32 出張指導
本当にヤバい状態だ。なぜこうなったのだろうか?
ここって剣術道場だよね?
まず魔法研究所だが、マホットが昼夜を問わずに拷問を繰り返すので、仕方なく完全防音の拷問施設を新設した。多少出費はあったが、まだ許せる範囲だ。もうこれくらいでは驚かない。
収入の方は伸びてきている。特に闘技場の収入が思ったよりもいい。定期的に魔物戦を開催しているし、観客も多く入る。運営は商人のモギールさんにお願いしている。良心的な委託料でかなり助かっている。
「食べ物の屋台や賭けなどで、こちらも儲けさせてもらってますからね。このくらいはサービスですよ」
しかし、今、目の前の模擬戦は誰得なのだろうか?
魔物同士が戦っている。ホネリン、クマキチ、クマコの3匹とキラーゴーレム君1号が戦っている。かなり高度な技の応酬をしている。ホネリンたちは、連携もスムーズになり、ホネリンにあっては魔法剣まで習得している。キラーゴーレム君1号も善戦したが、3対1では分が悪く、敗北してしまった。試合終了後、魔物たちは、お互いの健闘を称え合っていた。それに観客たちは大きな拍手を送っている。
観客も感覚がおかしくなっているようだ。
そして最近、また変な見慣れない建物が敷地にできていた。近寄ってみると「斥候ギルド「影の軍団」」という看板が掲げられていた。気になって中に入ってみる。なぜか、ハーフリングのマインちゃんが出迎えてくれた。
「斥候ギルド「影の軍団」へようこそ!!って、エミリア先生じゃないですか?極秘任務の依頼ですか?」
困惑している私の元にポンがやって来た。
「エミリア、ありがとな!!俺たち斥候にも居場所を用意してくれて、本当に感謝しているんだぞ。それにシャドウ師匠も喜んでくれている」
「ポン!!ちょっと言っている意味が分からないんだけど・・・」
「照れなくていいぜ・・・こっちが恥ずかしいよ・・・」
ポンから話を聞いたところ、ポン、ポコの指導やシャドウによる指導のお陰で、斥候を志す者が増えたという。しかし、斥候になろうとする者の多くは、マインちゃんやコボルトのルト君のような、小型の種族も多く、一般冒険者に馬鹿にされたり、他のパーティーメンバーに比べて安い報酬しか貰えないことも多かったそうだ。なので、その状況を改善するため、斥候ギルドを立ち上げたそうだ。
「団長はシャドウ師匠だ。師匠の強さは半端ないから名前だけ貸してもらっている。その名に恥じないように俺たちは頑張っているんだぞ。師匠が暇なときは訓練を指導してくれるから、団員の実力も上がっている。因みに俺は副団長だ」
「す、凄いわね・・・」
この「影の軍団」の業務は斥候関係の依頼の斡旋と冒険者ギルドの下請けのような仕事をしているようだった。今も受付には依頼者が多く詰めかけている。
「冒険者パーティーの臨時メンバーの募集ですね。こちらの極秘任務ですと・・・」
「浮気調査ですか・・・拘束時間が長いので、この極秘任務は少し割高になっています」
「探索の極秘任務ですね?だったらコボルトの斥候はどうでしょうか?」
制服が全身黒ずくめで、依頼のことを「極秘任務」と呼ぶ以外は、まともな施設だった。ポンとマインちゃんを激励して、私は斥候ギルド「影の軍団」を後にした。
最近気付いたのだが、祖父はかなり儲けているはずだ。斥候ギルドの建設費用は、多分補助金か何かをちょろまかしたのだから、実質出費はゼロだ。しかし、賃貸料は半永久的に入って来る。この施設だけでなく、オグレンの工房や闘技場、弓術場、校舎や食堂など、数えたらキリがない。どれも出費ゼロで建設し、賃貸料を取っている。しかも、感謝されてだ・・・
一体何が目的なのだろうか?
★★★
そんな私の元へ、新たな依頼が舞い込む。その依頼というのが、領主であるバンデッド伯爵直々の依頼で、バンデッド伯爵の寄り子である男爵領に出張指導をしてほしいというのだ。まず、この世界では上級貴族が下級貴族の面倒を見る制度が存在する。明文化はされていないが、慣例のようなものだという。当然、ゲームではそんな話は、全く出てこなかったけどね。
「まずバンデッド伯爵領の現状についてだが、大幅に治安が回復した。盗賊や魔物による被害が減ったから、財政状況もいい。ニシレッド王国も我が領を参考にしてた治安維持策を推進するようだが、国全体でやると時間が掛かる。そこで、寄り子たちから、早急に自領にも指導者を派遣してほしいとの要望があった。そこで、エミリア嬢に頼みたいのだが・・・」
勇者がいつ来るか分からない状況で、なるべく道場から離れたくはないが、断れないだろう。となると、問題は経費と報酬だな。きちんと貰うべき物は貰わないとね。今度こそ、祖父に横取りされないようにしなければ・・・
「分かりました。お受けします。報酬や経費についてですが、冒険者ギルドに依頼してもらえませんか?一緒に連れて行くメンバーは、冒険者登録している者が多いので、会計処理的に都合がいいので」
「別に構わないよ。人選だけしっかりしてくれたらね。文官を一人残すから、経費や行程について詳細を詰めて話をしてくれ」
バンデッド伯爵が帰った後に文官と話をしたが、破格の報酬だった。道場1箇所につき白金貨1枚の指導料が出て、1日ごとに一人金貨1枚の日当も出るようだった。現在、指導予定の道場は5箇所、期間も1ヶ月弱を見ているようだった。単純に計算して白金貨5枚、金貨30枚(日本円で約530万円)が貰える。しかし、ここまで待遇が良くていいのか?
疑問に思い、文官に質問する。
「国からも補助金が出ていますしね。それにバンデッド伯爵は、寄り子思いな所もありますからね。経費の心配をしてくれるのは有難いですが、指導に同行する者も10人までなら十分に報酬が支払えます。遠慮なく連れて行ってください」
「ありがとうございます。くれぐれもホクシン流剣術道場に直接資金をもって行くのではなく、冒険者ギルドを通してください。それと手数料はそちら持ちでお願いしますね」
「それくらいなら問題ありません」
ということで、私は同行するメンバーを選定することにした。まずは、ポン、ポコ、リンだ。この三人がいれば、剣術指導だけでなく、冒険者や斥候として、魔物に対する対処要領も指導できるからね。それと斥候ギルドのオープン記念としてハーフリングのマインちゃんとコボルトのルト君も連れて行こう。ポンたちがいれば必要ないけど、経験を積ませる意味と単純に斥候ギルドの収入になると思ったからだ。
そして、このメンバーに加えて、ルミナとドノバンも連れて行くことにした。まあ、こちらは友情というか、ちょっとしたお節介だ。二人の距離が縮まればと思ってね。それと、ドワーフの鍛冶職人のオグレンも連れて行くことにした。ソフト剣の作り方を現地の武器職人に教えてもらわないとね。
そして・・・
「ライライライ!!」
駄目元でライライも指導者枠で申請したら、あっさり通った。
そして、私たちは9人と一匹で出張指導に向かうことになったのだった。
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