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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第三章 白日の下に
14/36

03

 ファウストは単身グラウコスに戻るなり、ブレッド・カーマルを訪ねた。報告室では、軽く交差させた足を机に上げて書類に目を通している彼がいた。

 彼は書類越しにファウストを見て、少し眉間を寄せた。

「現場を放っておいて、どうして基地に戻ってくるんだ。許可した覚えはないぞ」

 ファウストは休めの姿勢で正面を向いた。

「ごもっともです。しかし、そうもしていられない事態におちいりました」

 ブレッドは足をおろして、机に片肘ついた。

「どんな?」

 ファウストは即答せず、しばらく視線を宙に漂わせた。ブレッドを信じていても事が重大なだけに、ためらわれるのだ。

「どうした。ヘタな言い訳なら聞かないぞ」

 ファウストはぐっと奥歯をかんだ。ブレッドを前にこれ以上の黙止は続けられないと、腹をくくった。

「弟が見つかりました」

 ブレッドはイスをならし、勢いよく立ち上がった。

「本当か!」

「はい」

「やったじゃないか! おめでとう……それで?」

 ファウストは憂えた瞳を隠すように、まつげを伏せた。その様子をブレッドは訝しげに眺めた。嬉しいはずであるのに沈んでいるのはどうにも解せないのだ。

「おい、大丈夫なんだろうな?」

「すみません。大丈夫じゃありません」

「なに?」

「俺の弟は——セフィラです」

 ファウストは息を詰まらせるように告げた。ブレッドは一瞬、聞き間違いだろうと思った。

「嘘だろう」

 と思わずこぼす。だがファウストが嘘や冗談を言う男でないことは、よく知っていた。そんな場面でもない。

 ブレッドはゆっくりとイスに腰かけ直した。

「それで、おまえはどうしたいんだ」

 ファウストは伏せたまつげを上げてブレッドを見つめた。

「勝手を承知で申し上げます。できれば、いや無理でも、このままグラウコスでかくまっていただきたい」

 ブレッドは眉をひそめた。

「このまま?」

「はい。伍長として立派に責務を果たしておりますし、訓練中においては事故を防ぎ、今回は仲間の命を救っています。それに、俺の口から言うのもなんですが理想的な平和主義者です。とはいえセフィラとしての力は強大です。その力を欲し、虎視眈々と狙っている輩は五万といます。悪用されないためにも、ここに置いていただくしか手立てがありません」

 ブレッドは愕然として頭をかかえた。

「シルバー・クラウズ・ラインビル——そうか、あいつか。なるほど。妙に納得だ。他人の空似ではなかったということだな」

 深い息を吐いたあと、ブレッドはファウストにちらりと視線を投げた。

「いつ弟だと?」

「昨夜。シギルはここへ来る直前にラウ・コードから聞いて知っていたようですが。グラウコスを潜伏先に選んだのはラウ・コードだそうです。最もスカイフィールズから遠い場所だと考えたのでしょう」

「そうか」

「……それで、目を通していただきたいものが」

 ブレッドは、性急に話を進めたがるファウストに眉をひそめつつ、机の上で指を組んだ。

「いいとも」

「では、まずはこれを」

 ファウストはロイスと同じように、懐に隠し持ってきた青い封筒を差し出した。ブレッドはしかめ面で受け取った。

「なんだか物々しいな」


***


 ひと通り書類の説明とメモリーカードの詳細を聞いたブレッドは、耳にハッキリと聞こえるくらいに強く舌打ちし、にがにがしく口元をゆがめた。

「ジアノス・マートン——あの狸め!」

 ブレッドの反応に、ファウストは驚かなかった。彼が以前からジアノスに不信の念をいだき尻尾をつかもうとしていたことは有名だからだ。ベストラの一件でも裏で暗躍していたという黒い噂がある。

「今度こそ牢屋にぶち込んでやる」

 ブレッドは吐き捨て、ため息つきながら席を立った。そのまま背後にある窓辺へ向かい、後ろ手を組んで外に目を向ける。

「それにしても厄介なことになったな」

 このひと言に、ファウストはうつむくまいと思っていたがうつむいてしまった。

「やはり大戦は避けられませんか」

「不本意でも、時には戦でしか解決しないことも起こる。それがセフィラのこととなれば、どんなに努めても避けては通れぬ道だろう。おまえだって、その心づもりで打ち明けたんじゃないのか」

「それはそうですが……ところで、ほかの基地からの援軍などは望めませんか?」

「望めん。古株で頭の固い年寄りどもは、みなグラウコス元帥の座を狙っていた。しかし、このイスに座るには最低三カ所で三年以上、将軍としての任務を勤め上げねばならん。おまけに部下の票も必要だ。賄賂を渡したり天下り先を世話したりと、ずいぶん努力していたようだ。それが突然現れた子供に横取りされたんだ。俺が死ねば万々歳だろう」

「つくづく敵を作るタイプですね」

「なんの。むしろやりやすい。悪党のほうから出向いて来るんだからな。探す手間がはぶけるというものだ」

「正義感がお強いことで」

 ファウストが呟くと、ブレッドはふり返った。

「正義か……現世(ここ)は所詮、悪の強い世界だ。それに勝つのは真実と愛だけだ。これは言葉で言うほど軽くもなく、たやすくもない。正義という言葉でくくってしまうのは、いささか惜しい気もするな」

 美しい顔でさわやかに言ってのけるブレッドを見て、ファウストはなんとも言えない顔をした。

「おっしゃっていて、歯が浮きませんか?」

 するとブレッドは穏やかに笑んだ。

「これを歯が浮くと思うようでは、おまえもまだまだ未熟だな」

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