47 ダンジョンブレイカー
最近の私の生活は完全にルーティン化している。決まったことをただ繰り返すのみだ。そこに感動も何もない。勇者を待ち、スキルを教えるという人生の目標を失った私は、ただ目の前の業務をこなしているだけだ。若干、拷問の依頼件数は増えたけどね。
そんな私にも癒されるひとときがある。
それは魔王城でのアルバイトだ。報酬がいいのだが、それだけではない。魔王を筆頭にみんな優しい。ミミとメメはまだ私に怯えているけど、セバスは紳士で気が利くし、魔王は接するにつれて、意外に面倒見がいいことが分かった。
「ほう・・・エミリアは母親を早くに亡くし、父親も失踪しておるのか・・・その辺は孤児だったミミとメメと同じじゃな。辛いこともあるだろうが、支えてくれる者は少なからずいる。どうしても困ったら妾を頼るとよい」
接した感じ、本当に世界を征服するような人には見えなかった。
最近はアルバイトがなくても、魔王城に入り浸っている。ご飯も出してくれるし、ライライの餌も出してくれる。私の中では、道場と同じくらい魔王城が大切な場所になっていた。
そんなときに事件は起きた。
その日、私はアルバイトでもないのに魔王城に来ていた。その日のアルバイトはオデットとレミールさんで、魔王と一緒に四人でお茶を飲み、優雅な時を過ごしていた。私たちの活躍で、もめ事を起こす冒険者も、ほぼいなくなっていたからだ。
「お主らの活躍で、最近は魔王城も落ち着いておる。これは妾からの特別報酬じゃ。取り寄せた絶品スイーツを食べるがよい」
「ライライライ!!」
「もちろんライライの分も用意しておるぞ」
本当に美味しかった。ライライも魔王にかなり懐いている。魔王城から帰るときはいつも、寂しそうにするからね。
もうそろそろ、帰ろうかと思っていたところ、ビービーと警報が鳴り響いた。
「緊急!!緊急!!1階層から3階層で冒険者が壁や備品を壊しています。その数、30人以上!!至急特務班は対応願います」
魔道具で状況を確認する。冒険者風の集団は魔王城攻略が目的ではなく、明かに魔王城を壊しにかかっている。慌てたセバスが言う。
「マオ様!!こうなればスタンビートを・・・」
言い掛けたところで、魔王が遮った。
「ならん!!そうすると町にも被害が出る。かくなる上は、妾が出向こう」
現在、私を含めたアルバイトは3人、1階層ずつ相手にすれば何とかなるはずだ。絶品スイーツを貰った手前、ここで帰るわけにはいかないからね。
「マオ様、ここは私も出動します。3人いれば大丈夫ですよ。とりあえず私は1階層に行きますよ」
「うむ、それでは頼む。特別報酬は出してやる。セバス、冒険者ギルドにも連絡を入れよ」
急遽出動となった私だが、すぐに怪しいコスチュームを着て、怪しい仮面を被り、転移スポットから1階層にやって来た。因みに2階層はオデット、3階層はレミールさんだった。
設定どおりに冒険者たちに私は警告を発する。
「我は血塗れ仮面!!すぐに止めろ!!排除するぞ!!」
冒険者は11人、ほとんどが戦士タイプで、魔導士タイプは2人、私は魔導士二人に電撃魔法を付与した「薙ぎ払い」を放つ。「ギヤー!!」と悲鳴を上げて魔導士の二人が転ぶ。私はすぐに走って戦士タイプの冒険者に向かって行った。すぐに取り囲まれる。
こうしたのも作戦だ。流石にこの状態なら魔導士が魔法を撃ってこないと考えたからだ。味方を誤爆してしまうからね。そこからはいつも通りだ。私の「返し突き」は相手の攻撃が見えなくても発動する。なので、近接物理攻撃であれば、負けることはないのだ。
ただ、死角から攻撃された場合、攻撃場所は指定できない。なので3人程、即死させてしまった。
まあ、やっていることがやっていることだけに仕方ないよね。
それにこの人数だし・・・
自分に言い訳をしながら、「返し突き」を繰り返す。しかし、一向に敵は減らない。血塗れで倒れている数は増えているのだが・・・
かなり長い時間そうしていた。後から聞いた話だけど、2階層のオデットと3階層のレミールさんの圧倒的な強さに恐れをなして、そこから逃げて来た冒険者の相手をしていたからだ。それにダンジョン入口はスタントンさんを筆頭にした精鋭の冒険者に封鎖されていて、結局、一番勝てそうな私に殺到したというわけだ。
最後の一人を打ち倒した私にスタントンさんが声を掛ける。
