44 魔王城のアルバイト
私は今、魔王城でアルバイトをしている。
こうなったのにも、やむにやまれぬ事情があるのだ。
まず魔王城なのだが、連日の大盛況だ。それに便乗して多くの宿泊施設もオープンした。道場の収入は上がり、更にコーガルの町全体の税収も上がったという。ルミナが言うには、コーガルの町だけで、バンデッド伯爵領全体の半分の税収があるそうだ。なので、バンデッド伯爵領はかなり裕福な領になった。
しかし、私の暮らしは一向に楽にならなかった。道場の借金は順調に返しているものの、祖父がまた、不当要求をしてきたからだ。
というのも、失踪したとされる私の父コジールの借金を肩代わりするように言ってきた。額を聞いて腰を抜かした。こんなの払えない・・・
畳み掛けるように祖父は言った。
「コジールは勘当しておるから、儂からすれば赤の他人じゃ。しかし、エミリアにしてみれば、父のままじゃ。ということは・・・分かるな?」
「そ、そんな・・・私だって、8歳から会ってませんよ」
「だが、親子関係を解消する手続きはしてないじゃろ?それに本人がいない以上は、勝手に手続きもできんしな」
ここで断っても、家賃や食費を地味に値上げされるのがオチだと思い、要求を受け入れることになる。なので、少ない給料から父親の借金返済名目で、天引きされている状態なのだ。更に追い打ちを掛けるようにライライの食費が爆上がりする。本当に最近よく食べる。この小さくて愛らしいタヌキ型の黄色い魔物のどこに消えているか、不思議になるくらいだ。
なので、道場主の給料だけではやっていけず、仕方なくアルバイトをすることになったのだった。
因みに魔物の捕獲や拷問などの特別業務は、道場主の業務の一環という採決が定例会で下されたことで、臨時収入を得る道も閉ざされてしまった。
雇われ道場主になり、固定給にしたことが裏目に出てしまった。何とか、特別手当は支給してもらえるようにはなったが、正規の報酬の10分の1にも満たない。苦しく血塗れになりながらの業務なので、本当に割に合わないのだ。
そんなときだ。魔王の悪魔の囁きに乗ってしまったのは。
というのも、魔王城のアルバイトは高待遇だったからだ。まず、アルバイト資格は、魔王が実力と人格を認めた者のみだ。今のところ、私、ゴーケン、オデット、ティーグ、シャドウ、レミールさんしかやっていない。商人のレドンタさんもやっているが、場所代を無料にしてくれるお礼でボランティアでやっている。つまり、猛者中の猛者しかできないのだ。
仕事内容だが、基本的には待機だ。もめ事が起きたりしたら、出動してトラブルを解決する。なので、何もなければ、魔王とお茶を飲んでのんびり過ごすだけだ。1日で道場主の半月分の給料がもらえるので、美味しい仕事ではあるのだ。
また、ライライは魔王に懐いており、魔王もライライを可愛がってくれているので、ここにいる間は、お菓子と餌が食べ放題なのだ。
「ライライよ、お前は今日も可愛いな!!もっと、食べるがよいぞ」
本当に有難い。道場主を辞めたら、魔王軍で雇ってもらおうかと思うくらいだ。
だが、それなりに仕事はある。ビービーと警報機がなり、出動要請を知らせる放送があった。
「ダンジョン入口で、来場者によるもめ事が発生。交通整理要員の冒険者では手に負えない模様です。至急、特務班は現場に向かってください」
特務班とは、私たちアルバイトスタッフのことだ。仕方なく、スタッフに支給された怪しい仮面を被り、現場に向かう。魔王が言うには世界観を壊さないためだという。まあ、見る人が見たら、ライライを連れているので、私だと分かるのだが、一応設定は大事だからね。
「では、頼んだぞエミリア。設定上、妾やボスクラスが出向くわけにもいかなんからな」
「はい、これも仕事ですから」
因みに5階層のボスは、キラーゴレームを弱体化させたレッサーゴーレム君3号だ。こちらは魔導研究所から戦闘データを定期的に送るという条件で、無償提供されている。10階層のボスはキラーゴーレム君2号を予定しているが、未だ辿りついた者はいない。15階層以降のボスはまだ決まっておらず、案としてオルグ、ホネリン、クマキチ、クマコが候補に挙がっているという。これも世界観の問題で、私もボスの依頼があったが、おかしな衣装と見るからに呪われそうな仮面を被らないといけないということで、返事は保留している。報酬はかなり魅力的だけどね。
現場に着くと、交通整理をしている冒険者に食って掛かっている集団がいた。交通整理をしているのは、駆出しのFランク冒険者で、文句を付けているのは、ベテランの4人組冒険者パーティーだった。このパーティーは見たことがなく、他の町からやって来たのだろう。規模が大きくなると、必然的にこういった輩が増える。
「何が順番を待てだ!!俺たちのことを知らないのか?それに入場料が銀貨1枚だと!!」
「き、規則ですので・・・それに一人1枚ではなく、パーティーで1枚で大変お安く・・・」
「うるせえ!!ぶっ殺されてえのか!?」
「そ、そんな・・・それ以上すると、怖い人を呼びますよ!!」
Fランクなりに職責の自覚はあるようで、脅しにも屈しない。将来有望だな。
それにしてもこのパーティーはいただけない。銀貨1枚なんて、日本円で約1000円だ。それをケチるなんて、大した奴らではない。そんなの3階層まで攻略できたら、十分に元は取れるからね。
私は怪しい仮面を付けた姿で、そのパーティーと冒険者の間に割って入った。安堵した冒険者が言う。
「エ、エミリアせんせ・・・」
言い掛けたところで、遮った。
「私は魔王軍特務班の者だ!!これ以上狼藉を続けるなら、排除する!!」
世界観を壊さないようにと魔王から、厳しく言われているからね。
「怪しい奴が偉そうに!!お前からぶっ殺してやる」
そのパーティーは全員が戦士タイプで、剣や斧を振り回して向かって来た。そこそこの実力はあるようで、感覚的にはBランク程度だろう。だが、それだけだ。いつも通り「返し突き」を繰り返し、血塗れにしていく。しばらくして、全員が地面に転がった。
私は駆け付けたギルド職員に事情を説明して、引き渡す。
「いつもありがとうございます。エミリ・・・じゃなかった、「血塗れ仮面」様。とりあえず拷問所に送っておきますね」
「う、うむ・・・よろしく頼んだぞ!!それとそこの冒険者よ。毅然とした対応は見事だったぞ。将来有望だ。今後とも精進するように!!」
私は不本意ながら「血塗れ仮面」というキャラを受け入れ、颯爽とその場を後にする。私は仕事は仕事として割り切る質なので、そうしているのだ。
アルバイトが終わり、各種手続きをするため、帰宅途中に冒険者ギルドに立ち寄った。ギルドに併設されている酒場から若手の冒険者の雑談が聞こえてきた。
「しかし・・・今日のエミリア先生はヤバかったな・・・」
「いつ見てもエグいわ。それに「血塗れ仮面」って、痛すぎるキャラよね・・・」
「あれで、本人は気付かれてないと思っているところが更に痛いわ。痛さレベルはシャドウさん以上ね」
私は高額の報酬と引き換えに、多くの大切なものを失ってしまったようだ・・・
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