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その20 黒い渦

 10月に入ったころ――


 時枝に連絡を入れてみようかと思った。


 また彼女のことが脳裏を過ったのだ。


 今更ながら、一人で大丈夫だろうか?と思った。


 それに、あんな別れ方をしたきりだったのだ。そのことだって詫びなくてはならない。


 でなければ、それは「痼り」として、心にいつまでも残り続けるだろう……。ケジメが必要だったのだ。


 今から思えば、それは「虫が知らせた」のかもしれない。


 しかし、電話をしても(メッセンジャーよりも電話のほうがいいと思ったのだ)、彼女は出なかった。


 例のミッションをしているのだろうか?


 それとも寝ているのか? 平日の明るいうちから、あいつが……?


 何か嫌な予感が、胸のなかに渦巻きはじめた。


 時枝の事務所まで、足を伸ばしてみようかと思ったけれどもやめた。(彼女からもらった名刺に、その住所が書かれていたのだ)


 なんとなく、今はそのときではないとも思われた。


 自宅のマンションに戻り、シャワーを浴びた。


 ドライヤーで頭を乾かしながら、リビングのTVを見た。


 西日本で起きた竜巻被害について、アナウンサーが神妙な顔つきで述べていた。数日前に、それが発生したらしい。


 それから、白い竜巻が、住宅街の真ん中でユラユラと揺れている映像が流れた。それは狼煙のように見えた。


 その竜巻が、地上とグレーの暗雲とを繋いでいた。まるで、天と地を繋ぐ梯子のように――


 「これも何かの伏線なのかもな……」と思った。


 それは、きっと何かの比喩なのだろう。


 *


 その翌日。自宅に戻ると、また天使がキッチン・テーブルの前に座っていた。


 何度このシチュエーションに遭っても慣れない。また驚いてしまう自分に嫌悪感が募ってもくる。


 「もう、やらないって言っただろ……」俺はリュックを椅子に置き、俺自身はその隣の空いているそれへと座った。わざわざ律儀に突っ立っている必要などはないのだ。


 「別に呼び戻そうとして、ここに来たわけやないで」と天使は答えた。「ただ、これは君に伝えなアカンかなと思うてな……」


 「なんだよ?」と俺は天使の目を見た。


 「次に死ぬのは、時枝璃々珠や――」


 俺は思わず立ち上がった。テーブルとずれた椅子とが同時に大きな音を立てた。「お前ら、仕組んでるんじゃないのか!!」


 「俺に言われても困るで」と天使は耳を掻きながら答えた。「ただ、人生に偶然はなく、全てが必然なんや。『偉大な手』が君のシナリオを書いておるんやな……。そこには自由意志は――」


 「能書きはいいんだよ」と俺は身を乗り出して言った。「その日時と場所は?」


 「今日の午後4時55分。場所は〇〇区〇〇町、3丁目3の33――」


 「その場所って……」聞き覚えのある地名だった。


 「彼女の自宅の住所やな」と天使が答えた。


 「自宅?」


 そのとき、リビングの窓が大きな音を立てて振動した。


 「なんだ――」


 俺はリビングへと移動し、窓の外を見た。


 思わず息を飲んだ。 


 分厚く黒い暗雲の下に、真っ黒な狼煙のようものが立ち昇っていたのだ。 


 それは空と地上とを繋げながら、ユラユラと左右に微かに揺れていた。


 「なんだ?」その不気味な一本の筋を、俺は目を剥いて凝視していた。


 デジャ・ヴが過った。


 「竜巻や」と天使の声がキッチンから聞こえてきた。


 「竜巻!?」と俺は声を上げた。


 俺はポケットからスマートフォンを取り出して、Google検索をしてみた。


 確かに、俺の住む町で、竜巻が発生しているようだった。それ関連のネットニュースと、SNSでの投稿の画像が目に飛び込んできた。 


 昨日のニュース番組はやっぱり伏線だったのか!と思った。


 比喩とかじゃないのかよ!


 そのとき、俺はハッとした。「まさか、時枝は――」


 「文脈で考えたら、そうなるやろうな」とおっさんが他人事のように言った。「あの子、体調が悪うなってたで。君の抜けた穴を一人で埋めておったからな……。こっちもすぐには人を用意はでけへん」


 やっぱり、昨日のは虫が知らせたのか!と俺は奥歯を噛んだ。


 俺は窓ガラスから離れた。


 そして学生服のままで、自宅から出ようとした。キッチンを抜けて、玄関へと向かった。


 「行くんか?」と天使の声が背中から聞こえた。


 「当たり前だ」俺はスニーカーの紐を締めて、外へと飛び出した。

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