98 巫女として
結局、私は巫女をすることになってしまった。
理由は、ライライの餌代が教会から支給されるからだ。これは助かる。無理をしてダンジョン周辺の土地を買ってしまったから、貯金を使い果たしてしまっていたしね。
それに説明によると、普段の巫女としての活動も、偶に教会のイベントで、ライライやクマキチに餌をあげるイベントに出席するくらいだったからだ。
しかし、巫女というのはそんなに甘い仕事ではなかった。巫女という立場だけで、意味の分からない会合に出席させられる。貴族の夜会や商人の会合、私とライライが行って何になると思ってしまう。魔王に相談するとこう言われた。
「貴族たちは、権威に弱いのじゃ。神獣であるライライを呼べるというだけでもステータスなのじゃ。じゃから、巫女のイメージを崩さぬようにせいぜい淑女を演じるがよい」
ということで最近、私はお祖母様にマナーを叩き込まれている。こういうことになると、普段優しいお祖母様も厳しんだよね・・・
「やっぱり、ぎこちないわねえ・・・」
「そうなんです。道場主としての自分、巫女としての自分、そして血塗れ仮面の自分と、ごっちゃになってしまって、偶に今の自分は何なのだろう?って思うときがあるんですよ」
「そうよね。貴族の子女を指導するときは、『常に同じ自分でいなさい。偉い人の前だけきちんとすればいい、とか思っていると、絶対にボロがでますよ』と言っているんだけど・・・」
「難しいですね。立場的に演じ分けなければなりませんし、最近は何が本当の自分か分からなくなってきましたしね」
お祖母様でも、私の指導に手を焼いているようだった。
そうなると誰かに相談したくなる。相談する相手は一人しかいないけどね。
「なるほどのう・・・だったら妾に考えがある。セバスよ!!あれを持って参れ!!」
魔王に指示されたセバスさんは、私がいつも巫女として活動している時に着ている白いローブを持ってきた。
「実はこのローブを裏返すと・・・」
何とローブは、真っ黒で禍々しい血塗れ仮面の衣装に早変わりした。
「つまり、妾が言いたいのは、衣装で演じ分けをするということじゃ。この衣装を来ている時は、血塗れ仮面、反対の衣装の時は巫女という風にな。咄嗟に役割を演じ分けねばならん時は、すぐに衣装を着替えるのじゃ」
なるほど・・・
そういえば、来ている服装によってパフォーマンスが違うとOL時代に習ったことがある。スーツで仕事をするのとジャージで仕事をするのとでは明らかにパフォーマンスが違うらしい。そのときの講師が言うには、スーツを着ることで「これから仕事だ!!頑張るぞ!!」みたいなスイッチを入れることができるとか言っていた。
「分かりました。それでやってみます」
今まで巫女として、ぎこちなかったのは、気恥ずかさもあったと思う。無意識に「私が巫女って?」と思ってしまっていたのだと思う。だが最近、血塗れ仮面は板についてきた。これは、「今の私は血塗れ仮面を演じているのであって、決して本当の自分ではない」と言い聞かせて活動してきたからだ。それと同じことを巫女でもやればいいのだ。
そして、私は巫女として活動するときも、ベールで顔を覆うようにした。巫女として活動しているだけで、今の自分は本当の自分ではないと思い込むためだ。
これは上手くいった。
気恥ずかしい行動もできるようになった。高度治療センターの難病患者たちの慰問に訪れた時のことを例に挙げる。
患者たちに優しく声を掛けることができた。
「大丈夫ですよ。きっと治ります。神様がきっと助けてくださいます。さあ、みんなで祈りましょう」
こんなセリフ、恥ずかしくて普段なら絶対に言えないからね。
そして、早速リバーシブルの衣装が役に立つことがあった。他の町から来た冒険者が、繁華街で大暴れしていた。その時私は、巫女として活動していたので、すぐに路地裏に入って、血塗れ仮面のコスチュームに着替え、現場に向かった。
結論から言うとこの冒険者たちは、ただの冒険者ではなく、教会が送り込んだ工作員だったのだが、血塗れ仮面の姿で、血塗れにして転がし、颯爽と去ることにした。そして再度、巫女になって活動を再開した。工作員たちは警備兵に連行されていく。
ちょっと楽しいかも・・・
実は子供の頃、密かに戦隊ヒーローに憧れていた。普段は、普通の女の子だけど、本当は正義の味方というところが、幼い私の琴線に触れたからだ。恥ずかしい話、男子と一緒に戦隊ヒーローごっこをしていたし、将来の夢は「○○レンジャー」だったしね。
そんな夢が異世界に来て叶った気がした。ちょっとこういった活動をしてみようかなと思ってもみた。
ここで問題なのが、魔王ではないが、世界観の問題だ。
まず道場主の私から、血塗れ仮面に変身する必然性がない。というのも、道場主として荒事の現場に遭遇したら、そのまま対処するのが自然だ。わざわざ血塗れ仮面になる必要はない。なので、どうしても変身は巫女から血塗れ仮面になってしまう。
また、着替えの問題もあった。
いくらリバーシブルのローブといっても、変身するためには路地裏に入って、一度ローブを脱いで、着替え直すしかない。これは結構しんどい。ダッシュで路地裏に入り、急いで着替える。運動会にそんな競技があった気がするけど・・・
でもこれは解決した。
ドワーフの天才鍛冶師のオグレンとその弟子たちにより、ボタン一つで衣装が変わる仕様にバージョンアップしてくれたのだ。
よし、少し巫女から血塗れ仮面に変身して、正義のヒーロー気分を味わってやろうかな。
★★★
こんなこと、しなければよかった。
私は今、お祖母様と魔王から厳しく叱責を受けている。
というのも、衣装を間違えてしまったからだ。夜間の活動中、巫女の衣装で暴漢を血塗れにし、血塗れ仮面の姿で、巫女として活動してしまった。初歩中の初歩のミスだった。巫女も血塗れ仮面と同じく、顔を隠して活動しているので、気付かなかった。それに町の人も、気付いた上で、何も言わなかった。誰か一人「逆ですよ」と言ってくれればよかったのに・・・
「エミリア。きちんと反省をしなさい。身だしなみは基本中の基本ですよ」
「そうじゃ!!世界観をぶち壊しかけたのじゃぞ!!しばらくは、おやつ抜きじゃ。お前の分はライライに食べさせる」
「ライライライライ!!」
ライライが鳴いたのは、「かわいそうだから、エミリアにもあげてよ」ではなく、「やったあ!!エミリアの分も食べられる」という意味だ。この薄情者が!!
そう思ったが、どう考えても私が悪い。
「まあ、次から気を付けなさい」
「失敗はしっかりと、取り戻せ」
二人とも、優しい・・・
これで後々、笑い話になるであろう事件は幕を閉じるかに見えたが、そうはならなかった。
思わぬ事件の幕開けとなってしまった。
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