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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第三章 白日の下に
16/36

05

 ファウストとブレッドの最終的な詰めの話は、元帥専用の応接室でおこなわれることになった。報告室からのみ入室可能な部屋なので、密談するには持って来いである。

 ファウストは勧められるままソファに腰かけ、向かいにブレッドが座るのを見届けてから口火を切った。

「このたびのことは感謝しています。元帥の協力を得られるかどうかという問題が一番のネックでしたから。ですが、やはりこれだけの敵。グラウコスの軍勢だけで戦うというのは無理があるのでは? もちろん元帥の力は信用しています。でも」

 ブレッドは一度、深くうなずいた。

「残念だが、ここで不安を取り除いてやることはできない。とにかく万全の用意、百の戦略、それに尽きる」

 ファウストはため息をついた。

「ええ、それは重々承知で」

「なにか?」

「はい。元帥は先日、ほかの基地からの援軍は望めないと」

「ああ」

「グラウコスの仲間は、どうなんでしょうか」

 ブレッドは眉をひそめた。

「偏見を恐れているのか」

 ファウストは硬い表情でうつむいた。

 シギルのために、果たしてグラウコスの仲間が動いてくれるだろうかという懸念。一歩間違えば彼らですら敵となるかも知れない。

 ブレッドは膝に腕を置いて指を組み、声を落とした。

「おそらくは、そういう輩も出るだろう」

 ファウストは肩を揺らした。予想していた言葉とはいえショックだったのだ。

 そんなファウストの様子に、ブレッドは苦笑した。

「はじめの内はシーランだけが味方だと考えろ」

「は?」

 ファウストは思わず顔を上げた。

 意外な発言をしたブレッドの目は真摯な光を宿して、まっすぐにファウストを見据えていた。

「セフィラはシーランの最たる者だ。セフィラを否定することは己を否定することになる。ゆえにシーランはセフィラを拒絶することができないのだ。敵に回ることはまずない」

 ブレッドはかがめていた身を起こし、背もたれに背をあずけた。

「さて、五十億ある世界人口の四分の一がシーランなのだから、単純に十二億五千万人はセフィラを支持することになる。彼らをうまく団結させることが、きたるべきセフィラ戦の勝敗を決した時、世論を味方につけられるかどうかのポイントとなる」

 ファウストは唖然とした。それが本当だとしたら、全人類を敵にするかも知れないという杞憂は大幅に緩和される。心強いかぎりだ。「しかし」とファウストは首をひねった。「憶測にすぎない話だ。そんなに上手くいくだろうか」と。

「おっしゃる通りだとしても、実際に戦えるシーランの数は知れています。万が一グラウコス軍にシーランだけが味方として残る場合、兵士の数は約六千人。他軍のシーランが加わったと仮定しても、やっと一軍の数です。それで乗り切れるでしょうか」

「心配するな。俺は個人で自衛隊を持っている。彼らは何があっても全面的に俺の味方だ。兵力は六軍に匹敵する」

 あまりに衝撃的な告白に、ファウストは驚いて顎を外しかけた。

「個人で……自衛隊?」

「俺は軍を信用して入隊したんじゃない。軍を変えるために前総帥に呼ばれたのだ。つまり六軍の将軍は元より俺の敵。それに備えることぐらい当たり前だ」

 ファウストは仰天しすぎて、もはや言葉がみつからなかった。

(さすがグラスゲート・チルドレンの王と称えられた男。とてもじゃないが、こんなのに太刀打ちできる相手などいないだろう。ゆいいつ対抗できるとしたらシギルのサイコキネシスだけかもしれない)

 ファウストは少しだけうつむいて、一分ほど黙してから尋ねた。

「将軍はシーランですか?」

 あまりにも基本的な質問に、ブレッドは笑った。

「アースリングだ」

 これまた思ってもみない回答で、ファウストは狐にでもつままれたような気分になった。

「ア……アースリングは、レイモンド・オクラが最後の人では?」

「色々面倒だからそういうことにしておいてくれ」

 納得のいかない顔をするファウストを置いて、ブレッドは立ち上がった。

「忘れてはいけない。おまえたちはどんなに進化していってもアースリングの子供だ。そして人類進化の最終形態がシーラン、その代表がセフィラだ。だからこそ俺は助けになろうと思っている」

