上位士官を勤めている者が外に出るのは危険だ。シギルとの対決はむしろ「ブレッドの庇護下にいるほうがよほど安全である」と知らしめることが目的のようだった。

(とりあえず幹部の協力は損なわずにすみそうだが)

 ファウストは思いつつ、ふとサウスとマチルダのことが気にかかった。医務室へ訪ねて来ないからだ。シギルはマチルダから見れば恋人の弟。サウスから見れば親友の弟だ。これまでの付き合いで彼らの性分は分かっている。心配してやって来ないはずはないのだ。それなのに……

 ファウストは漠然とした不安に駆られてイスから立ち上がった。医務室の扉を見つめる、その瞳には祈りがあった。「今に叩かれる」「今に開かれるはずだ」と。

 だがその日はとうとう、どちらも姿を現さなかった。それが何を意味するのかファウストには分かった。

 彼はグッと拳を握り、静かに落涙した。


***


 翌日。セフィラ戦に関する詳細事項が全隊員に伝えられた。ロスレイン兄弟のことが完全なる白日の下へさらされたのだ。

 会議に出席した幹部らには三日の猶予が与えられ、グラウコスに籍を置くその他の軍人には一週間の猶予が与えられた。

 最終的に残った人員は九十パーセント。主な除隊者は新入隊員で、士官からの除隊はゼロだった。いったん残留を決めた者はセフィラ戦を終えるまで除隊禁止であるが、それでも九割残ったというのだから奇跡と言うよりほかない。


「将軍の求心力だろうか」とファウストは思う。

 とにもかくにも戦力を維持するに充分な兵を確保できた。ブレッドもこの結果に一応の満足を得ている。

 あれからマチルダやサウスとすっかり顔を合わせなくなったファウストは身の置き所がなく、今日もなんとなくブレッドと行動をともにしていた。すると、

「サウスとマチルダはどんな具合だ」

 とブレッドが問うてきたので、ファウストは深いため息まじりに答えた。

「なんとも。あれ以来たいして顔も合わせていないので」

 内情を察したらしいブレッドもため息をつき、ひと呼吸置いて話題を変えた。

「明日、長官がこちらへ来る。しばらくグラウコスに留まって作戦会議等に加わる予定だ。自衛隊への指揮もここから執らせる。軍と自衛隊間の連絡を密にする目的も兼ねているから、よろしく頼む」

「イエス・サー」

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