「相変わらず、血塗れだな・・・エミリアじゃなくて・・・」
「血塗れ仮面だ。後の処理はお願いする」
「分かった。ありがとう、血塗れ仮面・・・」
私は颯爽とその場を後にした。今度は前回の失敗を生かし、転移スポットから一旦ダンジョン外に出て、魔王城の裏口から魔王の元に戻った。すぐに私とライライは魔王城にある大浴場に案内され、使ったコスチュームと仮面は洗濯してもらった。この辺は至れり尽くせりだ。
風呂から上がった私は魔王に報告する。
「これは対策を練らんといかんな。緊急会議を開こう」
★★★
次の日、魔王城で緊急会議が行われた。急遽だったので、集まれたメンバーは少ないが、それでも事態を重く見た領主のルミナ、ギルマスのスタントンさん、商人のレドンタさんは出席していた。最初にスタントンさんが説明を始める。
「現在取調べ中だが、奴らはダンジョンブレイカーだろう。どういう理由か分からないが、ダンジョンを破壊しようとする迷惑で危険な集団だ。ダンジョンは謎だらけだけど、冒険者の生きる糧にもなっている。ダンジョンで死ぬ奴もいるが、それを言い出したら建築現場で事故で死ぬ奴がいるから、建築工事を止めろというのと同じだ。凶悪で迷惑なダンジョンは別だがな。この件は、ギルドとしても最優先で対策しないといけない事案なんだ」
少し間をおいて、スタントンさんが言う。
「ダンジョンブレイカーがどうして厄介かというと、奴らがいる間はダンジョンに潜れないというのもあるが、それよりも怖いのはダンジョンスタンビートだ。大量にダンジョンから魔物が溢れ出て来る怪奇現象だ。お前らも歴史の授業で習っただろ?
研究によるとダンジョンに一定以上のダメージを与えると、スタンビートが起こるようだ。マオさん、魔王城はスタンビートなんて、起きないよな?」
「魔王城はダンジョンではなく、魔王城じゃ!!スタンビートなど起こらんぞ」
「それを聞いて安心した。それでエミリア嬢、マホット所長が呼んでたぜ。拷問を手伝ってほしいって・・・」
会議は効果的な対策を打ち出せないまま、状況説明だけで終わった。今のところ、ダンジョンの入場者の身分確認をしっかり行うことしかできないという。これはルミナが領兵を常駐させて対策してくれるという。
「魔王城のお陰で、我がコーガル領の収入は爆発的に伸びました。領兵を常駐させたところで、安いものですわ」
会議終了後、私は行きたくはないが、拷問所に向かった。多くの拷問官が私を歓迎してくれる。あまり言いたくはないが、魔王城の次に私に優しくしてくれる場所なのだ。すぐに所長のマホットも出て来た。
「待っておったぞ、エミリア殿!!実は相談したいことがあってな。とりあえず、こちらに来てくれ」
案内されたのは拷問所ではなく、魔法研究所だった。マホットと主任研究員が説明をしてくれた。私たちが生け捕りにしたダンジョンブレイカーのメンバーの体には、特殊な魔法陣が刻印されており、秘密を喋ろうとしたり、魔法陣を無理やり除去しようとすると命を落とすらしい。
「最初は13名いたのだが拷問の結果、もう残りは3名しかおらん。残った3名中2名は未実施、1名は魔方陣自体が壊れていたのじゃ。ここで推察されるのが、エミリア殿が使うライライ剣じゃ」
どういう訳か、ライライ剣を何十回も喰らわせると魔法陣が壊れるのだという。主任研究員が言うには、普通の電撃魔法では効果がなかったそうだ。魔法陣が壊れた1名というのは、私に最後の最後まで向かって来た武闘家だった。それでこの仮説に思い至ったらしい。
「だから、魔法陣が生きている2名の拷問を頼みたい」
仕方なくこの話を受けることにした。
結果、二人とも20回前後で魔方陣は壊れた。その前に心は完全に壊れていたけどね。
「ううう・・・神よ!!・・・なぜ私を見捨てるのか?」
「あ、悪魔だ・・・悪魔・・・神の指示だというのに・・・」
マホット所長が言う。
「実験は成功じゃ!!これから調べねばならんが、「神」やそれに類する言葉を喋ると絶命するのじゃ。なぜそのような魔法陣を施しているのかは分からんが、そこにヒントがあるやもしれん」
神か・・・神様はいるかもしれないが、神様を前面に出す奴はほとんどが詐欺師だと相場は決まっている。彼らも誰かに騙されていたのかもしれない。
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