その17 河原とICU
凛花のいるICU(集中治療室)に入ることができたのは、彼女がこの病院に入院してから、一週間後のことだった。
凛花の母親が、俺を凛花のいとこだと病院側に嘘をついたのだ。通常ICUには、患者の親類しか入ることができないからだ。
その部屋は、全体が骨のようなクリーム色で、どこか無機質な光景だった。
ベッドが十台ほど、カーテンの仕切りもなく、横一列に並べられてある。
どういう用途で使うのかわからない機器がベッドの周囲に何台か置かれている。モニターが付いていたり、アームが伸びていたりもする。
凛花は、その十台のベッドのうちの、一番右端のそれに横たわっていた。
まるで眠っているようだった。
いや、実際に彼女は眠っているのだ。
「脳死と植物状態は違う」と、凛花の母親が教えてくれたのだ(もっとも彼女も、医師からそのような説明を受けたのだろう)。
前者の場合は意識が戻ることはないが、後者の場合はその可能性がある――
彼女は天井にまっすぐ顔を向けていた。瞼は硬く閉ざされていたが……
彼女は心肺停止になったことが原因で、今のような状態になったのだった。
これも彼女の母親から聞いた話だけれど、その状態となり、血液が脳に巡らなくなると――つまり酸素が行き届かなくなると、植物状態になるリスクが生じてくるとのことだった。
凛花は、運が悪かったのだ――
*
「どうだった?」時枝は顔を上げて、俺のほうを向いて尋ねた。
「眠ってるようだった」と俺は答えた。「聞いていた通りだ」
俺たちは、その病院の裏庭にいた(ちなみにそこは、以前俺たちが助けた少年が入院していた病院だった)。彼女は、俺が見舞いをしているあいだ、そこのベンチで俺を待ってくれていたのだ。
時枝と俺は、その病院を出たあと、近くの河川敷へと並んで歩いていった。
俺は堤防の上から、街の景観を眺めた。
河向かいには、高速道路の高架線が伸びており、「ゴォ……」という低い唸り声を街に響かせていた。まるで遠くの風のように。あるいは遠い海鳴りのように――
俺たちは堤防から下りていき、広い河原を横切っていった。
風が強かった。その強い風で、時枝の長い黒髪が大きく乱れた。
その光景はハッとするほどに美しかった。太陽の光の加減も相まって、まるで絵画のようだった。
俺は思わず、息を呑んだ。不覚にも見惚れてしまったのだ――
時枝と俺は、河原にあるベンチに、並んで腰かけていた。
そして、河向かいの高速道路のクルマの流れを、ただ眺めていた。
辺りには人っ子ひとりいなかった。
「あの人は――」時枝がふいに口にした。「あなたの大切な人なんでしょう?」
「ああ」と俺は、ほとんど上の空で応じた。
「考えてみれば――」そう彼女は続けた。「わたしは、あなたの『運命の人』だと言いながらも、あなたのことを何も知らない……」
「そういえば雑談なんて、お前と交わしたことがなかったもんな」と俺は答えた。
俺たちはまた黙り込んで、高架線を眺めていた。俺はその籠もったうなり声をただ耳にしていた。
「わたしは……」と時枝が口を開いた。「あなたのことをもっと知りたい――」
時枝は俺の手の甲に、自分の手のひらを静かに重ねてきた。
俺は彼女の手のひらを、強く払い除けた。
「そういうのはフェアじゃないんだよ」と俺は立ち上がった。「あの世のこともいいけど、もうちょっと人間の心にも関心を持ったほうがいいぞ――」
俺は込み上げる怒りと不快感を抑えながらも、そのベンチから離れて、堤防のほうへと歩いて向かっていった。
相手が男だったら(男で今のシチュエーションはまず起こらないかもしれないが。一般論として)、思いきり蹴飛ばしているところだ。
背中に、彼女の視線をずっと感じていた――




