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第7話 現実の違和感

 不意に現実に引き戻された。どうやら朝が訪れたようだ。カイリは重い瞼をゆっくりと押し上げた。全身に奇妙な倦怠感が残っている。それは、寝不足によるものとは少し違う、まるで長い旅路から帰還した直後のような、不思議な疲労感だった。


 昨夜の夢が、あまりにも鮮明に脳裏に焼き付いていた。

 複雑に入り組んだ通路、不安定な重力場、過去のミスティリアを映し出す幻影。そして、あの広大な空間で聞いた荘厳な声……。影、境界、力……守り人の言葉が、まだ耳の奥で響いているかのようだ。極めつけは、あの紫色の花が咲き乱れる庭園。指先に感じた微かなエネルギーの感覚と、鼻腔に残る甘美な香りは、到底、作り物の夢とは思えなかった。


 カイリはゆっくりと身を起こし、部屋の中を見渡した。朝日が窓から差し込み、いつもと同じように壁を照らしている。空気は澄み、しんとしている。もちろん、あの紫色の花も、迷宮のひんやりとした空気も、ここには存在しない。当たり前のことなのに、なぜか強い違和感を覚えた。一枚の薄い膜を隔てて、別の現実を見てしまったかのような……そんな感覚が拭えなかった。


 ぼんやりとした頭でキッチンへ向かい、いつものようにホログラフィック・インターフェースに朝食を指示する。魔法のコーヒーメーカーが静かに湯気を立てる音を聞きながら、カイリは昨夜の夢の出来事を反芻していた。

 あの声は一体誰のものだったのか。古の時代の残滓だろうか。夢迷宮とは何なのか。そして、自分に語られた警告の意味とはいったい……考えれば考えるほど、疑問は深まるばかりだ。あれが単なる夢だとしたら、あまりにもリアルで、整合性がありすぎる。


「……考えすぎかな」

 小さく呟き、首を振る。培養ポッドから取り出した果物を洗いながら、意識を現実に戻そうとした。


 朝食の準備を終え、テーブルにつく。情報端末を起動し、いつものようにニュースをチェックする。画面には、ミスティリアの最新技術に関する記事や、近隣都市との交易状況、昨日のリアル・ファンタズム関連の軽微なトラブル報告などが流れていく。しかし、カイリが体験したような、夢迷宮や謎の声に関する情報は、どこを探しても見当たらない。ミスティリアの高度な情報ネットワークをもってすれば、何か異常があればすぐに検知されるはずだ。やはり、あれは自分だけが見た、個人的で奇妙な夢だったのだろうか……。


 そう思いかけた、その時だった。

 ふと、窓の外に視線を向けたカイリは、息を呑んだ。


――まただ。


 高層ビルの谷間を、あの虹色の光が一筋、走り抜けていく。しかし、今回は明らかに昨日とは違った。光の色はより濃く、鮮やかで、まるで実体を持っているかのように力強く空間を切り裂いていた。そして、消えるまでの時間も、昨日よりもほんのわずかに長く感じられたのだ。


「……気のせいじゃない!」

 カイリは確信した。あれは見間違いや幻覚ではない。この現実世界で、間違いなく何かが起こっている。普段は見過ごしてしまうような、微かな異変が。


 耳を澄ます。ミスティリアの街は、様々な音で満ちている。静かに滑るように走る自動運転車両の音、高層ビル間を結ぶモノレールの浮上音、人々の話し声、そして生活の中で使われる様々なテクノロジーや魔法が生み出す環境音。しかし、その無数の音の層の中に、今まで気づかなかった、微かで、しかし確実に存在する不協和音が混じっていることに、カイリは気づいた。それは、まるで調律の狂った楽器のような、言いようのない違和感。形容しがたい歪んだ音だった。ごく微かで、注意しなければ聞き逃してしまうほどだが、一度意識すると、妙に耳について離れない。


 カイリは、情報端末を取り出すと、新しいメモを作成した。


『虹色の光(昨日より濃く、持続時間も長い)』

『街の音に混じる歪んだノイズ?』

『昨夜の夢の異常なリアリティ』


 指先で素早くキーワードを打ち込みながら、彼女の中には新たな疑問と、そして漠然とした不安が広がっていた。


 夢迷宮での出来事は、本当にただの夢だったのだろうか。

 もしそうでなかったとしたら、あの声の警告は何を意味するのか。

 そして、この現実世界で感じ始めた微かな違和感は、あの夢と何か関係があるのだろうか……。


 答えはまだ、ぼんやりと霧の中に隠されたままだった。

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