94 草原の決戦
現在のイシス帝国はリリアン皇女派と第一皇子派とで、内戦状態だが、小競り合い程度で大規模な戦闘は行われていない。しかし、今回は違う。第一皇子派が大部隊を率いて、こちらに向かってきているのだ。シャドウが言うには第一皇子派は追い込まれているという。というのも、多くの自治区がリリアン皇女の独立承認宣言で、リリアン皇女派を支持する旨を発表しているからだ。なので、一気に叩いておきたいのだろう。
「これは極秘情報だが、第一皇子派は約2万の軍勢でこちらに向かってきている。ほとんどが重装歩兵だ。北の砂漠を越えてやって来るようだ」
「ほう・・・砂漠を渡って来るか、ご苦労なことじゃな。それでこちらの戦力は?」
リリアン皇女が答える。
「重騎兵隊が2000、ゴブリンライダーが500、軽騎兵隊が1000の3500が正規軍です。冒険者や民兵から志願兵を募っても1000が限界でしょうね」
「相手の4分の1程度か・・・それで作戦は?」
「砂漠から草原に変わる地点で待ち伏せ、一気に叩きます。マオ様もそのつもりでしょう?北部の緑化をほとんどしなかったのも、それを見越してのことだったのでは?」
「うむ、そのとおりじゃ。砂漠を越えて疲弊しておるところを強襲するのがいいじゃろう。となると、しばらくはエミリアの出番じゃな」
まあ、やることは予想がつくんだけどね。
★★★
私の部隊に与えられた任務は、徹底的な嫌がらせだった。昼夜を問わずに砂漠地帯で戦闘を仕掛ける。アンデットは砂漠の暑さなんて関係ないからね。ただ、消臭ポーションが効かないくらいグールは臭っていたけど。
私はネクロデスに提案する。
「スケルトンの数が増えたからグールはリストラしようと思うのよね。臭い的にアレだから・・・」
「そうですね。今回の作戦で使い切るのも手かもしれませんね。シャドウさんから使い捨てのアンデットを融通してくれと言われてますから、グールのそういった運用も考えてます」
ポンが言う。
「是非そうしてくれ。見た目は慣れても、臭いだけは慣れないからな・・・」
私の部隊は、大きな成果を上げた。グールを中心に昼夜を問わずに部隊に襲い掛かり、行軍を大幅に遅らせた。当初、1週間の行程を考えていたようだが、実際は3週間以上砂漠にとどめ置くことができた。そのため、相手は疲労困憊で、戦闘や体調不良などで2万の軍勢が1万5000にまで減っていた。戦闘不能となった者たちが帰還したからだ。
そして、いよいよ私たちの最後の作戦の夜となった。
明日にはリリアン皇女の軍勢と接敵するので、今宵は盛大に打撃を与えるように魔王から指示されているからだ。野営地を遠巻きに確認すると、連日の襲撃で第一皇子派の軍勢は警戒状態でピリピリしていた。まあ、そうなるよね。
ここで闇夜に紛れて大量のグールを進軍させる。すぐに第一皇子派の軍勢は警戒態勢になり、陣形を組み始めた。ここで散発的に戦闘を行い、休ませないのがいつもの作戦だが、今回は違う。グールとカイラ研究員から提供してもらった、量産型の使い捨てゴーレムで総攻撃を掛けた。グール自体にそこまで戦闘力はないが、使い捨てのゴーレムはそれなりに強い。第一皇子派の軍勢は、いつもと勝手が違い、苦戦している。そして、今回の作戦が更に悪辣なのは、グールとゴーレムに爆発する魔石を仕込んでいるからだ。戦闘不能になった時点で爆発する。
かなりの被害を与えたようで、純粋に作戦行動が取れるのは1万強まで減っていた。ポンが言う。
「進軍する経路にもグールを配置して、精神的に追い込まないとな。後はリリアン皇女たちに任せよう」
私たちは帰還して、魔王に報告した。
「ご苦労じゃった。後はリリアン皇女たちに任せて、妾たちは高みの見物といこう。こちら側にも犠牲が出るかもしれんが、それは仕方がないことじゃ。自らの力で侵略者を討ち破ったということが大事じゃからな。それに思いのほか志願兵が集まって、数の上では互角じゃ。それに地の利もこちらにあるしのう。負けることのほうが難しい」
