第2話 上辺だけの愛
晩餐の席には、リアーナとアゼル、そして最低限の侍女と従者だけがいた。
銀の燭台に灯る光が、白磁の器に映り込み、静かな部屋を飾っている。
リアーナはスープに口をつけながら、少しだけ視線を横に動かす。アゼルはワインを傾け、黙って書類に目を通していた。
「……今日も、お忙しいのですか?」
控えめに尋ねると、アゼルは顔を上げて、微笑んだ。
「少しだけ。王都の議会で、また税制の件で揉めていてね」
「……お体は、大丈夫ですか?」
「もちろん。心配してくれるのかい?」
その言葉には、優しさがあるように聞こえた。けれど、その笑みはどこか“完璧すぎて”、リアーナの胸をざわつかせた。
まるで誰かが描いた“優しい夫”の絵のようだった。
リアーナはスプーンを置いた。
「……アゼル様」
「ん?」
「わたくしは……ここに、必要とされていますか?」
静かな問いだった。だが、部屋の空気が一瞬止まった気がした。
アゼルはゆっくりとワインを置き、リアーナに目を向ける。
「リアーナ。君は、この国にとってかけがえのない存在だ。誰もがそう思っているよ」
「……“この国にとって”ではなくて、アゼル様にとっては?」
アゼルは少し目を細めた。だが、すぐに表情を整え、また微笑んだ。
「君は、私の誇りだよ」
その言葉には、答えがなかった。
それ以上、リアーナは何も言わなかった。
それ以上、アゼルも何も聞いてこなかった。
二人の間に横たわるものが、愛ではなく――静かで冷たい距離であることを、リアーナはこの夜、ようやく認識し始めた。
誰にも愛されずに、ただ“聖女”として称えられることの意味を。
そしてそれが、やがて何を引き寄せるのかを――
まだ、この時の彼女は知らなかった。