7 経営再建への道
私のスポーツチャンバラを取り入れた指導は大ヒットした。子供の門下生は瞬く間に100人を超えた。流石に私だけでは指導できないので、臨時の指導者としてポン、ポコ、リンを雇うことにした。この3人は一応「二段切り」と「二段突き」はマスターしているし、基本の型も習得していて、ホクシン流剣術初級の免状も持っているからね。因みに私はホクシン流剣術初級の免状は持っていない。「二段斬り」も「二段突き」も習得せずに、いきなり道場主になってしまったからね。
三人の中で、特にリンは指導者に向いているようで、子供たちに丁寧に教えていた。それに回復術師でもあるから、子供たちが怪我をしても安心だからね。
「リン先生!!模擬戦の審判してください!!」
「お願いしますよ、リン先生!!」
「わ、私が先生・・・よし!!頑張らなくちゃ!!」
「先生」と呼ばれることが快感のようだった。
更にいいことは続く。ここまで、何もせずに無駄飯喰らいだった金髪縦ロールのお嬢様ルミナが活躍する。父兄から「勉強も教えてほしい」との要望があり、教養があるルミナが教えることになった。それに中には魔法適性のある子供もいて、簡単な魔法まで指導してくれるようになった。
そしてメイドのメイラだが、かなり能力が高い。剣術の指導者をこなすだけでなく、マナーや礼儀作法も教養として身に付けているので、貴族の子女たちに指導している。この二人の収入は馬鹿にならない。数は少ないけど、貴族や裕福な商家の子女を教えているので、単価が高いのだ。
これを契機に経営はV字回復を見せ、このままの状態が続くなら勇者が来るであろう3年後まで経営は何とかなるという見通しが立った。
★★★
こうなると私は楽ができると思ったのだが、そうはならなかった。何かに付けて忙しい。まずスポーツチャンバラだが、父兄もやりたいと言い出し、それに流行りの交流の場と捉えた若い女性も集まり始めた。なので、大人用のスポーツチャンバラ教室も開催することになった。そうなると、ソフト剣もソフト短刀も足りない。急いで発注するが、ドワーフの親方も手一杯だという。
「アンタの道場だけでなく、他の道場からも注文が多く来てな。外に出した息子やその職人仲間なんかを搔き集めて作っているんだが、素材がもうないんだ。アンタが採って来てくれるなら別だが・・・」
仕方なく、私、ルミナ、メイラ、ポン、ポコ、リンでデモンズラインまで行って、定期的に採取することになった。
ソフト剣の作り方は、細身の木剣にスポンジのような柔らかく弾力のある物を巻き付けているだけだ。このスポンジのような物の製法は難しくないのだが、素材がそこそこ採取しにくい。海綿草とゼリースライムが必要で今のところ、デモンズラインまで行かないと採取できないのだ。このコーガルの町でデモンズラインまで採取に出掛けるのは私たちくらいなので、かなりの収益を得られた。
それに他の道場主から、子供たちを対象にしたスポーツチャンバラ大会を開催してほしいという依頼があり、そのルール作りなどをやらされた。スポーツチャンバラが普及すれば、ソフト剣などが売れ、必然的にその素材を納品している私たちが儲かるので、忙しいがこの話は受けることにした。
そして、記念すべき第一回コーガル少年ソフト模擬戦大会が開催された。名称が固定されていなかったので、「スポーツチャンバラ」の名称は使わず、この大会から「ソフト模擬戦」と正式に決定した。当然、我がホクシン流剣術道場が優勝だ!!と思っていたがそうはならなかった。決勝でコーガルの町最大手のブラブカ道場に大敗してしまった。
これで、子供の門下生が多少ブラブカ道場に移籍したけど、私はブラブカ道場のやり方を真似る気はなかった。訓練の見学に行ったところ、泣きながらソフト剣を振らされている子がいたし、ソフト模擬戦に勝つだけの指導をしていた。
あくまでも、子供を楽しく訓練させるのが目的で、ソフト模擬戦をいくらやったところで、実戦で強くなるとは限らない。そのことが分かっていない指導者がこの世界にもいるのだと思い知らされた。ブラブカ道場に通っている子は可哀そうかもしれないが、今の私では無理に引き抜くなんてできないしね。
敗戦の後、子供たちから「もっと厳しく指導してください」という要望があったけど却下した。
「言っておくけど、ソフト模擬戦が最終目標じゃないからね。冒険者の子は、早めに冒険者活動をしたほうがいいし、騎士志望の子は騎士として必要な技能はまた別にあるからね。その上で、自分たちが必要だと思う訓練を自主的にやるなら止めないけど、私は今の指導方法を変えるつもりはないわ」
