第8話 黒の創造、罪の女王
その日、政務局では高官たちによる閉鎖会議が開かれていた。
魔導貴族の会合――その中にリアーナの姿はなかった。
というより、もう彼女の席は、存在していなかった。
「リアーナ・カリステルの魔力測定は不安定。
創造魔法の継承者としての役割は、すでに失われたと見てよい」
「処遇については今後の王令を待ち……」
アゼルは書類を前に、冷静に話をまとめていた。
セレナは彼の隣に控え、どこか誇らしげに俯いている。
そのとき――
会議室の扉が、音もなく開いた。
誰も動かなかった。というより、動けなかった。
静寂の中、ただひとつの足音だけが近づいてきた。
「――おや。続きをどうぞ?」
現れたその姿に、空気が凍りつく。
黒のドレス。透き通るような肌に、血のように赤い瞳。
かつて“聖女”と呼ばれた令嬢の面影は、そこにはなかった。
それは、“魔”を纏った――女王だった。
「リアーナ……? 何を――」
声を上げた一人の貴族が、次の瞬間、喉を押さえて倒れ込む。
リアーナは、指一本動かしていなかった。
ただ、彼女の周囲に漂う黒い魔力が、空気すら毒に変えていた。
「お久しぶりね、アゼル様。……セレナも」
そう言って、微笑む。
その笑みは――かつてアゼルに向けていたものと、同じ形をしていた。
それなのに、彼の背筋がぞくりと震える。
「何を……した」
「ええ、少しだけ、自由になったのよ」
リアーナは会議机の中央に手をかざす。
瞬間、部屋の床がざらざらと変形し、漆黒の花が咲き乱れた。
それは創造魔法だった。
けれど、その魔力は“聖”ではなく、“魔”そのものだった。
「この世界では、“魔”を選ぶ者は“悪”とされる。
でもね、アゼル様――あなたたちが選ばせてくれなかったから」
リアーナは一歩、前へ出る。
アゼルも、セレナも、貴族たちも動けなかった。
その威圧は、力ではなく――決意そのものだった。
「私は、私を選ぶ。
だから、あなたたちのような“檻”は、いらない」
その瞬間、リアーナの背後に黒い翼のような魔力が広がった。
そして、彼女は宣言する。
「――私はこの世界で最初の“魔王”。
これより、あなたたちの“秩序”を壊します」
誰もが沈黙した。
そして、その沈黙こそが――“最初の敗北”だった。