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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第三章 白日の下に
18/36

07

「な、なに? なんだって?」

 サウスは言葉を理解できない様子で眉をひそめた。

「嘘でしょう? 本当なの? 冗談でしょファウスト」

 マチルダは震える声で問いただした。

 ファウストは机の上に置いた左手の拳を握って、誰の顔も見ずに答えた。

「俺の弟だ」

「——!」

 サウスが勢いよく立ち上がった。ブレッドはそれを見咎めて強く制した。

「着席しろ、サウス」

「だって!」

「心を乱すな。着席しろ」

 サウスは不服そうに立ち尽くし、反論したげにブレッドを睨んだ。するとサウスの直属の上司であるショーカーが慌てて間に立ちはだかった。

「座るんだウィビーン! 申し訳ありません、私の教育が至りませんで」

 しかし異常に低姿勢に振る舞う上司を見て、若いサウスは余計に反発を覚えた。

「前から聞こうと思ってたけどよ、確かに将軍はスゲエし、こえーよ。総帥なのも納得だ。でもなんでそんな過剰にへりくだるんだ? 将軍の言うことには答えが左でも右ならえだ」

 ショーカーは刹那、シモンズと顔を見合って脂汗をかいた。それからサウスを見て言った。

「おまえは若い。グラスゲートのことは紙面でしか知らんだろう。たとえ若くなくてもだ、あの当時を、あの戦いを、直接目の当たりにしてない者には分かるまい。ましてベストラ・ファミリーがどれほどの脅威だったか知る由もなかろう。それこそ政府と軍をひっくるめたほどの力を持っていた。将軍はわずか十一の少年。連れた仲間は十五人。それが一夜にして根絶させたのだ」

 サウスしかり、比較的若くグラスゲートの伝説を聞きかじったことしかない者は、目を見開いてブレッドに注目した。

「あ、あれってカーマル将軍だったのか!?」

 ショーカーはうなずいた。

「そうとも。またそうでなければ、この歳でグラウコス将軍の座には就いておるまい」

 この言葉を受けるようにして、空軍少将ディモンズ・バーンも額に汗をにじませながら驚きを口にした。

「いかに天才的といっても、総帥にしては若すぎると思っていたが、そんな背景があったのか」

 しかし興奮が少し冷めると、サウスが再び意見した。

「そりゃスゲエ。こっちが思ってた以上にさ。だけど、それにしたって——もう時代が違うんだ。変わったんだよ」

 ショーカーは目を閉じて、首を横にふった。

「世の中すべてが変わるわけじゃない。どんなに時が流れても絶対に不動のものがある。太古から、この地球の以前から、いやそれよりもずっと気の遠くなるような昔から」

 彼が言いおよぼうとするものに気づいたブレッドは、不意に口をはさんだ。

「俺の話はいい。議題がそれている」

 ショーカーはブレッドに視線を移して、会釈した。

「申し訳ありません」

 だがサウスは依然、不満げだ。

「俺はまだ納得してないぜ」

 ブレッドは沈痛な面持ちでイスに腰かけると、机に片肘ついて指で軽くこめかみを押さえた。

「俺への文句は後で聞こう。とにかく話をもとに戻さないか?」

 サウスはしぶしぶ腰かけた。ショーカーも席につき、一応、会議室は落ち着きを取り戻した。

「おまえも着席していいぞ、ラインビル」

 一人立ったままでいたシギルを気遣ってブレッドが言うと、シギルはうなずいて座った。

「さて、これからの体制を築くにあたって、もう少し詳しい経緯を知りたいことだろう。そこでロイスから預かっている資料とメモリーカードのコピーを配布する。資料についてはこれから説明する。メモリーカードの中身は各々、前にあるモニターで確認を」


***


 モニターを見ながらの説明は三十分ほどで終わった。

「資料やメモリーカードの記録に関する説明は以上だ。なにか意見は?」

 ブレッドが全体を見回すと、陸軍中将アルバート・リドル(三十五歳)が挙手した。

「私個人の意見でもよろしいので?」

「構わない」

「ではシーランの立場から申し上げたい。これは絶対に許しがたい犯罪です。人権を侵しているばかりでなく、人民の信頼を裏切る行為であると認識します。私は全面的にセフィラを支持し、共に戦いたいと思います」

 抑えてはいるが、その言葉、その表情には強い憤りが感じられた。シーランの兄弟を引き裂いたという事実が彼を怒らせているのだ。シーランにとってそれは殺人に匹敵するほどの大罪である。身勝手で情状酌量の余地がない残忍な手口であれば尚更だ。

 これに呼応する形で、ケビン・タイラー陸軍大佐、シンディ・フォーク海軍少将、ルーヴ・サーヴァル・メイレン空軍大佐が手を挙げた。

「リドル中将の意見に賛同します」

「異議なし」

「自分も賛成です」

 彼らはシーランだ。ブレッドは予想通りの反応にうなずき、全員の顔を見渡した。

「ほかの者はどうなんだ」

 問いかけにフォレストが答えた。

「事情も背景も、おおかた呑み込めはしました。ロスレイン兄弟においては気の毒としかいいようがない。しかし」

「しかし?」

「もう少し猶予をいただきたい。すぐに結論は出せませぬ。なんのかんの言ってもセフィラは脅威です。守り通すとなると、ひと筋縄ではいきません。それは将軍とて覚悟の上ではございましょうが、敵は政府やGPだけにはとどまりますまい。グラウコスだけでどうやって」

