28 道場の今 2
本当におかしなことになっている。道場の規模は、もう一つの学園都市並みだ。スタッフだけで1000人は余裕で超えている。もはや、誰が門下生で、誰が一般参加者なのか分からない。それは彼らも一緒で、私のことを道場主だと知らない者も増えてきた。多分、血塗れになって、魔物を連れて来るヤバい人だと思われているのだろう。
こんなに頑張っているなのに、一向に暮らしが楽にならない。
前世で悪い事でもしたのだろうか?
いや・・・普通にOLをしていただけ、なんだけどなあ・・・
道場存続のために現在、力を入れている事業は二つ、一つは問題児の貴族の子弟への教育だ。
私に国を良くしようとか、社会貢献をしようとかいう崇高な信念はない。単純に多くの寄付金を受け取れるからだ。高位の貴族になればなるほど、困り果てている親は多い。貴族としてのプライドもあるし、王都の貴族学校で落ちこぼれたら、廃嫡も考えなくてはならない。そんな問題児が多くやって来るのだが、ほぼ更生している。
まず、コーガルの町からしておかしい。
一般人が異様に強いので、調子に乗った貴族の子弟たちが、その辺の一般人に貴族風を吹かして喧嘩でも吹っかけようものなら、目も当てられない。1時間後にはフルボッコにされて、道場の前に転がされている。
そして、一度ホクシン流剣術道場の門をくぐると、もっとつらい現実を知ることになる。猛者クラスの奴らに舐めた口を聞くと、貴族がどうのとか全く関係なく、血祭りにあげられる。ここでは、生まれや育ちなど関係ない。力こそすべてだと思い知らされる。最終的には、真面目に訓練するしか、生き延びる道はないと悟って、訓練に励むようになる。
真面目に訓練をすれば、それなりの騎士や冒険者になれるからね。
先程、ほぼ更生していると言ったが、若干数、更生しない者もいる。その者たちは、決死の覚悟で、脱走するのだ。そして、親に泣きついて、「もう悪い事はしません。真面目にやるので、貴族学校に通わせてください」と言うそうだ。確認が取れていない以上、更生したとは言い切れない。脱走してから、ここに連れ戻されてないことを考えると更生している可能性は高いけどね。
最近では、その問題児の数も減ってきている。噂で聞いたのだが、貴族学校の教師は問題児に対して、一度はこう言うそうだ。
「ここが嫌なら、コーガルのホクシン流剣術道場にでも行きなさい!!この世の地獄を味わえますからね」
天国ではないことは、確かだけどね・・・
そしてもう一つの力を入れている事業だが、闘技場での対魔物戦闘だ。
ギルマスのスタントンさんや国からの要望があり、デモンズラインに生息している魔物も用意してほしいと言われた。どれだけ、デモンズラインが恐ろしいかを周知させるためだという。仕方なく受けることになった。もちろん、破格の報酬を出してくれたけどね。
今日もいつものように、デモンズラインに魔物を捕獲しに来る。一緒について来ている魔物搬送要員の冒険者は怯えきっているけどね。そんなことを気にせず、ワイルドベアの二匹と対峙する。最近はライライを使った作戦が高確率で成功するので、前よりも格段に捕獲は楽になった。
ワイルドベアの二匹を、いつもどおり挑発をして、向かって来たところを「返し突き」で、血塗れにする。かなり弱ったところで、ライライが二匹の前に立ち、まるで二匹のワイルドベアを私から庇うように鳴く。
「ライライライ・・・」
二匹は、安堵の表情を浮かべながら、ライライにすり寄る。
落ちた!!
