85 決着
イシス帝国の精鋭部隊が敗走したニュースは、瞬く間に世界を駆け巡った。
これで戦況が大きく動いた。連合軍に所属していた多くの国が裏切り、中立を決め込んでいた国々が連合軍に宣戦布告をした。
大義名分は、国によって様々だが、一番大きな要因は、イシス帝国の精鋭部隊が敗走したことにある。
イシス帝国の発表では、リリアン皇女を楯にして、撤退させられただけと主張しているが、どこの国にも諜報部隊はいるもので、戦闘の一部始終を見ていた諜報員も多い。それにイシス帝国の発表のとおりだとしても、「皇女一人のために連合軍の活動から離脱するなんてあり得ない」という意見が大半を占めた。戦役が終わり、コーガルにやって来たバンデット伯爵は言う。
「高みの見物をしていた私が言うのもアレだが、酷いものだったよ。多くの国が裏切り、イシス帝国の部隊を攻撃し始めた。これは外交部の地道な努力が大きかった。戦争中も『裏切ってくれたら、戦後には戦勝国として、講和に臨むことを許す』と言っていたからね。これで多くの国が裏切り、中立の国も宣戦布告をする。結局多勢に無勢で、壊滅したのはイシス帝国の部隊だったのは、本当に皮肉だ」
魔王が言う。
「講和のほうは、どうなっておるのじゃ?」
「いい形で進んでいます。講和の結果、更にコーガルが発展することになるでしょうけどね」
この意味はすぐに分かった。
バンデット伯爵によると、ニシレッド王国は各国に賠償金を求めなかったという。その代わり、ある意味人質政策を取ることにしたようだ。まず各国の王族や有力貴族の子弟をコーガルに留学させる。ホクシン流剣術道場、高度治療センター、以前からある貴族用の問題児クラスなどがその候補だ。特に人気があるのは高度治療センターらしい。ここで学べば、教会の支配から脱却できるからね。なので、多くの国がこの提案を受け入れることになる。
「ここで賠償金の代わりに留学援助金を受け取ることになった。各国としても留学生が自国に帰ってくれば、多くの恩恵を受けられるから、国民の理解も得やすいし、何より賠償金ではないから体裁も保つことができるからね。この援助金の額で各国を競わせるようにしたら、なんと一番多く払ってくれたのがイシス帝国だ。少しでも見栄を張りたかったのだろう」
「人族とは、本当に面子や体裁を気にするのう・・・妾には関係のないことじゃが」
私も魔王の意見に同意する。
でも、教会の力が削がれることはいいことだと思う。
「今後の予想としては、イシス帝国は領土拡大どころではなくなるだろうね。多くの属国が反旗を翻しつつある。精鋭部隊は丸々残っているからすぐに崩壊はしないだろうが、それでも一斉蜂起されたら、対処できないだろう。なので、今までのような高圧的な外交はできないだろうね」
「妾としては、こちらに攻めて来なければ、勝手にしてくれと思っておる」
そして、私たちにも大きな変化をもたらすことになった。
「近々、国王陛下がこちらに見えられて伝えられるが、ルミナが伯爵となり、我がバンデット伯爵家から分離独立することになった。親としては嬉しくもあり、寂しくもある。まあ、国内のパワーバランスの調整という意味合いが強いがね」
今回の戦役で、大活躍したのは何れもバンデット伯爵派閥だった。王都防衛組では、華々しく敵部隊を討ち破り、コーガル防衛組は、ほぼ無傷で防衛に成功し、イシス帝国の精鋭部隊を退けた。論功行賞で、バンデット伯爵派閥が勲功を独占することは望ましくなく、ルミナが独立して、少しでもバンデット伯爵の影響力を下げようという思惑のようだ。
「ドノバンの実家のグラゼル侯爵家と同盟を組めば、王家よりも勢力は大きくなるからね。他国ともめている時に国内で対立構造を生むのは、望ましくないからね。因みに私は侯爵に陞爵したよ。これも皆のお陰だと思っている」
「お父様!!おめでとうございます。少し寂しくはありますが、頑張ってコーガルを発展させていきますわ」
ルミナが決意を口にする。
私は今回の活躍で、借金が大幅に減額された。それでも白金貨300枚(日本円で約3億円)はあるんだけどね。
最近思ったが、私は勝手に借金を背負わされ、それを返し続けるという人生を送っている。この負のスパイラルから抜け出すことが今後の課題かもしれない。
★★★
戦役から半年が経った。
講和もまとまり、多くの留学生がやって来た。ほとんどが高度治療センターに入学したけどね。
フランシス神父が言う。
「援助金が豊富にあるので、採算度外視で研究ができます。それに留学生は皆真面目で、優秀なんですよ。本当にありがとうございます」
実際、高度治療センターのカリキュラムは密度が濃い。朝早くから夜遅くまでびっしりとスケジュールが詰まっている。休日もあるようだが、授業の復習や実験に追われ、悪さをするどころではなさそうだしね。
それと剣術道場に入門した留学生だが、何人かは鼻っ柱が強い者がいたが、猛者クラスでフルボッコにされ、子供にソフト模擬戦で敗北すると大体は大人しくなる。この辺は昔から変わらない。
留学生については、それで問題はなかったのだが、今、頭を悩ませているのは勇者の存在だ。教会が勝手に勇者認定をして、教会の中では悪の総本山という設定になっているコーガルに勇者という名のテロリストを送り込んでくることだ。教会の支配から脱却しつつあるといっても、まだまだ教会の権威と力は強く、従わざるを得ない国や都市も多い。
つまり教会は、信心深い若者を誑かし、テロリストに仕立て上げているのだ。
最近では勇者対策が私のメインの仕事になりつつある。
当初は下手に出て、魔王城に案内する作戦を取っていたのだが、ほとんどが5階層も攻略できずに撤退してしまい、自暴自棄になった勇者が、誰彼構わず住民を襲うという事件も多く発生している。大半は住民に返り討ちにあっているけどね。
なので対処療法として、猛者クラスの馬鹿どもに「勇者に限っては、喧嘩してもお咎めなし」というお触れを出して、勇者殲滅活動をしてもらっている。これはルミナが領主の権限で、黙認してくれているだけなのだけどね。
この政策は、一定の効果をもたらしたが、元勇者のホームレスを大量に生むことにってしまう。国からは勇者と散々持ち上げられて、コーガルにやって来たのに、一般人やその辺の酔っ払いにフルボッコにされたとあれば、故郷に逃げ帰ることもできないようだ。
ルミナが言う。
「何とかしなければいけませんね・・・領主として、見過ごせない問題です」
これには元勇者のパーミラが意見をする。
「私は彼らを救いたいと思います。私もキュラリーさんやモギールさんと出会ってなければ、身を持ち崩していたかもしれませんからね。本当に他人事とは思えないのです」
パーミラの気持ちも分かる。
でも私に何ができるんだ?
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