プロローグ
「芙蓉様は闊達とした気持ちの良い方でございました。我々のような者にも分け隔てなく接し、大変優しくしてくださいました。それが……」
芙蓉妃に仕えるものであることを示す、薄桃の襦裙を着た侍女は唇を噛み締め、涙をこぼす。
「悪霊に取り殺されるだなんて」
さめざめと泣く彼女の顔を羅刹は眺めた。
「御愁傷様でございます……」
空気を読み、とりあえず悲しげに目を伏せてみた。
この宮の主人だった妃嬪は側仕えの侍女たちからたいそう愛されていたようだ。会ったこともない人物だが、侍女の表情に嘘偽りはないように思う。
「お辛いとは思いますが、状況を整理しましょう。まずは異変が現れた日、つまり悪霊が現れ始めた日に遡って芙蓉妃の様子についてお聞かせいただけますか」
そう言ったはいいものの、まったくもって気が乗らない。
ちらり、と隣に座る男を見る。官女の格好をし、頭には不気味に笑う張り子の大頭面をかぶっていた。
変装のつもりらしいが目立って仕方がない。むしろ目立とうとしているのではないか。
——ああ、もう。この男に《《正体》》を知られなければ、こんなことをせずに済んだのに。
羅刹は心の中で盛大にため息をつく。
この聞き込みが終わったら、一目散に書庫へ行って史書が読みたい。
天井高くまで埋まった書物の山を想像すれば、頬は緩み、多少は心が晴れた。
——まさか後宮の悪霊祓いに利用される羽目になるとはねぇ。