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その11 少年

 俺と時枝は、近くのファスト・フード店の奥の席に座っていた。

 俺はコカ・コーラを、彼女は水を飲んでいた。

 「どうでもいいんだけどさ――」と俺は言った。

 彼女が端正な顔をこちらに向けた。

 「お前、夏場でも、その格好なんだな……」

 彼女は以前会ったときと同じような、黒いドレスを着ていた。長袖、長スカートの。

 「寒いのよ」

 「え?」

 「寒いの」と時枝は言った。「霊障でね」

 「祓えよ!」と俺。

 「この季節は、あえて利用しているのよ」と彼女は答えた。「その代わり、副作用で、肩と背中が少し重たくなるけどね」

 「それに変な人に絡まれないし」と彼女は続けた。「一種の魔除けなの、これは」

 変な人はお前だ!というツッコミが、喉許まで出かかったが抑えた。

 「それで本題なのだけれど」と時枝は言った。「天使から指令が来たわ。内容は――」



 「なんだよあんたたち?」その少年は、怪訝そうな顔をこちらに向けた。

 俺と時枝は、ある総合病院にいた。五階にある病室だった。

 そこは大部屋で、その少年は、向かって右奥のベッドの上で、スマートフォンを弄っていた。

 「あー……俺たちはその――」俺は言葉に詰まった。

 その少年は短髪で、生意気にもイケメンだった。ベッド横の小机には、サッカーボールと千羽鶴が置いてあった。ボールの表面は、たくさんの寄せ書きで埋められていた。

 一体、なんて言えばいいんだ? 「俺たちは、霊界にいる天使からの指令で、君のもとへとやって来た。君は三日後に死ぬ」とでも言えばいいのか?

 それを口にするのは、ためらわれた。しかもここは大部屋で、人目(というか人耳)が気になった。何か、オブラートに包んで説明するほかにない。事前に考えておけばよかった……

 「あなたは三日後に死ぬことになるわ」時枝が、俺の隣で言った。いつも通りの声音で。「わたしたちは、霊界にいるとある天使からの依頼で、ここにやって来たのよ」

 「おま――」俺は呆れて言った。

 「はぁ?」と少年は顔をしかめた。「なに言ってんだ、あんた……」

 「まぁ、そういうことなんだよ」俺は、その勢いに乗じることにした。「それで三日後といっても、確実じゃない。少しズレが生じることもある。そういうわけで、しばらくの間、ここで君と一緒にいたいと思うんだけど、いいかな?」

 「いいわけないだろ!」その少年は持っていたスマートフォンを、掛け布団の上に投げ出した。「頭、おかしいんじゃねぇの?」

 「ぐっ」と俺はなったが、相手はまだ子供だった。抑えなければ……

 「死んでもいいの?」時枝がその少年に向かって言った。

 「その話を信じてないんだよ」と少年は答えた。「なんか証拠でもあるのかよ?」

 「いや――」と俺は言って、時枝のほうを見た。彼女は首を振った。そりゃそうだろう。

 「出てってくれよ」と少年は言って、ベッド横のナースコールを手にとった。「看護婦さん、呼ぶぞ?」

 俺たちは、すごすごと引き返してきた。病院側に目をつけられたら、今後敷地内で

彼に会うことが難しくなってしまうからだ。

 翌日も彼のもとへと赴いたが、今度は本当にナースコールを押されてしまった。俺たちは急いで、その場から離れた。

 「どうする?」俺と時枝は、病院の裏庭のベンチに並んで座っていた。俺は缶コーヒーを飲んでいた。

 庭の草木には、モンシロチョウが二羽、ひらひらと飛んでいた。

 「方法は一つしかないでしょうね」と彼女は淡々と答えた。「ある程度、変動することはあっても、わたしたちは、彼の死亡する日時と場所とを知っている」

 「勿体ぶらずに言えよ」と俺。

 「二手に分かれましょう」と時枝は言った。

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