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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第三章 白日の下に
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04

 入院してから十三日。明日に退院を控えた病室にて、ファウストは将軍の意向をシギルとロイスに伝えた。

「将軍はシギルをかくまうことに同意してくれた。ただ戦は避けられない。その準備として来年ハリス・コート准将が退職するのに合わせて俺を准将、メイレンを大佐、マーシャルを中佐に繰り上げて、おまえを少佐に上げるそうだ。それからロイスをタートルダヴから引き抜くとも言っていたが……」

 ロイスは軽く唸った。

「素直に取引していいものかどうか。シギルを少佐にすえることにどんな意味が? おまけに私を引き抜くなど」

「おまえがいればシギルは心強い。それに少佐にすえておけば扱いやすいだろう。幹部会議にも出せるしな」

「しかし大佐を拘束せず、セフィラを隔離しようとも言わないのは、どうにも奇妙です。大いなる目的のためだとしか思えません」

 ロイスの穿(うが)った意見に、ファウストは嫌悪感をあらわにした。

「それはおまえじゃないのか、ロイス・ハーベイ」

「な、なんと?」

「おまえのほうこそ、シギルを利用して何か企んでいるんじゃないか?」

 心ないとも思えるファウストの言葉に、ロイスは肩を怒らせた。

「いかに大佐でも、そのような言葉は聞き捨てなりませんぞ!」

「どうだか。GPだった奴の言うことなど信用できるか。もとを正せば、貴様らが妙な研究を始めたりしなければ起こらなかった事態ではないか」

「ぐっ」

 ロイスは二の句をつげられず、額に汗を浮き上がらせた。そのかたわらでシギルがため息ついた。

「言い過ぎだ、兄さん」

「こいつが元帥を疑ってかかるかぎり、仲良くなどできん」

「そんなこと言っても仕方ないよ。ロイは将軍の人となりを知らないんだ。俺だって、いまいちだし」

 ファウストはシギルを見つめ、ロイスを睨んで舌打ちした。

「ここはシギルに免じて引いてやる」

 だが台詞とは裏腹な態度にロイスは震え上がった。

(ブレッド・カーマルは強力な男を味方につけたな。グラウコスの鷹、そしてセフィラの兄——自身は伝説の男ときている。まさに鬼に金棒。天下無敵だ)

 ロイスはポケットからハンカチを取り出し、額の汗をぬぐった。

(よかろう。見極めてやる。ブレッド・カーマルという男の正体を。聖人の仮面をかぶった悪魔かどうか……もし悪魔であれば、きっと本性を表す時がくる。そのときは私とて容赦せん)


***


 こうして、シギルがグラウコスへ戻って少し落ち着いた頃。ディストールへ派遣されていた部隊が帰ってきた。サウスとルークは始末書を書かねばならなかったが、シギルが帰ってきていることを知ると真っ先に見舞いへ行った。ベッドに半身を起こして休んでいるシギルはもう、たいぶ具合が良さそうである。

「大丈夫か?」

「はい、おかげさまで」

「ごめんシルバー。助けてくれて、ありがとう」

「いいよ。ルークが無事で良かった」

「シルバー」

 ルークはシギルの優しい言葉に瞳を潤ませた。サウスはそれを指して、からかった。

「あ、おまえっ、また泣く気かあ? ほんと泣き虫だなあ」

「そ、そんなことありませんよ!」

「嘘つけ。おまえが泣くのを見るの、これで三度目だぞ」

「う〜っ、たまたまです。たまたま!」

 部下とじゃれあうサウスを見ているとホッとする、とシギルは息をついた。だがその平和が永遠ではないことも分かっていて、悲しかった。

 セフィラだということは、いずれ明かされるのだ。グラウコスは方々から宣戦布告を受けるだろう。そして大戦へと突入する。その時になっても彼らが笑いかけてくれるのか、シギルはとても不安だった。戦に勝つか負けるかということより、友人を失うことのほうがよっぽど恐怖であることを、改めて感じてしまったのである。


***


 グラウコス軍事基地は変わらぬ平穏を保っているかに見える。誰もが通常任務を確実にこなし、差し当たって抗争もなく、ディストールにおける災害も一段落して復興も進んでいる。新入隊員の教育も順調であり、二年生の訓練も上々。ただ春が待ち遠しいばかりの毎日だ。しかしその風景は、来るべき災厄を知る者が見れば嵐の前の静けさと映る。


 五ヵ月後に控えた人事異動やシギルの件について、ファウストは今一度ブレッドと話を詰めなければならなかった。しかしこの詰めをおこなうにあたって、シギルやロイスのあいだでは若干の議論が交わされた。


「将軍が純粋に味方となってくれるのか、それとも打算や裏があるのかどうか見極めないと。まったく打算がないってことはないだろうけど、どんな種類の打算なのかが問題なんだし」

 とはシギルの意見。

「しかしロスレイン大佐は元より将軍への信頼が厚い。英雄だという先入観が目を曇らせるかも知れない。最悪、抱き込まれる可能性もある」

 とロイス。

「わずかな不審も見逃すような兄さんじゃない。たとえ洗脳されたとしても、その時は俺が黙ってない」

「うーむ。まあ、一人でこそこそ計画を練られて準備されるよりはいいかも知れん」


 こうしたやりとりが直接ファウストの耳に入ることはなかったが、結論はシギルの口から伝えられた。

「くれぐれも用心はしてほしい。本当に将軍を信じるためには、疑いを持つことも必要だと思うんだ」

 ファウストは深くうなずいた。シギルの思慮深い忠告は兄を感心させ、納得させることに成功したのだ。といってもシギルにそう見えただけで、ファウストも探りを入れることは必要だと考えていたので、結果としては最後のひと押しをされたのである。

 ロイスに啖呵を切ったものの、ファウストの忠誠心は少し揺らいでいた。冷静になってきたせいか、告白を早まったのではないかと悔いていたのだ。差し当たっては味方だろう。だが行く先どうなるかは、シギルの言うとおり分からないのだ。まさかとは思うが万が一ということもある。

 本戦まで間がない。人事異動後に開かれる佐官級以上の会議において、シギルのことは白日の下にさらされる。そこで敵味方はハッキリ分かれるだろう。少なくともそれより前に本心を暴く必要があるのだ。

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