第7話 この檻を破るために
夜の回廊は、静寂の音に満ちていた。
誰もいない――はずなのに、リアーナの足音がやけに大きく響いた。
薄布のドレスのまま、彼女は王宮の地下にある封印書庫へと向かっていた。
昼間、ついに体が動かなくなった。
魔力の流れは完全に乱れ、吐き気と頭痛が止まらない。
診療師は「過労」と一言で片付け、夫のアゼルには「休んでいろ」と言われただけ。
きっとアゼルは知っていたのだろう。私の力は無くなりつつあるのかもしれない。
夫は――裏切りを否定すらしなかった。
セレナは、笑っていた。
「……もう、いいわ」
リアーナは呟いた。
声が震えているのは、怒りのせいか、それとも涙のせいか。
書庫の扉に、かつて見たことのない紋章が浮かんでいた。
封印魔術。
鍵は、王族か、カリステル家の血を引く者にしか開けられないはず。
リアーナは手をかざす。
指先から漏れた魔力が、封印に触れた瞬間――扉が、静かに開いた。
まるで、待っていたかのように。
中は、ひどく寒かった。
光も音もない空間。けれど、確かにそこに何かが存在していた。
彼女の魔力が、うねるように反応している。
“ようこそ、創造の巫女よ”
どこかで声がした。
口から発した声ではない。頭の中に直接響く、“意思”のような声だった。
“お前は壊れた。お前は捨てられた。
――だからこそ、お前は自由だ”
リアーナは、息を呑む。
全身に走る寒気。なのに、心の奥底だけが、ほんの少しだけ――温かかった。
この声は、彼女の“願い”を肯定してくれている。
誰よりも優しく、誰よりも残酷に。
“名を与えよう。お前は――魔王リアーナだ”
彼女の中で、何かが砕けた。
そして、何かが生まれた。
創造魔法の核が、黒く染まっていく。
それは、聖でも魔でもない。
――ただ、彼女自身が望んだ力。
この瞬間から、世界は変わり始める。
リアーナは、この世界で最初に“魔”に飛び込んだ――ファーストペンギンとなったのだった。