 そこでブレッドは手を差し伸べた。

「立て」

 ファウストは言われるまま手を取り立ち上がった。ブレッドの表情は神秘的で力強い。美しさだけではない迫力があった。

「おまえたち兄弟に課せられた試練は過酷だ。いざとなれば俺が盾になり剣となろう。大丈夫だ。任せろ」

 思わず放心して、うなずきたくなる瞬間だった。だがファウストは耐えた。ここで簡単にうなずいては相手の真意など窺えないからだ。

 ファウストは一度まぶたを強く閉じてシギルを想い、決心して重い口を開いた。

「元帥にはセフィラが必要ですか」

 ブレッドは静止し、三秒ほど間を置いて答えた。

「なるほど、いい質問だ」

 ファウストは胸騒ぎがして、鼓動が爆発しそうなほど高鳴った。この質問の答えにこそ、ブレッドの真意が込められているに違いないからだ。

 ブレッドはソファに腰かけた。

「この時期にグラウコスの将軍であることが、さいわいだったと思っている」

 ファウストは眉をひそめた。

「つまり?」

「俺はふたつの目的を同時に果たせる」

「ふたつの目的?」

「ジアノスを討つこと。そしてセフィラ戦に立ち会うこと」

「では、セフィラは必要だとおっしゃるわけですか」

「いいや。セフィラ戦については立ち会うだけで、実質的な参加をするつもりはなかった。万一の時には手を出したかも知れないが、今そのことを言っても仕方ない。結論を言うと、俺自身はセフィラの力を必要としない。セフィラが敵であろうと味方であろうと、またそのどちらでなくとも構わない。ただ」

「ただ?」

「ジアノスがセフィラを生み出す要因となっていたことが残念でならない。おまえの弟だったということにも多少の責任を感じる」

「責任?」

「あの時に捜し出せていれば、おまえの弟はセフィラにならずにすんでいた」

「あなたのせいではありません」

「いや、少なくとも俺はジアノスに対して寛容すぎた」

 ブレッドは言うなり立ち上がり、隣室の書斎へ行って戻ってきた。テーブルに数枚の書類を放る。

「税収の三分の一が軍事に注ぎ込まれている。三分の一だ。いくらGPがセフィラを取り込み勢力拡大したからといっても、その額は半端ではない。これほどの予算をなぜ、あの欲深いジアノスが俺に約束したと思う?」

 ジアノスとブレッドとのあいだにある金がらみの約束という点に、ファウストは動悸を覚え、胃が痛くなった。

「なぜですか」

「スカイフィールズはセフィラをもって世界征服を目論んでいるかも知れないが、ジアノスは違う。奴が欲しいのは俺の信頼だ」

 ファウストは目元をしかめた。

「あなたの信頼を得るのに金が必要とは思いませんが」

「もちろんだ。だがこの金は対GPのための資金という名目がある。セフィラ戦という大きな波を越えるのに必要な投資というわけだ。GP討伐にひと役買うと約束した証として差し出したのだ」

「それで、あっさり受け入れたんですか」

「資金は必要だ。くれるというものを断る手はない。次に裏切れば未来がないことを一番わかっているアイツが、裏切るとも思えなかった。だが、これでヤツも終わりだ」

 ブレッドは慈悲もなく吐き捨てたが、表情は哀切に苦しんでいるようでもある。ファウストはますます分からなくなって問いかけた。

「あなたはもしや、セフィラを使ってジアノスを——」

 ブレッドは失笑した。

「ジアノスは俺が成敗する。おまえたちも憎いだろうが横取りはなしだ」

 このキッパリとした態度には、ファウストもたじろいだ。

「お言葉ですが、セフィラはもう手中におさまっているも同然。セフィラの力をフルに活用すればジアノスどころか、世の中あなたの思うままではありませんか?」

「言いたくもないことを言うな。本意ではないだろう。それにジアノスはどうしても俺の手で始末せねばならない」

 ファウストは眉間を寄せた。妙に打倒ジアノスに固執しているブレッドが不可解だったのだ。

「そんなに憎んでおいでなのですか」

 ファウストが思わず尋ねると、ブレッドは皮肉げに笑った。

「当然だ。ベストラをそそのかし、スカイフィールズから正気を奪ったあの男を許せる者がいるとしたら見てみたいものだ」

 もはや怒りは確定していた。ジアノスがいなければ、ベストラとスカイフィールズの二大悪は存在しなかったのだ。伝説の男は今も健在だった。ブレッドは己の信念のためにジアノスを倒さねばならないのだ。

 敵は同じ。ならば迷うことはない。ファウストはブレッドとともに歩む未来を想い、セフィラ戦を戦い抜く決意を胸に抱いた。

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