39 勇者はもう・・・ 2
リバーサイドに到着した。リバーサイドはホクシン流剣術道場があるコーガルの町から馬車で約5日の距離にある、ひなびた町だ。レーン川の畔にあり、漁業も農業も盛んだ。ゲームのご都合主義なのだろうが、ここの魔物はかなり弱い。そして、平和だ。
だったらなぜ、この場所から勇者が誕生するのかというと、それは伝説の預言者と呼ばれる怪しい男がこの町に来て、勇者にこう言うのだ。
「勇者よ!!魔王を倒し、世界を救うのだ!!まずはコーガルに行け。そこで剣術を学べ」
普通のプレイヤーなら間違いなく預言に従ってコーガルにやって来る。そして、町の人にホクシン流剣術道場を紹介される流れだ。2周目や天邪鬼なプレイヤーはこの限りではないけどね。
リバーサイドに到着してから、私は気が気ではなかった。何かの事情で勇者が来られなくなったのか、若しくは、勇者自体が誕生していなかったのかと物思いにふけっていた。指導もそこそこに私はある提案をした。
「せっかくなんで、みんなでチラシを配りましょう!!担当地区を割り振るからね」
そう言うと、道場主は大喜びしてくれた。
もちろん、その担当地区に勇者の生家があるのだけどね。
★★★
私と一緒に行動するのはリンとキュラリーさんだった。
いきなり勇者の生家に行っては怪しまれるので、何件かチラシを配り、道場のPRをしていく。みんないい人たちばっかりで、興味を示してくれた。そして、とうとう勇者の生家を発見した。
私は深呼吸して、心を落ち着かせた。
ゲームでは勇者は男ならデフォルトでパーン、女ならパーミラだった。もし勇者が居たら、どう対応しようかと、緊張してきた。そして、意を決して勇者の生家のドアをノックする。
「ハーイ!!どちら様でしょうか?」
「最近オープンした道場のPRでやって来ました。お話だけでも」
出て来たのは勇者の母親だった。ゲームで何度も見たので、間違いはない。
すかさず、母親にチラシを渡し、趣旨を悦明する。
「剣術道場ねえ・・・私みたいな年寄りには関係ない気もするけど・・・ってホクシン流剣術道場なの?」
「はい、そうです。こちらの道場主は大変優秀で、人格者でもあります。お子さんなどを・・・」
私が言い掛けたところで、母親は家の中に向かって大声で言った。
「パーミラ!!ちょっとこっちに来てよ!!貴方が言っていたホクシン流剣術道場の方が来られているわよ!!」
「本当に!!すぐ行くわ!!」
やって来たのは、3歳くらいの小さな子供抱えた若い母親だった。
なぜ?名前もパーミラだし、容姿はゲームに出て来た勇者そのものだ。それがなぜ、子供を抱いているんだ?
思考が追い付かない。
そんな私を気にすることもなく、勇者は言う。
「も、も、もしかして・・・エミリア先生ですか!?それにリン先生もキュラリー先生もいる!!」
なぜ、私たちを知っているんだ?
