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その27 日本家屋と見知らぬ女性

 一体、どれくらいの時間歩いたのだろうか……

 30分くらいの長さにも思えたし、3時間くらいの長さにも思えた。

 こちらの世界に来てから、時間の感覚が、自分のなかから失われてしまったかのように思えた。時計もスマートフォンを持っていないので、時刻の確かめようもなかった。

 そもそも、それらがあったとしても、ちゃんと機能してくれたのだろうか? なにより、俺のいた世界の時間と、こちらの世界の時間とは、果たして一致するのだろうか……。こちらの一日が24時間とは限らないのだ。火星の一日がそうでないのと同じように。

 そもそもこの世界には、時間という概念はあるのか?


 *


 しばらく歩いていると、遠くのほうに、一軒の家のような黒い影が見えてきた。

 そこには、仄かな灯りがついていた。

 「灯り?」と俺は思った。この世界には、電気なんて通っているのか? 辺りには、電信柱一つ立っていないというのに……

 近づいていくと、やはりそれは一軒家だった。

 日本家屋だった。田舎のおばあちゃんの家といった趣の……

 何か、胸中に懐かしさが込み上げてもくる。俺の祖父母の家とは、全く違った外観なのに。

 俺はその日本家屋の玄関の前に立ち、扉のわきの呼び鈴を押した。ちゃんと「ピンポーン」と電子音が鳴った。

 誰も出てくる気配がなかった。

 誰もいないのか? でもなんで、灯りがついているんだろう……。そうぼんやりと考えていると、不意にその扉がカチャリと音を立てて開いた。

 その扉の向こうには、見知らぬ女性が立っていた。


 「この家がなんなのか、わたしにもわからないのよ」と彼女は微笑んでいった。

 彼女と俺は、大きくて頑丈そうな座卓を挟んで、畳の上の座布団に腰を下ろしていた。

 天井には、電灯が灯っていた。

 座卓の上には、湯呑みが二つ置いてある。彼女が急須で、お茶を入れてくれたのだ。

 彼女の年齢はよくわからなかった。40代にも見えたし、20代にも見えた。

 何か彼女は、年齢という概念から解き放たれた人のようにも思えた。現実でも、そのような人を、たまに見かける。

 ウェーブがかった、長い茶色の髪をしていた。白い丸首のシャツの上に、ベージュのカーディガンを羽織っていて、下は黒いジーンズを穿いていた。

 休憩所みたいなものなのかしらね……と彼女はお茶を飲んだ。

 「あなたはどうしてこの世界にいるんですか?」と俺は訊ねた。

 「わたし?」と彼女は、湯呑みから顔を上げた。「わたし、どうやら死んだみたいなのよね……」

 「事故でね」と彼女は続けた。「気づいたら、病室の天井から、ベッドに横たわる自分の身体を見下ろしていたの。しばらくしたら、この世界にいたの……。それで、この平原を一人で歩いていたら、この家を見つけて、とりあえずここに入ってみたのね」

 「君のほうは?」と彼女が訊ねた。

 「俺は、実は友人を捜して、ここまで来たんです」と答えた。

 「友人を?」と彼女はいった。「あなた、死んでしまったわけではないの?」

 「一応、仮死状態ではあるみたいです」と俺は湯呑みに口をつけた。

 どことなく、お茶は味気なかった。温かいし、味もある。だけど、何か空気を食べているかのような錯覚がした。

 「足を崩してもいいのに」そう彼女は微笑んだ。

 俺も微笑んで、首を小さく振った。

 不思議だった。相手は初対面で年上だったので、胡座ではなく、正座の姿勢を取っていたのだが、両足は一向に痺れを来す気配がなかった。

 「いつから、この家にいるんですか?」と俺は訊ねた。

 「さぁ……。いつからかしら」と彼女は答えた。「いつからかしらね……。ここ時計がないし、外もずっと暗いから、時間の感覚がなくなってしまったのよね」

 「それに、もうわたしたち、歳を取ることもないのだと思う」と彼女は続けていった。「だから私はもう、一ヶ月のあいだこうしているのかもしれないし、もしかしたら、10年以上こうしているのかもしれない……」

 もしかしたら、戻ろうとすれば、あの身体に戻れるのかもしれない、と彼女はさらに続けた。「だから、わたしはきっと立ち往生しているのかもね。この生と死の狭間の世界で。生きることも嫌だし、かといって死ぬことも不安だから、その中間地点でいつまでもくすぶっているのかもしれない……」

 彼女は立ち上がった。「何か食べる? この家一応、冷蔵庫もあるし、食品もあるのよ」

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