6 剣術道場の現状
私は一体、何がしたいのだろうか?
勇者がここに来るまでは、道場主をすることは決定している。勇者に世界を救ってもらわないと困るからね。だが、その後どうするかは全く考えていなかった。勇者が来て、勇者にスキルを教えたらそれで、どうする?
「勇者にスキルを教えたんで、じゃあ、道場は閉鎖です!!」とは流石に言えないよね?
私はメイラにそれっぽいことを言って誤魔化した。全くの嘘ではないのだけど、勇者のことは伏せてね。
「私はこの道場が好き。将来のことは分からないけど、何とか存続させたいと思っているのよ。でも資金繰りがヤバくてね。結局は冒険者をして、道場の運転資金を稼いで、ついでに道場の門下生を募集しているのが現状なのよね。このままじゃ、駄目なのは分かってるんだけどね・・・」
道場が好きなのは本当だ。できれば存続してほしいというのもね。
「分かりました。では日銭を稼ぐことも必要ですが、道場の現状を把握してみてはどうでしょうか?何か問題点があるのかもしれませんよ。これは親切で言っているのではありません。私も生活が懸かっていますからね。この道場が破綻すれば、給料が払われなくなりますから」
メイラが言うことも分かる。祖母がメイラに給料を払えと言ったのも、ルミナが生活していけるようにと考えてのことだった。それに答えたメイラも何とか道場のことを考えてくれているのだ。
だったら、道場のことを真剣に考えてみよう。私が道場を引き継いでから、ほぼ祖父に任せっきりにしていた。これでは祖父が道場主をしているのと変わらない。
まずは真剣に道場のことを分析してみよう。
道場の門下生は大きく分けて、三つのタイプがある。一つは子供たちだ。これは前世の日本と同じような感覚で、習い事の一環だ。祖父はそれなりに有名だから、多くの子供たちが入門してくる。
二つ目は趣味で模擬戦をしに来る者たちだ。現役の冒険者や騎士などが多く、偶に祖父も相手してあげているので、定期的に通ってくれている者はそれなりにいる。最後は幽霊門下生だ。何らかの理由で来なくなってしまった者たちで、籍だけは残っている。
辛うじて道場という体裁を保っているのは、祖父によるところが大きい。現在子供たちが約20名、大人の門下生が約50人、これは偶に模擬戦に来る人を含めてだが。
問題点と言えばいくつかある。まず子供たちについてだが、一定のスキルを習得すると多くが辞めてしまう。一定のスキルというのは基本中の基本の「二段切り」と「二段突き」だ。連続で攻撃を加えるスキルなのだが、子供でも1年~2年で習得してしまうのだ。これができると「剣術やってたんだ!!凄いね」くらいは言われる。しかし、私は習得できていないんだけどね。私は「受け流し」「薙ぎ払い」「返し突き」以外のスキルは使えないのだ。それに剣術のセンスもあまりないと自覚している。
それは置いておいて、子供たちが辞めていく原因は、楽しくないからだろう。祖父は子供には、型や素振りなどの基本訓練しかやらせない。偶に打ち込みはさせるけど、模擬戦は子供たち同士では絶対にさせない。木剣と言えども変な所に当たったら大怪我をするからね。
だから、道場での訓練は黙々と単調な基本訓練を繰り返すのみなのだ。なので、「俺は世界一の剣士になる!!」とかいうモチベーションを持った子供でないと目標の「二段斬り」と「二段突き」を習得すれば、辞めてしまうのだ。まあ、そんなモチベーションを持った子供は未だかつて見たことないけどね。
そして一番の問題点は、伸び盛りの剣士がいないということだろう。
模擬戦に定期的に来る者は、それなりの実力者だ。中には猛者と呼ばれる戦闘狂もいる。騎士だって隊長クラスだったり、冒険者でもC級以上がほとんどだ。扱う武器もまちまちで、偶に自前の武器に刃引きの魔法を掛けて戦っていたりする。もうすでに自分の型が出来上がっており、教えを請う必要もない。負けた相手に問題点を指摘してもらい、自分で修正していくくらいだ。
