魔王様はお優しいのですわ
「う、腕! 腕がぁ~~」
「初めてにしてはよくやったブヒ」
数時間後。令嬢な事も忘れてうめく私がそこにいた。お菓子作り、きっつい! ひたすら混ぜる、混ぜる混ぜるだし、文量間違ったら失敗するし! お堅いゲームではなかったとはいえ、流石に泡だて器まではない世界観だから全部手動っていう……。
「そうそう、お菓子作り一番大変!」「煮物とかと違って大ざっぱにいかない」「パティシエと料理人で別の職業なのもわかるよねー」「両方できる料理長はすごい!」「シェフにおまかせー!」
台所の端っこで、おイモの皮を剥きながら見守ってくれていた子豚ちゃん達もブウブウ共感。でも彼らも、簡単なお菓子くらいならみんな作れちゃうらしい。料理長の教えが上手いのね……私も大失敗は免れたし。スポンジがイマイチ膨らまなかったけど。クリームを塗るのも飾りつけも案外難しくてなんか不格好……。プロのパティシエさんってすごいなぁ。
「試食してみるブヒ」
「う~~ん、なんかちょっとダマっぽいですわ……」
「ハムハムハムハム……そんな悪くないウサよ」
なんでもおいしいラビは褒めてくれるけど……。
「これはちょっとアビス様には出せないかしら」
「何が俺様に出せないんだ?」
「うっひゃあぁあああ!」
振り向けばアビス様。まだおやつの時間ってくらいでお帰りには早いと思うのだけど。
「今日は早く戻れたので、何か軽食を貰いにきたのだが……何かあったのか?」
「別に、アビス様の客人の女が、アビス様の為にケーキ作ってただけブヒよ」
言っちゃうの!? そこは「料理人としてこんなものは出せない!」って却下する側では!? うう……こうなったら腹をくくるしかないか。
「はい、アビス様に食べてほしくて作ってたんですけど……ちょっと失敗しちゃって」
「これがそうか」
「はい……って、」
アビス様は自分でケーキを切り分けて、パクッと豪快に手づかみで行ってしまった。意外とお行儀悪い摘まみ方もするんだ……。カワイイ……結構子どもの頃からつまみ食いの常習犯? とか推しを観察してる場合じゃない、変なもの食べさせちゃった!
「いやいやそんなの食べなくても! 料理長がいくらでもおいしいもの作ってくれるし──!!」
「ん? このケーキはとても美味いぞ? それに、懐かしい味がする。母上が初めて作ってくれたケーキの味だ」
アビス様のお母さん?
「初めての試みだからあまり上手くいかなかったと、母上も言っていたが……子どもの頃の俺様は、母上の作ってくれたケーキが、とても嬉しかった。これも同じ味がする」
そう言って、アビス様はニッコリと私に微笑みかけてくれた……。ああ……好き! やっぱりこの小さな男の子みたいな笑顔、好きぃ! 差分なかったゲームと全然違うぅ!!!
「俺様はまだ部屋でやる事があるから、これはおやつに貰って行く」
「あ、アビス様!」
私の制止も聞かず、アビス様は大皿ごとケーキを持って行ってしまった。
「あんなでっかいケーキの塊持って行っちゃうアビス様、欲張りウサ」
「いいえ。アビス様の優しさですわ」
一緒にケーキを味見したのに、名残惜し気にアビス様の背中を見送るラビのほっぺをポヨポヨしながら、私はアビス様の背中が見えなくなるまで見送るのだった。