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ロスト・フィラデルフィア  作者: 礎衣 織姫
第三章 白日の下に
12/36

01

 個人休暇のためタートルダヴ基地内の図書施設で悠々自適な時を過ごしていたロイスは、予期せぬ電話に驚いた。慌てて館内から出つつ、携帯電話をのぞき見る。

「はて、知らない番号からだな」

 ロイスは不審に思いながら、ゆっくりと耳にあてた。

「はい」

〝ロイス・ハーベイか〟

「ええ」

〝ファウスト・ロスレインだ〟

「えっ! ええっ? お、お疲れ様です。あの、いったい——」

〝ウエスト・ラプウイングの軍立病院にいる。悪いが今から来られないか〟

 ロイスは眉をしかめた。

「私が?」

〝昨日ディストールで災害があったのは知っているだろ?〟

「はあ」

〝岩盤の撤去作業中に事故があって、ラインビル伍長がケガをした。今、入院している〟

「なっ、なんですと!? それでっ、彼は?」

〝命に別状はない。左肩を傷めたが二週間で治る。おまえに会いたがっている。来てはもらえないだろうか〟

「ええ、それはもちろん」

〝すまんが、よろしく頼む〟


 通信を断ったあと、ロイスは自室へ向かって寮の通路を歩いていた。これからさっそく外出許可をもらい、ウエスト・ラプウイングに向け発とうと思っているのだ。そこへ、

「伍長! ハーベイ伍長!」

 空軍兵士の一人が前方からやって来た。

「今、お届けに上がろうとしていたところです」

 と、小脇にかかえていたA4サイズの茶封筒をロイスへ差し出す。ロイスは受け取りつつも首をかしげた。

「なんだこれは」

「お手紙です。差出人のところに奥さんのお名前が」

 ロイスは言われて裏を見た。たしかに〝メリッサ・ハーベイ〟とある。なぜ普通の封筒ではないのか疑問だったが、筆跡も間違いがない。

「おお、すまなかったな。ありがとう」

 ロイスは礼を言い、自室へ戻った。

 机の引き出しから取り出したペーパーナイフで封を切る。すると中からは、さらに封筒が出てきた。B5サイズの青い封筒だ。出してみると、一緒に四つ折りにされた紙が出てきた。それはメリッサからの手紙で、ロイスの様子をうかがう内容と、家族の近況を知らせるものとともに、青い封筒のことについて書かれてあった。

〝あなた宛にずいぶん前に届いたのですけど、どうしていいのか分からず今日に至りました。なにかとても重要な物のようです。私はあなたが危険なことに巻き込まれるのではないかと心配で送れなかったのです。ごめんなさい〟

「メリッサ」

 ロイスは愛する妻の名をつぶやき、青い封筒に目をやった。表の消印は二年前。差出人はラウ・コード博士だ。

 ロイスは息をのみ、慎重に開封した。中身はおよそ二十ページに渡る書類と、なにかのメモリーカードである。それらを、彼は血の気が凍るような思いで食い入るように見つめた。


***


 ロイスがウエスト・ラプウイングに到着したのは正午過ぎだった。受付で部屋を尋ね、早足で廊下を進む。言われた病室の表札に「シルバー・クラウズ・ラインビル」の名を見つけると、思わず肩で息をついた。

 ドアをノックすると、ファウストが出てきた。

「よく来てくれた」

 ロイスは一瞬ひるんだ。ファウストの不本意そうな表情が妙に恐ろしかったからだ。

 中へ入ると、ベッドの背を起こして昼食をとっているシギルがいた。普段は左利きの彼だが、ケガの影響があるので右手にスプーンを持っている。どのみち両利きなので支障はないようだ。

「具合はどうだ?」

「平気」

 シギルが笑みを見せ、ロイスはホッとした。ついで言いたいこともあったが、ファウストを見て口をつぐんだ。

 ファウストはといえば、ロイスにはあまり構わず、ベッド横にあるイスに腰かけた。

「手が止まっているぞ。しっかり食べないと治るものも治らん。手伝ってやろうか」

「だ、大丈夫だってば」

「本当か? 無理はするなよ」

「してないよ」

「それならいい」

 ファウストはうなずき、シギルの右脚があるあたりの布団の上に手を置いた。

 なんとなく目を丸めてしまったのはロイスである。

(なんだ、この異様に仲睦まじい雰囲気は。別に結構なことだが)