なので、剣士としてこれからという者にとっては敷居が高い。
これは祖父にも原因がある。祖父は、「基本を身に付けたら、後は自分で創意工夫して強くなるべきだ」との信条を持っている。「習うより慣れろ」、「技は教えてもらうのではなく、盗め」的な感じだ。だから、ホクシン流という流派はあってないようなものなのだ。私だって、父や祖父に散々叩きのめされて大きくなったのだから。
自分がもし、これから実力を伸ばそうという剣士の立場であったら、ウチの道場は選ばないだろう。
つまり、ウチの道場は子供たちの習い事の場と戦闘狂が集う闘技場という二つの側面を持つ、歪な道場なのだ。
私は前世の知識をフル稼働して考えた。普通に考えれば、伸び盛りの剣士を集めることを考えるのだが、ここは別の観点から経営再建を図ることにした。まず戦闘狂の奴らは、来るなと言っても、来るような奴らだ。無視しておいてもいい。なので、子供の門下生を増やすことにした。ぶっちゃけて言うと「二段切り」と「二段突き」の習得が目的であれば、敢えてホクシン流剣術道場に通う必要はない。ホクシン流剣術道場に子供たちが通っている理由は、曖昧だ。「ムサール先生なら間違いないだろう」という祖父を信頼しての理由や親が子供の頃に通っていたという理由がほとんどなのだ。明確な理由なんてないのだ。
他の道場を視察しても、似たり寄ったりだった。
だったら勝機はある。他の道場にないメリットを作り出せばいいのだ。
ここで前世の知識をフル活用して、子供にウケ、親も通わせたいと思うような道場を作ることにした。
「楽しんで剣術を学べ、礼儀作法も身に付く」をコンセプトに子供たちを勧誘していく。そして、新しく備品にも投資することにした。木剣ではなく、スポーツチャンバラで使うような当たってもあまり痛くない材質で作られたソフト剣とソフト短刀を開発し、20本ずつ購入した。注文した工房の懇意にしているドワーフの親方はびっくりしていた。
「長年、武器を作ってきたが、怪我しないような武器を作れっていう注文は初めてだ。最近の若い人が考えることは儂らには理解できん」
文句を言っていたが、腕は確かだから、満足した出来にはなっていたけどね。出費もデモンズラインで採取した素材を持ち込んだので、思ったよりも安く上がった。
そして今日、子供たちの前でお披露目することにした。
「今日はみんなに、模擬戦をしてもらいます!!」
「やったあ!!俺の強さを見せてやる!!」
「嫌だよ・・・痛いし・・・」
活発な子は喜び、剣術が苦手な子は嫌がっている。予想通りの反応だ。ここで、ソフト剣とソフト短刀を持たせ、ルールを説明した。
「先に2本先取したほうが勝ちにします。模擬戦をするにあたって、これから言う約束を守ってください。審判が「待て」を掛けたらすぐに動きを止めること。訓練なので、ソフト剣とソフト短刀以外での攻撃は禁止です。最後に始める前にはお互いに礼をして「お願いします」、終わったらまた礼をして「ありがとうございました」と言いましょうね。対戦してくれた相手に敬意を持ちましょう!!」
私は高校の時の剣道の授業で習った、うろ覚えの記憶を頼りに子供たちに指導していく。最初はビクビクしながらやっていた子供たちも次第に楽しくなったようで、大盛り上がりだった。いつもなら、訓練終了の合図とともにすぐに帰ろうとする子供たちばかりだったが、今日だけは、「もっとやりたい!!と言ってくる始末だった。
これはかなり効果があり、今週の体験入門の子供たちは、先週の3倍だった。
これが道場の再建へ第一歩となればいいのだけどね。
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