こうなったらこっちのものだ。私とこの愛くるしいタヌキ型の黄色い魔物は結託しているのだ。散々痛めつけた後に、ライライが救いの手を差し伸べる。すると高確率でこちらの言うことを聞くことになる。自作自演、マッチポンプだ。もしかしたら、私に魔物使いの才能があるのかもしれないけどね。
それは置いておいて、今日もワイルドベアが二匹手に入った。私がポーションで、ワイルドベア二匹の傷を治療してやると、二匹は私にも懐いた。そして私たちについて来ることになる。ただ、これだけは言える。
「君たち二匹は、これから、ここで死んだほうがよかったと思えるような地獄を体験することだろう」
ライライは魔物を助ける気なんてなく、ただ、ご褒美の食べ物がほしいだけだからね。多分・・・
★★★
ここで捕獲された魔物がどうなるか、少し話をしよう。
一言で言えば、この国に動物愛護法ならぬ、魔物愛護法でもあれば、間違いなく私たちは刑務所に収監されるレベルだ。
まず、闘技場に併設してある魔物用の檻に入れられる。そこで魔法研究所のマッドサイエンティストたちに治療を施され、種類やその能力を詳しくチェックされる。それが終わると餌が与えられる。これが最後の餌になる魔物も多くいるのが悲しい現実だ。
そして、次の日から門下生や冒険者、一般利用者の戦闘の相手をさせられる。ここで命を落とす魔物も多いのだが、簡単には死なせてくれない。マッドサイエンティストどもが開発した怪しいポーションで、何度も蘇生させられる。蘇生に失敗したときが、この世を去るときだ。
マッドサイエンティストたちが作るポーションの類は高性能だ。その辺に売っているポーションなんて比べ物にならない。しかし、向上心の強い彼らはそれに満足せず、改良に改良を加える。なので、新薬を投与された魔物は酷いことになる場合が多い。
今、一番可哀そうなのがワイルドコングのホネリンだ。どういうわけか、スケルトン化してしまった。マッドサイエンティストに聞いても、理由は分からず、今のところ再現もできないそうだ。それを聞いて安心した。スケルトンを大量に作られても困るからね。
このホネリンだが、闘技場の管理者としては有難い。餌代も掛からないし、冒険者にバラバラにされても、骨を集めて、その辺にまとめておけば、いつの間にか復活する。コストが掛からないって本当にありがたい。経営に行き詰まったら、スケルトン研究に投資するかもしれない。
そんな中、私とライライが連れて来たワイルドベアの二匹は、半年以上生き残っている。
これは、マッドサイエンティストたちが開発した強化薬を大量に飲ませたからだと考えられる。戦闘力だけでなく、知能も高くなったようで、喋れこそしないが、ある程度の意思疎通もできるようになった。なので、対戦相手が死にかけると、攻撃を止めてくれる。まるで訓練指導者のようになってしまった。
半年も一緒にいると、情が移る。二匹は元々夫婦だったようで、クマキチ、クマコと名付けた。
そんなクマキチとクマコだが、最近は非常におかしなことになっている。あるとき、私が猛者クラスの訓練所に顔を出したところ、衝撃の光景を目にすることになった。
クマキチとクマコが訓練に参加していたのだ。それに結構、馴染んでいる。訓練参加者に尋ねるとこう答えた。
「クマキチたちは、よく来ますよ。ここでは中堅クラスの強さですけど、もっと上を目指そうとしてると思います。ゴーケンさんやオデットさん、ティーグさんがいるときに決まってやって来ますからね。喋れませんけど、結構いい奴ですよ」
猛者クラスの奴は、相当な実力があるし、ゴーケンやオデットなどの規格外の存在と訓練をし過ぎた所為で、強化型のワイルドベアを見たところで、何とも思わなかったのだろう。
「それと、今日は来てないですが、ホネリンも偶に来ますよ。アイツはそんなに強くないんですけど、頑張ってますね。バラバラにされても頑張って向かって行ってますよ。こっちも応援したくなりますよ」
スケルトンを応援する馬鹿がどこにいるんだ!!
金を稼ごうとすれば、道場は更にヤバい事態に陥る。しかし、これを止めれば、道場は破綻する。
もう、どうしていいか分からない・・・
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