分かってくれた子もいれば、分かっていない子もいる。それでいいと思っている。何かに一生懸命に打ち込むことが子供のときには大事だからね。それがソフト模擬戦でなくても。
★★★
「エミリア先生!!また来ました!!道場破りです」
最近の悩みはこの道場破りだ。ほとんどが大した実力のないゴロツキ崩れなのだが、数が多い。それに忙しい時に限ってやって来る。誰かが嫌がらせに雇っているのではないかと勘繰ってしまうくらいに。
「今、少し帳簿の整理で忙しいから、同意書にサインだけ貰っておいて・・・きちんと説明してからね。後、暴れるようならすぐに行くわ」
知らせに来たリンにいつも通りの指示をした。
なぜこのようなことをするかというと、まともな武芸者とゴロツキとを選別するためだ。まともな武芸者であれば、私の手が空くまで待ってくれるし、模擬戦をするために挑戦料を取っているのだが、快く払ってくれる。こういった者は総じて実力者で、負けはしないが、かなり手こずる。私も気合いを入れて望まないといけない。
大体このような者は、模擬戦の後に猛者が集うクラスを紹介する。数日間、猛者たちとともに訓練をして、道場を去る時は、謝礼金まで払ってくれるのが常だ。律儀な者は定期的に手紙も送ってくれる。
こういった出来た武芸者ばかりでないのが、悲しい現実だ。事務所にまで怒鳴り声が響いてくる。
「試合をするのに金貨3枚払えだと!!舐めたことを言うな!!俺が誰か知らないのか?」
金貨3枚は日本円で約3万円くらいだ。決して安くはないが、それでも一流の武芸者であれば気前よく払ってくれる。それすら払えないとなると、大した輩ではない。
仕方なく私は、愛用のレイピアを手に道場に向かう。
ホクシン流剣術に決まった武器はない。私が刺突剣と呼ばれるレイピアを愛用しているのは、軽いし、基本的に「返し突き」しか使わないからだ。少し語弊があった・・・それしか使えないのだ。
道場に着くとリンが困り顔で言う。
「エミリア先生、久しぶりに来ましたよ。かなりの分からず屋です」
相手はモヒカンヘアの大男で、筋肉質というか脂肪の塊のような印象を受ける。素人が見ると怖そうに見えるが、多少でも武術を齧った人間が見ると見かけ倒しと見抜ける。その男は私に向かって怒鳴る。
「お前が道場主か?女子供を集め、軟弱な訓練をして恥ずかしくないのか?ここにいる男どもも腰抜けばかりじゃないか!!俺が少し気合いを入れてやろうと親切で言っているんだ。逆に金貨10枚貰ってもいいくらいだぜ」
女子供を集め、軟弱な訓練をしているのは否定しない。それにここにいる男の人はほとんどが、商人や文官で趣味や健康のために通っている人たちばかりだ。だが、それはこっちの経営方針でやっているし、お前のようなクズに金貨を払わなければならない謂れはない。
「分かりました。特別に模擬戦をしてあげます。真剣でやりますか?木剣でやりますか?」
「偉そうに、真剣でやるに決まっているだろうが!!」
「分かりました。不幸にして命を落とすことになりましても、こちらで責任を持てませんので、悪しからず」
「ごちゃごちゃと、うるさいんだよ!!」
いきなり男は大剣で斬りかかって来た。力はそれなりにありそうだけど、それだけだ。これならスキルがなくても躱せるくらいだ。しかし、私はどんな弱い相手でも手加減はしない。というかできない。いつも通り、相手が強かろうと弱かろうと「返し突き」だけをひたすら繰り返す。
修練を積み、突きの精度は高まったが、威力は然程上がっていない。ゴロツキの道場破りといえど、殺してしまっては寝覚めが悪いので、急所を外して攻撃していく。腕、足、耳、股間・・・3分もしない内に相手は血塗れだ。
次第に相手は攻撃しなくなった。そうなると私は何もできない。なので、間隔を置いて「薙ぎ払い」で転ばせる。
「どうしました?早く攻撃して来てください。挑戦される方がそれでは指導ができませんよ」
煽っても無駄だった。だって男は気絶していたからね。リンに回復魔法を掛けるように言って、すぐにギルドに知らせた。そしてギルドの職員が確認したところ、懸賞金が掛かっていることが判明、思わぬ臨時収入となった。こういったゴロツキは懸賞金が掛かっていることが多いからね。
一方、門下生の評価はというと・・・・
「エグ過ぎるよ・・・」
「エミリア先生を怒らせたら駄目だ」
「そうだな・・・楽には殺してくれないだろうな。いつ見てもエグい」
ドン引きされていた。
ワザと嬲っているように見えるだろうけど、それしかできないんだよ・・・
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