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その6 天使

 あの女——時枝璃々珠と喫茶店の前で別れたあと、俺は家路を辿った。

 マンションのエントランスを抜け、エレベーターで五階まで上がった。廊下を抜け、自室の前に立った。

 鍵を開け、ドアノブを握ったとき、何かが身体を駆け抜けていく感覚があった。

 違和感だった。端的に言うなら、嫌な予感だった。経験的に、この感覚が生じるときには、ロクでもないことばかり起きる。つまり「これ」は、その前触れだった。(これも経験上だが、心臓の鼓動が高鳴るときには、あんがい何も起こらなかったりもする。それももしかすると、何かの「警報」で、俺がいままで運良く、判断を間違えてこなかっただけなのかもしれないが……)

 俺はゴクリと生唾を飲み込み、ドアノブを回した——。



 部屋のなかは薄暗かった。まだ姉は帰ってきていないらしい。

 キッチンに入って、電気を点けた――。

 息を飲んだ。思わず声が出そうになった。

 キッチン・テーブルの前に、見知らぬ男が座っていたからだ。

 「遅かったやないか」と男が、俺の顔を見て言った。「彼女と茶でも、しばいとったんか?」

 「なっ——」と俺は言った。「なんだアンタ!?」

 「俺か?」と男は微笑んだ。「俺はな——天使や」

 「はっ?」と俺。て、天使?

 俺は男の風体を、つま先から頭まで、順に見ていった。

 髪は薄い。ジョン・レノンみたいな丸い眼鏡をかけている。顔立ちはお世辞にも、整っているとは言えない——。歳は三十代の半ばくらい。暗緑の着物を着ている。

 「冗談言うなよ」と俺は言った。「警察呼ぶぞ?」

 「まぁ、待てや」と男は言った。「と言うても、呼んでもムダやけどな。常人に俺の姿形は見えへん。いまは実体化しとるから、君にも俺の姿が見えとるけどな——」

 「アンタ、何なんだ?」

 「だから、天使や」と男は答えた。「光の天使。日本では、諸天善神、八百万の神々とも呼ばれとるけどな——。神界っちゅうところから来た」

 俺は黙っていた。て、天使……? このオッサンが?

 「なんで俺が、ここに来たんかっちゅうと、君のためや」と男は言った。「君はあと、一年で死ぬ」

 「はぁ?」と俺は言った (今日一日だけで、俺は何回「はぁ?」と言ったのだろうか?) 。

 「詳しいことは、口にはでけへんけどな」と男は笑った。「俺は君を、助けに来たんや——」

 俺は黙っていた。

 「今日は挨拶までや」男はそう言って、立ち上がった。座っていてわからなかったが、男は上背がかなりあった。「いきなり色んなことを言われても、いっぺんに頭に収まり切らへんやろ?」

 「ほな、また……」男はそう言うと、そこから姿を消した。フッと——。俺が目を瞬いた瞬間にだった。

 俺はしばらくのあいだ、男がいた場所を見やっていた。脳味噌がほとんど、フリーズしていたのだ。

 俺はずっとカバンを持っていたことに気がつき、やっとそれを降ろした。

 それから冷蔵庫を開け、烏龍茶を取り出し、それをコップに注いだ。そして、一気にそれを仰いだ。

 「疲れてるんだ……」俺は眉間を、指でギュッと押さえた。今日はもう眠ろう……。

 あの女——時枝の件も含めて、今日はいろいろとあり過ぎた。

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