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第4話 迷い込む魂

 カイリは、目の前に聳える巨大な門を見上げていた。底なしの闇へと続く入り口。先ほどの呼びかけは聞こえくなったが、闇の奥から、まるで手招きされるかのような、抗いがたい力を感じていた。好奇心と、未知への恐れ。二つの感情が胸の中でせめぎ合う。一瞬の躊躇はあったが、彼女の足は一歩を踏み出していた。


 暗い入り口を通り抜けると、背後で門が音もなく閉じたような気がした。ひんやりとした、それでいてどこか濃密な空気が肌を撫でる。カイリは、自分が完全に異質な空間へと足を踏み入れたことを悟った。


 そこは、まさに迷宮と呼ぶにふさわしい場所だった。目の前には、どこまでも続いているかのように長い通路が伸び、左右には無数の脇道が口を開けている。通路の壁や天井は、滑らかな石材でできているようだが、時折、金属のような光沢を放ったり、半透明に透けて向こう側の景色が歪んで見えたりと、所々に別の材質が使われている。複雑怪奇な魔法陣のような模様が壁には刻まれており、文字の意味は分からないが、何か重要な情報が記されているような気がした。


 カイリは、とりあえず目の前の通路を進むことにした。歩いていても、足音はほとんど響かない。奇妙な静けさが空間全体を支配している。しかし、完全に無音というわけではない。壁の向こうからか、あるいは自分のすぐそばからか、微かな囁き声のようなものが聞こえてくるのだ。それは特定の言語ではなく、ただ意味のない音の羅列のように聞こえた。誰もいないはずの背後から、衣擦れのような音や、小さな足音が聞こえることもあった。振り返っても、そこには誰もいない。特殊な空間が作り出した幻聴と言ってしまえばそれまでだが、やけに生々しくカイリには感じた。


 いくつかの角を曲がり、奇妙な形の部屋を通り抜けるうちに、カイリは自分が完全に方向感覚を失っていることに気づいた。焦りがじわじわと胸の中に広がってくる。ここはどこなのか。どうすれば元の世界に戻れることができるのか。

 一方で、焦りと同じくらい、この不可思議な空間に対する強い興味が彼女を捉えていた。次に角を曲がれば、目まぐるしく変わる迷宮の構造に、次は何が待っているのかと、好奇心が不安を押しのけて足を前へと進ませる。


 ある広間に迷い込むと、カイリは息を呑んだ。壁一面が巨大なスクリーンのように、過去のミスティリアの風景を幻影として映し出していたのだ。そこには、白亜の塔が立ち並び、人々が魔法の力で空を自由に飛び交う、古代魔法文明が栄華を極めていた時代の光景があった。今では失われたその英知に感心していると、次の瞬間、風景は一変した。天変地異による大災害が都市を襲い、建物が崩壊していく。人々が逃げ惑う悲劇的な場面が映し出された。その廃墟の中から、再び新たな都市が築かれていく様子も……。それは、ミスティリアの失われた歴史、忘れ去られた記憶の断片を見ているようだった。カイリは、その幻影にしばし見入ってしまった。この都市には、自分が知らない、ミスティリアの秘密が多く眠っているのだ。


 幻影の部屋を後にし、さらに別の通路を進んでいくと、視界の隅で何かが素早く動いた。咄嗟にそちらを見ると、黒い影のようなものが、一瞬だけ壁をすり抜けて消えていくのが見えた。それは、現実世界ではありえない、歪んだ体躯を持つ生物の影のように見えた。心臓がどきりと跳ねる。この迷宮には、自分以外の何かが存在しているのかもしれない。その事実が、カイリに緊張をもたらす。


 警戒しながら迷宮の奥深くへと進んでいくと、空気が一層ひんやりと冷たくなってきたことに気づいた。そして、どこからともなく甘い香りが漂ってくる。どこかで嗅いだことのあるような、それでいて思い出せない、不思議な花の香りだった。

 カイリは、その香りに導かれるように、さらに迷宮の奥へと足を進めた。焦りや不安、警戒心はまだ残っているが、この先に何か特別なものがあるのではないかという予感が、彼女を強く惹きつけていた。

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