86 勇者の育成
私は今、勇者たちを前に講義をしている。
場所はホクシン流剣術道場に新設された教室だ。私を見る勇者たちの目は真剣そのものだ。
「皆さんは、誰もが憧れる勇者に選ばれました。でも勇者とは誰よりも厳しい人生を歩まなければならないのです。皆さんの権威や力を利用しようと近付いて来る者は多くいるでしょうし、様々な誘惑に負けそうになることもあるでしょう。ですので、皆さんは勇者としての自覚を持ち、勉学に励み・・・」
こうなった経緯を順を追って説明しよう。
挫折した勇者が社会問題となっているコーガルで、新たな施策を打ち出すことにした。それは勇者養成コースの設立だ。特に目新しいカリキュラムを作るわけでないし、逆に後払いだが、卒業後に授業料として白金貨10枚を請求することになっている。これは前世の日本でもよくやる手法で、値段が高いのなら、普通のコースよりもいいだろうと思わせることができ、そのコースを受講している者も「俺たちは特別だ」というプライドを持たせることもできるからね。
最初に行ったのは、実態調査だった。
勇者と一括りに言っても、生い立ちや置かれている環境などは、多種多様だ。
調査の結果、勇者に挫折したとしても、5割近くは自分たちで何とかしていた。商人になったり、高度治療センターに入学する者もいた。一応話だけは聞いた。
「自分に勇者の才能がないことがよく分かりました。なので、高度治療センターに入学して資格を取れば、国に貢献できますしね」
「私は商人になることにしましたよ。ここの素材を故郷に持って帰って売れば、大儲けですしね。後は護衛をどうするかだけですが、こちらの冒険者は質もいいし、値段も安いので、自分が戦う必要はないんですよ」
「コーガルは文官が不足しているようなので、私は文官になりました。これでも貴族出身ですから、それなりに読み書きは、できるんでね」
このタイプは現実が見えており、心配はないだろう。
次に全体の約2割は早期に撤退をしている。直接話を聞くことはできなかったが、勇者と関わった者から調査したところ、貴族の子弟が多かったようだ。元々裕福な家庭なので、この魔窟で努力する必要がないのだ。この町にいないのだから、こちらがどうこうする必要もない。
そして問題となるのは、全体の約3割に当たる勇者たちだ。ホームレス同然の生活を送っている。こちらの支援は教会のフランシス神父とテレサを中心に行っており、週に2回程炊き出しをしているそうだ。フランシス神父とテレサの紹介で何人かの勇者と話をすることができた。
「俺は町一番の剣士だったんだ。それがここじゃ、その辺の一般人や子供にすら勝てなかった」
「俺もだ。『俺は勇者だ!!』と偉そうなことを言って、酒場で飲んでいたら、酔っ払いに絡まれ、フルボッコにされた。気付いたら金も武器も防具もすべて盗まれていた。それで、このザマだ・・・」
おい!!馬鹿弟子ども!!
喧嘩をしていいとは言ったけど、強盗は不味いだろ・・・
「私もです。勇者というだけで、変な人たちに喧嘩を売られるので、もう辞めて故郷に帰りたいです。でも・・・故郷に帰れません。国から実家に多額の支援金が渡されてますからね・・・」
彼らに共通するのは、帰りたくても帰れないことだ。
話した感じ、勇者になるくらいだから、性格は良い者が多い。何とかしてあげたいと思った。それは同行していたパーミラも同じだった。
「本当に他人事とは思えません。すぐに何とかしましょう!!」
★★★
それから会議を重ね、勇者養成コースを開設することになった。
そして、コーガル領から該当者に当面の生活費が支給されることになった。ルミナが言う。
「国とも調整しましたが、各国にお触れを出すそうです。国としても、対外的に勇者に対して支援している姿勢をアピールしたいらしいのです。補助金も出してもらえることになりました。支援が必要な勇者だけでなく、他国から留学生という形でやって来る者もいると思います」
ルミナの予想は現実となり、多くの留学生がやって来た。その中には驚きの人物がいた。イシス帝国の第三皇女リリアン、元重騎兵隊長のドネツクだった。これはリリアン皇女の強い希望だという。というのも、リリアン皇女は捕虜となり、拷問所に送られてたのだが、その際、普通の拷問は行われなかったようだ。イシス帝国の被害を受けた研究者や拷問官を中心に如何にイシス帝国が非道な扱いをしたかをこんこんと言い聞かせたという。
中でも髑髏仮面ことネクロデスの話を聞いた後は発狂したという。
「その時、帝国兵たちは私の家族に何をしたと思う?笑いながら剣を突き立てたんだ!!この恨みは忘れない。死んでもな。帝都を帝国に恨みを持ったアンデットで埋め尽くしてやる!!まずは、お前をアンデットにしてやるよ。スケルトンがいいか?それともグールか?」
「や、止めて!!何でもするわ!!謝罪が必要なら・・・」
「命と体をもらおう」
あまりに刺激が強すぎて、ネクロデスは出入り禁止になったそうだが・・・
このことでリリアン皇女は、イシス帝国の統治方法や領土拡大政策に疑問を持つようになった。そして、実際にコーガルでどのようなことが行われているかを調査するため、重騎兵隊長を引責辞任したドネツクとともに留学して来たのだった。今のところ問題は起こしていないが、二人は私を見ると怯えきって、何も話してくれない。まあ、仕方ないけど。
それと問題になりそうなの者は他にいる。金髪青目の神官騎士ハーゴスだ。神官騎士は教会が独自に持っている軍隊で、その辺の小国の軍隊が足元にも及ばない強さを持っている。神官騎士団も先の戦役で壊滅状態となっているのだが、それでもハーゴスを派遣して来たのは、何か意図があってのことだろう。
また、コーガルからも多くの者が勇者養成コースに入学した。
まずはハーフリングのマインちゃんだ。こちらは、学生として潜入して情報を入手することが目的だ。リリアン皇女やハーゴスの動向を探るには、同じ学生の方が都合がいいからね。
そして、ゴブリンのリーダーゴブキチの息子のゴーブル君も入学している。こちらの学費は魔王が出してくれている。魔王には、大して珍しいカリキュラムでもないし、学費も高いと説明したのだが、ゴーブル君の強い希望があったので、学費を払ってくれることになったのだ。
それにゴーブル君は、ソフト模擬戦全国大会の優勝メンバーで、魔王も将来の四天王候補として期待しているらしい。
まあ、そんなこんなで、勇者養成コースの初日を迎え、私は道場主として挨拶を兼ねた講義をしているというわけだ。講義が終わったところで、早速トラブルが起きた。
ハーゴスが食って掛かって来た。
「納得がいかない!!なんでハーフリングや下等なゴブリンが、勇者になれるんだ?本当にここは勇者を養成する気があるのか?」
ここは道場主として、毅然と対応した。
「嫌ならお帰りいただいても構いませんよ。学費は後払いですから、今すぐに退学してもらえば、学費は請求しません。それにここは剣術道場です。文句があるなら道場で話を聞きましょう」
早めに痛い目を見せるのも大事だからね。
気が向きましたら、ブックマークと高評価をお願い致します!!




