第1話 聖女という檻
花の香りすら、閉じ込められていた。
白い回廊を歩くたび、足音が反響する。広すぎる宮廷の廊下には、今日も誰一人、リアーナに話しかける者はいなかった。
「お美しいですね、リアーナ様」
そう言われるたびに、息が詰まる気がした。
「素晴らしい魔力です」「王国の誇りです」「未来の光です」
言葉は褒め言葉のはずなのに、それらすべてが――**私という存在の“条件”**のように思えて、息苦しかった。
カリステル侯爵家の令嬢として、そして“創造魔法”の継承者として、リアーナはこの国に仕える運命を課されていた。
そのうえで、王命による政略結婚。相手は王族の分家、宰相候補の若き貴族、アゼル・フェルダイン。
王宮の者たちは皆、口を揃えて言った。
「完璧な夫婦ですね」
「お似合いです」
「国の未来を担うお二人です」
でも、アゼルは言葉を尽くさなかった。優しかったけれど、どこか、彼の眼差しは冷たかった。
まるで、私という“器”を、静かに観察しているような。
リアーナは、知っていた。
この国では、力を持つ女は“聖女”として崇められる。
けれどそれは、敬われているのではない。崇めて、檻に入れるための装飾にすぎないのだと。
本当の私は、どこにいるのだろう。
今日もそう問いかけながら、リアーナは誰もいない回廊を歩いていく。
けれどこの日、彼女はまだ知らなかった。
この“檻”を破ったその瞬間から、世界が恐れ、そして憧れる存在――魔王として語り継がれることになるのだと。
この世界で最初に、
“自由”の中へ飛び込んだ一羽のペンギンの名を、
人々が永遠に記憶することになるとは――
まだ、誰も知らなかった。