 一番難解と思われる問題について問われ、ブレッドはなぜか余裕の笑みを見せた。神秘的な美しさの上に浮かぶその表情は謎めいていて、そこはかとなく恐ろしい。

「俺がなんの準備もせずにグラウコス軍に入隊したと思うのか」

 大きな含みを持った言葉に、一同はシンとなった。

「俺の敵は本来、力がおよばないことを理由にベストラをのさばらせていた政府や軍だったと言っても過言ではない。次期将軍のスカウトに乗ったのは、そんな不甲斐ない軍を変えられると思ったからだ。前期の将軍もそれを俺に期待していた。しかしグラウコスは変えることができても、目の届きにくい他軍は限界がある。まして六将軍らに疎ましく思われていてはな。いつ敵対してもおかしくない。世の中、備えあれば憂いなしだ。俺は個人で自衛隊を組織・運営している。全軍に匹敵する規模だ。なにかあれば我が軍の戦力となるよう訓練もされている。グラウコス軍は孤立しない」

 あらかじめ事情を知るファウストら以外は、みなが舌を巻いた。シモンズやショーカーもそのことは把握しておらず、口を開閉させた。

「全軍に匹敵するほどの自衛隊とはまた大きい話ですな。しかしやはり敵の数のほうが上回ります」

「本人を前にこう言ってはなんだが、セフィラのいないGPなど大した敵ではない。六軍の反発さえ乗り切れば大丈夫だ。それでも立ち行かなくなった場合は俺がどうにかする」

「自衛隊組織の陣頭指揮は誰が?」

「グラスゲート市長。シュウヤという男がやっている」

 そこでサウスが唸った。

「戦力に事欠かないのは分かりました。それで、とどのつまりセフィラの力は使うんですか」

 議題の核心部分に触れ、全員息をのんだ。ブレッドは一瞬チラリとファウストを見て答えた。

「極力使わない。だがおまえたちの危機に際しては助けになってもらいたいと思うし、民間人に危害が加わりそうな場合も借りるかも知れない。ただ攻撃には絶対に利用しない。それをしてしまっては、すべてが水の泡だ」

 ここで、ケント・ウェールズ空軍大将が発言した。

「もし我々が傘下に加わらず、除隊してグラウコスが空になっても、自衛隊とやらを率いておやりになるつもりですか」

 ブレッドは軽く失笑した。

「グラウコスで上位士官を勤めあげたおまえ達が、辞めて一体どこへ行く。敵に捕まるか、寝返るか、息をひそめて死んだように暮らすほかないだろう。捕虜になれば拷問の苦しみがあり、寝返ればセフィラや俺の敵となり、息をひそめても、いつ狩られるか分からない恐怖と戦う余生が待っている。どれが一番いい道なのか、よく考えることだな。そして決して踏み誤らないことだ」

 会議室はぞっとするような冷気に包まれた。ブレッドが言うのは辞めるも辞めないも自由な代わり、どのみち地獄だという話だ。

「冗談じゃない。それじゃあ結局、やることやるしかないじゃないか」

 サウスが文句を言うと、シモンズが腕組みをして二〜三度うなずいた。

「うむ。では、やりなさい。将軍について戦えば、なにか新境地に辿り着けるやも知れん」

「勝手なこと言うなよ。じゃあな、もしセフィラと将軍が一対一で戦ったら、どっちが勝つと思う? 俺は断然セフィラが勝利すると思うね。そういうことが絶対起きないとは言えないだろう?」

 サウスの突拍子もない発言は、みなを沈黙させた。ファウストもロイスも、そしてシギルさえも、そのたとえは軍がセフィラを匿う上での最大の弱点を突いていると思った。しかしシモンズは平然と受け流した。

「いいや、私は元帥が勝つほうに賭ける。セフィラが絶対的な力を持つと多くの者は思っているだろう。だが上には上がいるものだ」

 サウスは意表を突かれて、ブレッドを見た。

「どうなんですか」

 ブレッドは軽く肩をすくめた。

「俺は自分より強い者は守らない」

「相っ変わらず自信満々ですね。セフィラのサイコキネシスにどう立ち向かうんです?」

「どう立ち向かうかは、その時が来たら直接自分の目で確かめるんだな。今はそんな起きるか起きないか分からないことで議論しているんじゃない。目前の戦いの話をしているんだ」

「そんな重大な可能性があることを払拭できないのであれば、賛同は致しかねます」

 とはフォレストが言った。海軍大将としての最後の意地のようだ。ブレッドは冷たく視線を投げ、小さくため息ついた。

「見ないほうがいいと思うが、そうまで言うなら見せてやろう。ラインビルが俺と全力で戦う気があるならば、の話だが」

 今度はシギルを見据えたブレッドの眼差しに、ショーカーとシモンズは寿命の縮まる思いがした。

「断ったほうが無難だ、ラインビル。命がいくつあっても足りん」

 ショーカーの注意にはブレッドとシモンズ以外の全員が驚いた。シギルはこめかみに汗してブレッドを見つめ返した。

「……俺のサイコキネシスは、がんばれば地球半壊くらいにはできますよ?」

 ブレッドは笑った。

「それだけの力があるならセフィラ戦は期待が持てるな」

「いいんですか?」

「ああ」

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