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進士式

 その名のごとく天井に大きな鳳凰の絵が描かれた鳳凰殿では、真新しい薄青の官服を着た官吏たちが整列していた。今日執り行われているのは進士(しんし)式。大国禹国(うこく)に仕える新人官吏(かんり)の任命式である。


状元(じょうげん)及第、(りゅう)羅刹(らせつ)前へ」

「はいっ」


 背丈の低い青年が、堂々とした態度で皇帝の前に進んでいく。色素の薄い茶色の瞳に黒い頭髪。体も痩せっぽちでどこか頼りない。


「科挙の平均及第年齢って三十歳だのに。あいつどっからどう見ても十代だろう」

「あれが第一等の成績をおさめただなんて、どこのお大臣が後ろ盾にいるんだ」

「いや、平民らしいぞ。しかも孤児の」


 蔑むような視線も、好奇の視線も全く気に留める様子はなく、当人は堂々と皇帝の前へと進む。手順通りの礼を終えると、羅刹は皇帝から賜った任命書を握り締め、もといた位置へ戻る。そしてしばらくすると《《彼》》は小刻みに震え始めた。


「ふふ、ふふふふ……」


 不気味な笑い声に周囲の人間の視線が自然と集まる。


「おまけに気味の悪い奴だな」

「まあ、状元、榜眼(ぼうがん)探花(たんか)は、毎年奇人変人らしいし」


 ヒソヒソと噂する周りの目などお構いなし。羅刹は一人妄想に耽る。


 ——これで夢への第一歩が踏み出せる! 官吏になったし、外朝の蔵書は読み放題、はぁ、たまんないわぁ。


 紙職人のもとに働き手としてもらわれ、子どもの頃からずっと働き詰めだった。唯一の楽しみは史書を読むこと。偉業を果たした官吏の足跡、国を食い荒らした愚鈍の帝、負け戦に勝利を呼び込んだ才知の軍師。この国の血となり肉となった人物たちの物語に想いを馳せる時間は、何よりも得難い喜びを羅刹に与えてくれた。


 すっかり歴史オタクに育った羅刹は、ある日運命を変える知らせに出会う。紙を仕入れに来た宮廷の官吏から、百年ぶりに禹国の正史を紡ぐ史書編纂事業が立ち上がり、新たに志部という部署ができるという話を聞いたのだ。


「とうさんに科挙を受けたいと言った時は大目玉をくらったなぁ。もはや懐かしい思い出だ」


 《《女》》は科挙を受験できないのだから、養父が怒るのは当たり前。だが羅刹の情熱は、そんなことでは冷めなかった。寝る間も惜しんで隠れて勉強を重ね、準備が整うと養父の浮気の証拠を掴み、強請って科挙への挑戦状を手に入れた。


「まずは官吏としてしっかり能力を示さなきゃ。志部に行くには上司の推薦が必要だし」


 新任の官吏は進士と呼ばれ、仮配属の部署で一年を過ごす。その後正式な辞令を受けて本配属となる。それまでに優秀さをしっかりと示しつつ、志部につながる縁故を作る。


 羅刹がぶつぶつひとりごとを言っているうちに最後の進士が呼ばれ、間も無く進士式も終わりを迎えようとしている。


「進士の諸君。禹国の繁栄のため、力を尽くすがよい。期待しているぞ」


 皇帝の声が響き渡る。その場にいる他の進士と同じく、羅刹は左膝を床につき、両の拳を合わせて首を垂れた。

 これはまだ始まりに過ぎない。夢のため、女であることを隠し通し、どんなことでもやり遂げて見せよう。そう気を引き締めたはずだったのだが。


 どうやら覚悟は足りなかったらしい。


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