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第3話 夢への誘い

 ミスティリアの夜景は、昼間とは異なる幻想的な光を放っていた。高層ビルの窓明かり、宙に浮かぶ庭園を照らす魔法の灯、そして街全体を覆うエネルギーフィールドが放つオーロラのような微光。カイリは自室のベッドに横たわり、窓の外の光景をぼんやりと眺めていた。


 昼間に見た古代魔法の文献のことが、まだ頭から離れなかった。『境界は曖昧なり』『力ある者は夢を渡り、現を変容せしむ』――父は古い時代の考え方だと一蹴したが、カイリにはどうしても、それが単なる空想の産物だとは思えなかった。このミスティリアという都市では、夢は常にすぐそばにあるのだから。


 考え事をしているうちに、心地よい眠気が彼女を包み込み始める。規則正しい呼吸と共に、カイリの意識はゆっくりと現実から離れ、夢の世界へと沈んでいった。


 最初は、見慣れたミスティリアの街並みを歩いている、他愛のない夢だった。友人たちとカフェでおしゃべりをしたり、空中庭園を散歩したり。しかし、しばらくすると、その日常的な風景に奇妙な歪みが生じ始めた。カフェの壁が揺らめき、空中庭園の花々が現実にはありえない色彩で発光し始める。液体のような質感を持つ、半透明の青紫色で、内部には金色の 粒子がゆらめいていた。空を飛ぶ乗り物の形も、どこか不安定だ。


「あれ……?」

 夢の中のカイリは、その変化に戸惑いを感じた。いつもの夢とは少し違う。もっと深く、もっと濃密な気配が漂っている。


 その時だった。

 深く、静かに響く声が、どこからともなく聞こえてきた。それは男性とも女性ともつかない、年齢も判別できない、不思議な響きを持つ声だった。


「……奥へ……さらに深く……」


 声は、水底から響いてくるように、カイリの意識の奥深くに直接語りかけてくる。抗いがたい、不思議な力を持っていた。

 カイリは、操られるかのように、ふらふらと歩き始めた。夢の中の足取りは軽く、現実世界の重力から解放されたような浮遊感があった。


 声に導かれるままに進むと、周囲の景色は急速にその姿を変えていった。ミスティリアの近未来的なビル群は消え去り、代わりに、見たこともない珍妙な植物が生い茂る森のような場所に出た。植物は、葉脈が複雑な模様を描いている。地面は柔らかく、踏みしめるたびに微かな光の波紋が広がった。

 見上げると、空には月が二つ、並んで浮かんでいた。一つは慣れ親しんだ銀色の月、もう一つは、それよりも少し小さく、淡い紫色を帯びた月だった。二つの月光が、幻想的な光で森を照らしている。

 遠くには、天を突くかのような巨大な建造物のシルエットが見えた。それは塔のようでもあり、城のようでもあり、あるいは全く未知な目にしたこともないものなのかもしれない。


「……眠る迷宮……古の記憶……」


 再び、声が囁く。迷宮……古の記憶……それは、あの古代魔法の文献にあった言葉とどこかで繋がっているのだろうか。

 カイリは、微かな不安を感じ始めていた。ここはどこなのだろう。この声は、一体何なのだろう。しかし、それ以上に強い好奇心が、彼女の足を前へと進ませていた。声の主、そしてこの世界の真実を知りたいという抗いがたい欲求が、不安を凌駕していた。


 夢の景色は、さらにその異質さを増していく。歩いているはずなのに、地面の感覚が希薄になっていく。空中を漂っているかのように感じられる。周囲の空間も不安定で、景色が万華鏡のように回転したり、突然、全く別の場所にいるかのような錯覚に陥ったりした。もはや、現実なのか夢なのかの区別がつかない。


 どれくらい歩き続けただろうか。方向感覚も時間感覚も失われたカイリの目の前に、巨大な構造物が聳え立っていた。それは、先ほど遠くに見えた建造物の入り口のようだった。滑らかで巨大な門。門の向こうは、底の見えない深い闇が広がっており、そこから言いようのない、冷たい空気が流れ出してきているように感じられた。


 巨大な入り口を前に、カイリは息を呑んだ。圧倒的な存在感。そして、その奥に広がる未知への、畏怖にも似た感情。


 その時、あの声が、すぐ耳元で囁くように聞こえた。


「……待っている……」


 その言葉を最後に、声はふつりと途絶えた。まるで、役目を終えたかのように。

 カイリは、巨大な入り口の前に立ち尽くしたまま、その奥に広がる深い闇を見つめていた。声は消えたが、闇が彼女を誘っているような気がした。

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