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その2 謎の男

 男は、遠くの月を眺めていた。

 小さく半欠けの月は、やけに明るかった。流れる雲が、その月明かりを遮った。柔らかな風が、男を撫でていった。

 そこは、五階建てほどの建物の屋上で、男のいる場所からは、それと似たような建物がいくつも見渡せた。どれも無機質なそれらだった。

 それらの建物の向こうには、野原と森、そして山々が見渡せた。明るい時間帯では、そこには美しい蝶の群れが舞い、香しい花々が咲き誇るだろう。そして、小動物の群れが辺りを駆け回るだろう——。男はそれらに思いを馳せた。

 「やぁ」とふいに男の背後から声が聞こえた。

 振り返ると、えんじ色の着物姿の男が立っていた。歳は三十前後ほど。髪は長く、どこか中性的な顔立ちをしている。

 「なんや、君か——」と男は答えた。

 「なんやとは、ご挨拶だな」と髪の長い男は、微笑んだ。

 「何の用や」と男はたずねた。

 「『裁きの間』でトラブルが起きた」

 「またかいな」と男は、頭を掻いた。「ほんで、手ェ貸せばええんやな?」

 「まぁ、その通りなんだが——」と、えんじ色の着物の男が言った。「別の仕事を、君には頼まれてほしいんだ」

 「別の仕事?」と男は言った。「まさか、下界に降りろ言うんやないやろな?」

 「そのまさかだ」と、えんじ色の着物の男は、困ったように笑った。

 「人手が不足しているんだ」と髪の長い男が続けた。「それに、これは俺の考えじゃない」

 「お上の指示やろ」と男は答えた。

 雲に遮られていた月が顔を出し、その淡い光を地上へと投げかけた。男たちの影が長く伸びた。

 アゲハ蝶が一匹、二人のあいだを横切っていった。夜なのに、珍しい——。

 「急ぎなんだ」と髪の長い男は、蝶を目で追いながら言った。「悪いが、今夜にでも発ってくれないか?」

 「しゃあないな」男は頭を掻きながら、えんじ色の着物の男の側を通りすぎた。「その代わり、土産はナシやぞ?」

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