75 フルガ峠の攻防
シャドウの情報によると、バンドラ王国はかなり戸惑っているようだ。
ここまであっさりと獣人国ベスティが撤退するとは思わなかったようで、今後どうするかを検討しているみたいだった。その間に私たちはフルガ峠に入った。ライオネス王女が驚きの声を上げる。
「な、何がどうなっているのだ!?こんなに緑が生い茂っているなんて・・・ハゲ山だったはずだが・・・」
先に現地入りしていたグルン研究員が答える。
「魔石を大量に使って、緑化しました。私の本来の研究課題ですからね。詳しい作戦はマオ様からお聞きください」
こちらには森の中での戦闘に長けたエルフや獣人たちが多くいる。ならばと、その者たちが有利な環境を作ることにしたようだ。それにしてもスケールが違い過ぎる・・・
その時、シャドウが報告に来た。
「バンドラ王国は、進軍を止めないようだ。大義名分としては、「多くの国民が獣人に拉致されて、惨殺されたことに対する報復」だそうだ。バンドラ王国軍は、末端兵士はおろか、上層部も「獣人は腰抜け」だと思っているようだ」
魔王が言う。
「愚かなことじゃ・・・やられても文句は言えんのう。では迎え撃つとしよう」
「ところで、どんな作戦なんですか?」
「ここにいる猛者どもを配置するだけじゃ。それだけで、この場所なら無傷で勝てる」
3日後、バンドラ王国軍が進軍して来た。
「獣人どもは腰抜けだなあ」
「戦う前から逃げるなんて、普段の態度からしたら、あり得ない」
「まさに口だけだな」
バンドラ王国軍は油断しきっているようだった。そこにエルフを中心にした弓兵隊が一斉射撃を始める。それだけで、バンドラ王国軍は大混乱だった。何とか矢をかいくぐって抜けて来た部隊もあったが、そこに待ち受けるのは、ゴーケンを中心にした最強戦力の部隊だった。
「この峠は、10人が通れるくらいの広さしかない。この場所でゴーケンたちに勝てる者は、エミリアくらいしかおらんからのう」
魔王の策略どおり、戦闘というか、作業に近かった。あっという間にバンドラ王国軍は全滅した。30人程捕虜にはしたが、ほとんどが戦死か逃亡だった。3000人はいた部隊がである。次の日には5000人の部隊がやって来たが、結果は同じだった。
軍議で魔王が言う。
「シャドウよ、作戦は上手くいっておるか?」
「もちろんだ。5000人の部隊が迂回路に進軍するようだ。そこが地獄になるとも知らずにな」
魔王はご丁寧に迂回路を設置していたようだ。それを捕虜を通じて情報を流させた。捕虜は逃げたつもりだろうが、わざと逃がされたのだった。この時、捕虜には「迂回路を通られたら不味い」という情報を流している。そうなると当然迂回路から攻撃をしてくる。
「ゴーケンたちはそのまま配置させる。そして、敵が迂回路に入ったら手筈通りにな」
結果、迂回路に敵の死体が積み上がることになった。エルフと森での戦闘が得意な栗鼠人族やコボルト族が中心となって戦った。こちらも油断しきっていて、戦闘と呼べるものではなかった。
魔王が言う。
「そろそろ、出て来るであろうな。噂のあの部隊がな」
噂のあの部隊と言うのは、イシス帝国の最強部隊の一つ、重装歩兵隊だ。どこにでもいる重装歩兵隊だが、イシス帝国の部隊は一味違う。精強で、装備も豪華だ。エルフの弓でも貫けない鎧と楯を纏い、長槍で一糸乱れぬ隊列を組んで進軍してくる。別名「蹂躙部隊」とも呼ばれているそうだ。
しかし、魔王に焦った様子はない。
「お手並み拝見といこうかのう」
★★★
イシス帝国の重装歩兵部隊は、驚きの戦術に出る。峠の木を片っ端から伐採し始めた。これにエルフの部隊長であるルーデウスが怒りを表す。
「何てことを!!戦争に勝つためにそこまでするのか!!」
グルン研究員が言う。
「分かってもらえましたか?これが奴らのやり口です。これをエルフの森でやられたらどうでしょうか?」
「絶対に許さん!!刺し違えても・・・」
「それを狙っているんですよ」
リナラデスが言う。
「ルーデウスよ。我が協力できる種族とは協力しろと言った意味が分かっただろ?」
「姉上・・・我は本当に浅はかでした」
伐採作業中に何度か、弓を射かけてみたが、全く効果がなかった。すべて弾かれてしまった。
これって、けっこうヤバいんじゃないの?
そう思ったが、魔王は策を用意していた。
「では、アレをやってもらおうかのう?準備は出来ておるか?」
「もちろんです」
「がっつりやってやりますよ」
答えたのはゴブキチと魔導士のシェリルだった。それに対して、魔石の研究者のデミコフ研究員が文句を言う。
「イシス帝国の帝都を爆破しようと思っていたのに・・・仕方ないですね。また、魔石採取から、やらなければ・・・」
どうやら、魔石を使った集団魔法を使うようだった。
シェリルの指揮で、ゴブリンの魔導士たちが一斉に詠唱を始めた。ポンから報告が入る。
「A地点まで来たぞ」
「ゴブリン隊!!魔法を発動せよ!!」
号令に合わせて、ゴブリンの集団魔法が重装歩兵隊を襲う。ポンたち斥候部隊が付近に爆発する魔石をセットしていたようだった。
ドカーン!!という大爆発が起こる。半数以上の部隊員が吹き飛んだ。
これを帝都でやろうとしていたのかと思うと、本当に恐ろしい。この戦いで魔石を大量消費させたのは、世界平和を思えば、いい事だったのかもしれない。
そして、そこにエルフ隊が弓を射かける。今度は、矢が鎧や楯を貫通している。ドワーフの少女で鍛冶師として帯同していたオグレンが解説してくれる。
「アダマンタイトを使ったシャープオイルを鏃に塗っているんッスよ。予算が余っているので、急遽作ったッス」
オグレンの話では、普段の3~5倍威力が上がるそうだ。本当にこの少女も恐ろしい。
こうなると、重装歩兵隊はもう作戦どころでは、なさそうだった。散り散りになって逃げていく。
魔王が言う。
「対エルフ戦に用意した虎の子の部隊だったようじゃが、こんなところで全滅してはのう?追撃戦は、獣人たちに任せるとしよう。奴らもそろそろ暴れたい頃じゃろうし」
これを受けてライオネス王女が声を上げる。
「獣人たちよ!!よく聞け!!我らの領土を、そして誇りを取り戻すのだ!!我に続け!!」
ライオネス王女自ら、突撃を始めてしまった。すぐに獣人たちがそれに呼応して、一斉に突撃していく。
聞いたところによると、重装歩兵隊以外は、相手にならないそうだ。獣人たちは、素手での戦闘が主体なので、分厚い装甲と長槍を装備し、集団で向かってくる重装歩兵隊とかなり相性が悪いようだった。しかし、その重装歩兵隊も壊滅した今、獣人たちの突撃を止める部隊は存在しない。
「エミリアよ。しばらくはゆっくりとしておけ。領土を奪還したら、やってもらわねばならん仕事があるからのう」
また、変なことを頼まれるんでしょうね・・・
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