72 世界樹
純血主義者たちを黙らせた私たちは、次の日から指導を開始した。
悲しいことにエルフたちは皆、物覚えが良く、私が指導できることはすぐになくなってしまった。なので、エルフの女王、魔王と共にのんびりと全体の訓練視察を行っていた。以前にエミリア不要論が噴出し、道場主を解任されかけてからは、仕事がないときの対処法を身に付けた。とりあえず、偉い人を接待している雰囲気を出すのだ。
これにはライライが大きく貢献している。この子犬サイズで黄色いタヌキ型の愛くるしい魔物は、愛想を振りまき、女王のハートをがっちりと掴んでしまった。女王に抱かれ、甘えている。今も甘えるように「ライライ」と鳴き、女王の手でエルフの森で採れた新鮮なブドウを食べさせてもらっている。
「マオ!!ライライ様は本当に愛くるしいですわね」
「うむ、しっかり可愛がるとよい。妾はいつでも可愛がれるが、お主はそうはいかんじゃろうしな」
「言われなくても、そうしますよ」
そんな会話をしながら、最初に訪れたのは、ドノバンが指導をしている場所だった。集団戦闘訓練を指導している。女王が言う。
「エミリア殿、どうしてエルフが弓をメインで戦うようになったかご存じですか?」
「そういった考え自体がなかった気がします。エルフは弓が得意だと思い込んでましたからね。是非、教えてください」
「いくつか理由はありますが、一番は森で戦うことを想定しているからです。私達の使命は世界樹、そして、このエルフの森を守ることにあります。森の中での戦闘で、強力な火魔法や土魔法を使ったらどうでしょう?敵に勝っても森はボロボロになりますよね。なので、弓を使うようになりました。木に隠れながら、ピンポイントで敵を射抜けば、森に被害は出ませんからね。
ただ、そんな戦法を1000年以上続けていると近接戦をほとんどしなくなり、弓至上主義まで生まれてしまいました」
魔王が会話に入ってくる。
「森から出ん限りは、それで問題はなかろう」
「それはそうですが、そうも行かない事情がありましてね・・・」
そんな会話をしているところに、ドノバンが挨拶にやって来た。ドノバンは女王に声を掛けられる。
「訓練指導、お疲れ様です。エルフたちはどうですか?」
「はい、皆優秀で、ほとんど指導することはありませんよ。森以外での戦闘の戦術指導ということだったんですが、弓をメインで戦うので、やることはそんなに変わりません。防護柵を設置したり、前面に重装歩兵を配置するくらいですね」
エルフたちは、一生懸命に訓練をしていた。
「ただ、全体的に痛みに弱いですね。聞いたら、いつも遠距離から獲物を仕留めるからと言っていましたから・・・」
「そうですね。だからこそ、あのソフト模擬戦はいい訓練だと思っています。木剣で打ち合うなど、誰もやりたがりませんでしたからね」
「はい、このソフト模擬戦を開発したのは、ここにいるエミリア先生なんですよ。私もこれで大きくなりましたからね」
流石ドノバン!!お世辞だけど、一応私を立ててくれるなんて!!
そんな感じで訓練を見て回る。魔法の指導をしているルミナに聞くと、魔法が得意な者も多いので、今後はドノバンが指導している部隊と合流して、合同訓練を行うのだという。また、ポコは指導そっちのけで、弓を教えてもらっていたけどね・・・
指導は順調だったので、女王は私たちを世界樹のある場所に案内してくれることになった。移動はフランメが運んでくれる。王都から30分もしない内に世界樹のある場所に到着した。コーガルやダークエルフの里にある世界樹とは、比べも物にならないくらいの大きさだった。本当に神々しい。
「この木を救ってくれまして、改めてお礼を言います」
「そ、そんな・・・私は何もしてませんよ・・・」
「いえいえ、あちらの方々が、すべてエミリア殿のお陰だと言っておられましたよ」
女王が指差す先にいたのは、マッドサイエンティストたちだった。グルン研究員を筆頭に各部門の主任研究員が勢揃いしていた。世界樹を囲み、怪しげな会話をしている。
「これだけ魔石があれば、イシス帝国の帝都を吹き飛ばせますか?」
「それは無理だ。宮殿くらいなら吹き飛ばせるが、宮殿まで近づく術がない」
「ゴーレムに搭載して、自爆させるのはどうですか?」
「それでも近付けないだろう・・・」
「アンデットや毒ガスを散布して、警備を手薄にしてみてはどうでしょうか?」
しばらくして、私たちに気付いたグルン研究員が挨拶に来る。
「世界樹はもう大丈夫ですよ。魔素から魔石を採取する魔道具も機能していますし、管理しているエルフにも技能を伝承しましたから、1年に1度、定期検診をするくらいで大丈夫だと思いますよ」
魔石の研究をしているデミコフも続く。
「この調子で魔石を採取していけば、後5年、いや、コーガルとダークエルフの里で採取できた魔石を加えると早くて3年で帝都を吹き飛ばせるかもしれません。これもすべて、エミリア先生のお陰ですよ」
私は、大量破壊兵器を開発させるために魔法研究所を開いたわけではないし、そもそも、祖父が勝手にやったことだ。私を悪の組織の黒幕扱いをするのは、止めてほしい。
エルフの女王も、若干引いているしね。
世界樹の周りには、フランメの両親とウインドル、ウインドルの母の風竜王もいた。ウインドルが言う。
「世界樹の近くは落ち着くんだ。魔力が補充されていく感じがする。コーガルもいいけど、ここもいいね」
魔王が言う。
「古竜は魔素を取り込めるからな。本来は食事も不要じゃ。特にこの付近は豊富に魔素がある。古竜が気に入るのも分かるぞ」
だったら、フランメとウインドルの食費は掛からないんじゃないの?
とはツッコミを入れなかった。食事を楽しんでいるし、「食事抜きにするよ」という脅しも使えるからね。こんな脅しを考えつくくらい、私は拷問官として、馴染んでしまったようだ。
そんなことを思っている所に、女王が声を掛けてきた。
「今日は特別に宴を開くことにしています。研究者の皆さまも是非にと思いまして、迎えに来たのですよ」
「ライライライ!!」
いや、お前じゃないよ、ライライ・・・
これにグルン研究員が答える。
「せっかくのお誘いです。研究も一段落したので、皆さんも行きましょう」
少し文句は出たが、グルン研究員とカイラ研究員が説得して、私たちと一緒に王都に戻ることになった。この中では、グルン研究員とカイラ研究員は比較的まともな部類に入る。あくまでも、この中では、だが。
王都に戻ると宴の準備が終わっていた。女王の到着と同時に宴が始まる。エルフたちも私たち使節団も打ち解けて、楽しそうに飲んだり、食べたりをしていた。ライライやフランメたちも嬉しそうにしている。そんな時、事件は起きた。
獣人の獅子族の女性が慌てた様子で、やって来た。
「エルフの女王ラグドラシア様!!無礼は承知でお願いする。我が国に援軍を出していただきたい」
間違いなく、厄介ごとに巻き込まれる気がした。
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