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その4 デート

 その週末、俺と凛花は地下鉄で、新宿まででかけた。凛花は世界堂で買い物、俺はその付き添いだった。

 「こういうのって、ネットの通販じゃダメなのか?」俺は店内で、凛花にそう小声で尋ねた。べつに他意はなかった。俺は食い物以外は、ほぼそれで済ませていたのだ。

 「実際に触ってみないとわからないこともあるからね」と凛花は、筆を手にとりながら言った。「それにお店だと、出逢いが多いから」

 「出逢い?」

 「本と同じだよ」と凛花はこちらを見て微笑んだ。「書店だったら、なかだってざっと確認できるし……」

 「俺は本なんて、読まないからなぁ……」彼女はこう見えて、実は読書家なのだ。ライト・ノベルから芥川龍之介まで、なんでもござれだ。

 世界堂から出たあとで、目の前のドトール・コーヒーに入った。

 「これ」と俺はかばんから、薄い茶色の包みに入ったそれを、テーブルの上に置いた。

 「なにこれ?」彼女がきょとんとした。

 「遅れたけど、誕生日プレゼント」

 うわぁ、と凛花が目を輝かせた。「開けてもいいの?」

 「もちろん」と俺。「それはもうお前のだよ」

 彼女が細い指先で包みを開けると、そこから万年筆が姿を見せた。カフェ・オ・レ色と黒のシックなやつ。モンブランのだった。

 「ちょっと!」凛花が顔を上げた。怒ったような驚いたような顔だった。「いくらしたの、これ!?」

 「秘密」と俺は、熱いコーヒーを啜った。

 「もらえないから!」凛花がそれを包みに入れ戻して、俺に突き返してきた。

 「いいからもらっときなよ。俺が持ってても仕方ないし。それにレシートも失くしたから返品だってできない」

 凛花はしばらく承伏しかねるという顔で睨んでいたが、やがて吐息を小さく漏らし、肩の力を抜いて微笑んだ。それから万年筆の入った包みを、自分の手元のほうに置いた。「ありがと」



 新宿からの帰り、俺と凛花は、地元の住宅街を歩いていた。

 陽が落ちかけ、町全体が、あかね色に染め上げられていた。屋根も窓も、マンションの側面も——。

 俺たちの長い影が、路上で肩を並べていた。揺れながら——。

 「なぁ」と俺は彼女に言った。

 「なぁに?」凛花がこちらを向き綺麗に笑った。

 あのさ——と俺はうつむいた。「今日さ……」

 「あっ」と凛花が、ふいに声を上げた。

 俺は、凛花の視線をたどった。彼女は、前方を見やっていた。

 路上の真ん中に、誰かが立っていた。西陽の逆光によって、シルエットのようになっていた。

 目がだんだん慣れてきて、その姿を捉えられるようになってきた。黒いゴスロリのドレスに艶やかな長い黒髪、彫刻のように端正な顔立ち——。

 あのときの女だった。

 「こんにちは」と女は言った。まるでニコリともせずに——。

 そして、俺のフルネームを続けて口にした。

 「なんで、俺の名前を……」俺は怯みながらもそう答えた。

 となりの凛花は、俺にしがみつかんばかりに、ドン引きしていた。

 「お話をしましょう」女は、俺の質問には答えずにそう言った。やはり微笑みもせずに。

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