 ロイスは兄弟を遠目に所在なげな視線をさまよわせた。シギルはそれを察して、申し訳なさそうに笑みを浮かべた。

「ごめん、ロイ。そんなに構えなくてもいいよ。兄さんにはバレちゃったから」

 とたんにロイスは脱力した。泣く子も黙るという噂のファウスト・ロスレインが、やけに親身になってシギルを気づかいベッタリと寄り添っているわけだ、と。

「そうか。まあ、そう長く隠しておけるものではないと思っていたが、そうか、そうなのか」

 シギルは眉をひそめた。

「どうして?」

「君たちは兄弟でないと言い張るほうが、むしろ不自然だからだ」

 ロイスの率直な答えに、兄弟は沈黙して互いの顔を見合った。ファウストはロイスの答えに満足しているようだが、シギルは悩ましげだ。

「兄弟だから似てるとは思っているけど、そこまでソックリかなあ」

「ああ、よく似ているよ」

 ロイスの言葉に釈然としない顔のシギルを見て、ファウストはムッとした。

「嫌なのか? まさか本当に俺を嫌って避けてたんじゃないだろうな」

 シギルはガックリとうなだれた。

「そんなわけないだろ? ただ、それじゃあサウスはどういうつもりで俺を口説いてたんだろうと思うと、なんか——だって親友とソックリなんだ。おかしいじゃないか」

 同性愛者に免疫のないロイスは、それを聞いて背筋に鳥肌を立てた。しかし訳を聞いて安心したファウストは、なにごともないかのような口調で言った。

「そんなことか。あいつは入隊当初、さんざん俺を追いかけまわしていたからな。ようするに、こういう顔が好きなんだ」

 ロイスは石化し、シギルは歯ぎしりした。

「だからっ、なんで友達やってんだよ!」

「なりゆきだな。寝るのは御免だが、友人としては上等だ」

 シギルは理解のおよばないことに対して軽く頭が痛くなった。

(なんでそうアッサリ割り切れるんだ。まあ仕事もあるし、割り切らなきゃ気まずいだろうけど)

「そういえばルークは大丈夫だった?」 

 急に思い出してシギルが尋ねると、ファウストは「ああ」と短く返事をした。ルーク・リースのせいでシギルは危険な目にあった。が、事故がなければ未だ弟のことを知らずにいたと思うと、微妙な気分だったのだ。怒り半分、感謝半分といったところだ。

 兄の心情を表情から読みとったシギルは、仕方なくルークの弁護にまわった。

「兄さん、俺は自分の命に保証がないことはやらない。小さい頃から訓練もしている。死なないとわかっているからルークを助けたんだ」

 ファウストはスッと冷めた眼差しでシギルを見据えた。ことごとく他人の味方にまわる弟が少し憎らしく思えたのだ。

「おまえは腹が立たないのか? ケガをしたうえに正体がバレたんだぞ」 

「ケガくらい覚悟のうえで助けたんだ。それに弟だってことは遅かれ早かれ気づかれたと思う。……違うな。俺が言いたいのは、そういうんじゃない。なんて言うか、少々危険な目にあっても大丈夫だから心配しないでほしいってことと、兄さんが俺のために誰かを恨んだりしてほしくないってことなんだ。特に仲間内では。兄さんにはもっと、サウスやマチルダと話すみたいに、みんなとも話してほしいと思ってる」

 真意を聞いて嬉しくなった反面、ファウストは首をかしげた。

「俺はそんなに誰とも話していないかな?」

「話してないよ」

 よくサウスとするような会話をしてファウストは、「俺はつくづく己を知らないんだな」と、にが笑いした。

「おまえが言うように努力はしてみよう。だがそれもこの先、兄弟として行けるかどうかが鍵だ。おまえがいなければ俺は抜け殻同然。誰も抜け殻の話すことなんかに耳はかたむけないだろう」

「兄さん」

 兄弟のやりとりを離れた位置から見ていたロイスは、ハタと我に返った。

「そうだ、大佐にも事情がのみ込めているなら話が早い。実は重大な知らせがあって」

 彼は言いながらコートの前を開け、懐からB5サイズの青い封筒を取り出した。ロスレイン兄弟はそろって眉をひそめた。

「これは二年前、ラウ・コード博士が私の実家へ私宛に送ったものだ。妻が最近になってやっと知らせてくれてね」

「中身は?」

 とファウストが聞く。ロイスは言葉を選ぶように、慎重に口を開いた。

「君たち兄弟の、運命を変えたものだよ」

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