魔王によると他の自治区から多くの義勇兵が集まって来たそうだ。他の自治区もこの戦いに勝てば、帝国の支配から脱却できると思っているからね。実際、リリアン皇女はこの戦いに勝ち、イシス帝国を統治することになったら、自治区の独立を認めることを義勇兵に宣言している。なので、義勇兵の士気も高い。
★★★
そして、いよいよ草原の決戦が始まった。
数は共に1万強で互角、第一皇子派の軍勢は前面に重装歩兵、両翼に騎兵を配置している。対してこちらは、ほとんどが騎兵だ。
リリアン皇女が号令を掛ける。
「軽騎兵隊!!馬上射撃で牽制!!距離を取って後退せよ!!」
魔王が解説する。
「作戦通り、遅滞戦術を取るようじゃのう。兵糧も少なく、士気も下がっている相手には嫌な作戦じゃのう。こうなると撤退するか、無理に突撃してくるかになるじゃろうが・・・」
初日の攻防は、大部隊がぶつかり合った割には、大きな被害は出なかった。お互い様子見といったところだった。しかし、その日の夜から状況は一変する。夜目の利くゴブリンライダー部隊が野営地を強襲する。これで、大きな被害を与えることができた。
二日目からも同じ展開が続く。
昼間は、大規模な衝突を避け、場合によっては後退を繰り返すリリアン皇女の戦術が功を奏して、こちらの被害は極めて軽微だ。しかし相手方は夜間もゴブリンライダー部隊の襲撃で、疲労困憊だった。
「そろそろ、兵糧が尽きる頃じゃ。どういった行動に出るかのう?妾なら、間違いなく撤退するところじゃが」
五日目、第一皇子派の取った行動は突撃だった。
「愚かな奴らじゃ。一旦撤退し、体制を立て直せば、勝利の目もあったじゃろうに・・・まあ、リリアン皇女にしたら、幸運じゃろうがな」
リリアン皇女はいつも通り、遅滞戦闘をしながら撤退を指示する。今までと違う点は、相手が多少の犠牲を覚悟の上で、突撃して来たことだ。
そして決着の時が訪れた。
「ドネツク!!勝負を決めて来なさい!!」
「御意!!重騎兵隊突撃!!真の「帝国の槍」とは、我らのことだ!!」
ここまでずっと、温存してきた虎の子の重騎兵隊2000を一気に戦場に投入した。重騎兵隊は、一直線に敵本陣を襲う。凄まじい突破力だった。突然のことで、敵は全く対応ができていなかった。
「大勢が決したな。エミリアよ、最後の一仕事を頼むぞ」
「はい」
私が指示された任務は、敵の撤退経路に罠とグールを配置することだった。リリアン皇女としても、ここで最大限、戦力を削ぎたいようだしね。
結局、この戦いで第一皇子派の軍勢は潰走、ほとんどが捕虜となったり、戦死したため、無事に帰還できたのは1000人にも満たなかったという。
これで実質、第一皇子派は崩壊し、第一皇子は教会の支援を受けて、小国家群にある宗教国、メネシス教国に亡命した。よって、リリアン皇女がイシス帝国を統治することになった。そして戴冠式でリリアン皇女は、イシス帝国からイシス連邦国に国名を変更し、約束通りに自治区の独立を認める声明を発表した。
当初は多くの自治区が独立すると思われたが、意外に独立した自治区は少ない。
というのも、多くの自治区が独立しないほうが得だと判断したからだ。イシス連邦国の一員であれば、何かあった時に軍を派遣してくれるし、税も大幅に減額になったので、結構おいしいのだ。なので、領土はほとんど変わっていない。
魔王が言う。
「自治区が安易に独立しないことを見越して、『独立を認める』と宣言したのじゃろう。リリアン皇女も強かになったものじゃな。大国のトップはこれくらいでないと務まらんからな。後はニシレッド王国と友好関係をどう保つかじゃろうが、それは心配せんでもよいじゃろう」
リリアン皇女を支援したのが、ニシレッド王国というのは公然の秘密だ。ニシレッド王国との関係が悪化するとは、誰も思わないからね。
「これでイシス帝国、教会、犯罪組織カラブリアの内の一角が崩れたぞ。こちらから少し、揺さぶりを掛けてもいいかもしれんな・・・」
魔王がまた意味深なことを言う。
また、厄介事を押し付けられるんだろうな・・・
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