推しと出会ったのですわ
「はあ……もっと、アビス様の事が知りたかった」
攻略キャラでもない彼には、初回限定版についてくる設定資料集にすらプロフィールや裏設定が載っていなかった。ひょっとしたら、最初から用意なんてされてなかったのかも。
表情差分もない彼は、どんな風に笑うのか、怒るのかもわからない。
貴方の事が、知りたい──。
そんな忘れられていた恋心が、お茶の時間、テーブルの上に花瓶の花を見て、パッと開花した。アビス様の瞳と同じ色の赤だったんだもの!
ヒロインのライバルとして配置されたはずの悪役令嬢ソフィアだけど、例によって開発のゴタゴタで「序盤の顔出しで出て来て以後、二度と出ないクソ空気」と化したお陰で、周囲にもヒロインにも嫌われるような挙動をすることなく普通の学園の生徒として溶け込めている。
コレはチャンスだわ! まだアビス様は物語に登場していない! 今からでも正ヒロインのクララちゃんと仲良くしておけば、アビス様を一目拝めるかもしれない! いや、それだけじゃなくお近づきに、お友達にくらいはなれるかも!
我ながら打算に溢れているけれど、翌日さっそく学園でクララちゃんに声をかけ、お近づきになった。典型的な乙女ゲーヒロインであるクララちゃんは、私の真意など気づく由もなく、あっという間に仲良くなってくれた。
でもクララちゃん元々私好きだったんだよねぇ、なんてったってフワフワ茶髪のロングヘアーに金色の瞳、ソル王国のヒロインって感じ。なが~い髪だから赤毛のアンみたいにしたくなっちゃうけど、やっぱりこのフワフワを活かす方が良いよねえって事でお嬢様結びを推奨したい。
って思ってたのに教室にヘアゴム忘れた!
「ごめん遊ばせクララさん、ヘアゴムを取って参りますわね」
一応表ではお嬢様言葉を保つようにしている。最近はお昼休み、クララちゃんの髪型を変えて遊ぶのが楽しみになっているのだ。かわいいけど地味っぽさのあった彼女も、私の影響でオシャレを覚え、愛しいメインヒーローのレオナルド王子と順調にフラグを立てているらしい。フワフワ髪に良い子オーラ全開のクララちゃん、やわらかな金髪と揃いの、太陽のような金目のレオナルド様は、合わせて作られた芸術みたいにピッタリだ。
「場面によって左下に表示されるヒロインの髪型も豊富に変化!」とか発売前の情報にあったのに、差分作る余裕もなくなったのか、舞踏会だろうが寝る前だろうか、クララちゃん一生後ろで二つ結びだったもんな……。せっかくフワフワ亜麻色の髪の乙女なのに。
私こと「ソフィア」も長い金髪に青い瞳、決して悪くはないけど、やっぱクララちゃんのフワフワ髪も憧れるよねぇ。
ヘアゴムを取って戻ろうとしたところで、
「おい、そこのお前」
めっちゃ推しの声がするじゃん。