パニック状態の私に勇者は言う。
「本当にお久しぶりです。エミリア先生とは、話したこともないんですけどね・・・」
何かを思い出したキュラリーさんが言う。
「もしかして、王都の文官試験に合格したパーミラさん!?奇遇ね!!ここは貴方の実家なの?」
「そうなんですよ。その節は本当にお世話になりました。無事に文官になることができましたしね」
私は気持ちを切り替えて、キュラリーさんに尋ねた。
「こちらのパーミラさんは、ソフト模擬戦クラスの生徒さんでしたよ。センスがあって、初級の免状も取得してますしね。3ヶ月もいなかったんですけどね」
「本当にありがとうございました。キュラリー先生には剣術だけじゃなく、勉強も見てもらいましたし、それにモギールさんにはアルバイトも紹介してもらいましたからね。ところでモギール先生は?」
リンが気を利かせて言う。
「別の地区でチラシを配ってますから、呼んできますよ。モギールさんにも会いたいでしょうし」
それから、私と勇者、キュラリーさんは会話を続けた。
とりあえず、近況を聞かないとね。
「ところで、どうしてウチに?」
「これは今まで秘密にしていたんですけど、実は成人を迎えた時に怪しい男の人が来て、『勇者よ!!魔王を倒し、世界を救うのだ!!まずはコーガルに行け。そこで剣術を学べ』って言われたんです。恥ずかしい話ですけど、この町ではそれなりに剣術が得意ってことで有名だったんですよ。だから、それで私も真に受けちゃって・・・」
勇者が語る内容は衝撃のものだった。
自分は世界を救う使命を与えられたと思い、預言に従いコーガルの町にやって来た。そしてゲームと同じようにホクシン流剣術道場の門を叩いたという。
「自分は結構強いって思っていたんですけど、まるでレベルが違いました。私がやってきたことは子供のお遊び以下だったと思いました。模擬戦でエミリア先生が戦う姿を見て、私には無理だと挫折しました。恥ずかしくて、勇者なんて名乗れませんよね。その時思ったんですよ。騙されたってね・・・」
おい!!勇者!!騙されてないぞ!!
お前は真の勇者だ!!
「そんな時にキュラリー先生に声を掛けられたんです。そこで将来のことについて相談したのが、不幸中の幸いでした。ソフト模擬戦をする傍ら、文官試験に挑戦することにしたんですよ。結果は見事合格、そして初級の免状も取得しました。頑張れば何でもやれるって自信が持てました。それからは同じく文官試験を一緒に受けた今の夫と結婚し、子供まで授かりました。今の私があるのも、すべてホクシン流剣術道場のお陰です」
お前が勇者じゃなかったら、素直に喜ぶよ!!でもね、世界の危機はどうするんだよ!!
放心状態の私には、目もくれず、勇者は話を続ける。
「そういえば、この町にも道場が出来たんですね。それもホクシン流剣術道場の・・・そろそろこの子にも剣術でもと思っていたんですが・・・」
「だったらどう?今なら私もエミリア先生もいるわよ」
「それがその・・・実は・・・」
勇者が語った内容は更に衝撃的なものだった。
「実は夫婦ともども、財務管理官としてホクシン流剣術道場へ出向することになりまして、通わせるならそこかなって思ってます。仕事の忙しさにもよるんですが、私も夫もこの子と一緒にソフト模擬戦でもと思ってます。今度は「三段斬り」でも頑張って習得しようかなってね。異動前の休暇で実家に帰って来ていて、本当によかったですよ。皆さんに会えましたしね」
一体、私はどうすればいいのだろうか?
目の前にいるパーミラは間違いなく勇者だ。しかし、勇者であることを諦めている。ここで私が「お前は勇者だ!!早く世界を救えよ!!」と怒鳴ったところで、「だったらお前が行けよ!!」と言われるのがオチだろう。剣術家を差し置いて、彼女が世界平和のために戦う理由が思いつかない。
そんなことを思っていたところ、キュラリーさんが言う。
「勇者っていうのは、何も戦うだけじゃないわよ。文官として国のために働き、母として子供を育てることも、それはそれで勇者よ。誰がなんと言おうと私は、頑張って文官試験に合格し、初級の免状を取った貴方を、勇者と認めるわよ」
「ありがとうございます!!流石はキュラリー先生ですね。やっぱり、この子はホクシン流剣術道場に預けたいと心から思いました」
キュラリーさん・・・貴方の言っていることは正しいよ。彼女が真の勇者でなければね・・・
道場主としては門下生が増えることは喜ばしいことだが、世界はどうなるの?
答えの出ないまま、出張指導は終了した。勇者一家だが、私たちと同行して、コーガルに来ることになった。少し日程を早めたようだ。
勇者は見付かった・・・しかし、私が待ち望んでいた勇者ではなかった。
気が向きましたら、ブックマークと高評価をお願い致します!!