25 バンデッド領の政策
とうとう道場を引き継いで4年目に入った。
ゲームでエミリアは勇者に「祖父から道場を引き継いで、早3年。この技を勇者の貴方に託します」と言うのだが、既に3年が経過している。もう来てもいいと思うんだけどな・・・
だが勇者は来ない。なぜだ!!
知名度は自慢じゃないが国一番だと自負している。私が武闘大会で優勝したこともそうだが、元剣術指南役の祖父の知名度も高い。それに最近ではゴーケンやオデット、ティーグなどを訪ねてやって来る猛者も多い。
剣術といえばホクシン流剣術道場!!
これは揺るぎない事実だ。
でも勇者は来ないんだよね・・・
そんなことを思いながら、日々の仕事に取り組む。道場は何とか黒字を維持しているのが救いと言えば救いだ。そんな私の元に代官屋敷から招集令状が届いた。祖父とルミナ、ドノバンも招集令状が届いたので、一緒に代官屋敷に向かった。
代官屋敷には代官はもとより、領主のバンデッド伯爵、冒険者ギルドのギルマスのスタントンさん、更にオーソドさんやプラクさんのようなコーガル周辺の名立たる道場主が勢揃いしていた。
戦争でもするのか?
一瞬そう思ったが、そうではなかった。
バンデッド伯爵が説明を始めた。
「皆に頼みたいことがあるんだ。このコーガルの町は、ここにいる皆の力によって非常に治安が良くなった。それに目を付けた国のほうから依頼がきた。詳しく説明すると・・・」
バンデッド伯爵が言うには、コーガルの犯罪発生率は激減しているそうだ。多少、発生しているが、ウチの猛者どもが酔って暴れるくらいだと言う。もちろん、バンデッド伯爵が皆の前で、ホクシン流剣術道場をこき下ろすつもりはないようだったが・・・
理由は色々と考えられるが、一般市民が強くなり過ぎたからではないかという話だった。普通の商店でも、ウチのモギールさんのような猛者が普通にいるので、強盗なんか、まず成功しない。また、夜道で女性を襲おうものなら、ウチのキュラリーさんクラスの女性はゴロゴロいるので、それも成功しない。つまり、犯罪者からすると命懸けで犯罪を犯さなくてはならない状況らしい。
「嬉しいことにコーガルは、ニシレッド王国のモデル都市として認定を受けた。領主として非常に喜ばしい。それで国からの依頼というのは、そういった町を増やしてほしいということだ」
オーソドさんが質問をする。
「領主様、ところで具体的には?」
「いい質問だね。具体的には多くの領民にホクシン流剣術道場でいうところの、初級の免状を取得させることだ。条件は基本の3つの型をマスターし、「二段突き」と「二段斬り」のスキルを習得することだよね。微妙な違いはあるだろうけど、どこも似たり寄ったりだと思う。
そこで君たちの出番というわけだ。なるべく多くの領民にこのスキルを習得させる。私もこう見えて、領都の剣術道場で初級は取得しているからね。初級程度の実力があれば、その辺の魔物も撃退できるし、盗賊もそうそう手出しはできない。初級を取っただけで、天狗になる奴もいるかもしれないが、そこはほら・・・ホクシン流剣術道場に通ってもらうとか・・・」
なんだそれは?ウチはお仕置き部屋じゃないぞ!!
だが、バンデッド伯爵が言っていることは理に適っている。実際、デモンズラインを越えなければ、この辺の魔物であれば、ほぼ撃退できる。できなくても、安全に撤退するくらいはできるだろう。ゲームだと、バンデッド伯爵領はレベル帯が高いところでも7~8、「二段突き」と「二段斬り」をマスターするとなるとレベル10程度は必要になる。なので、魔物やちょっとした盗賊を撃退することは容易いのだ。
「エミリア嬢、何か意見はあるかい?」
ここで私かよ・・・
「目的が領民を魔物被害や盗賊の被害から守ることであれば、初級のスキルに加えて、冒険者ギルドの初心者講習でやっている緊急時の信号弾の発射方法、騎士団や領兵に迅速に知らせる体制も構築して、それを周知させる必要があるかと思います」
「いい意見だ。騎士団や領兵への連絡体制についてはドノバン君と協議しよう。隊長さんだしね」
「はい、お義父様」
「それは調子に乗り過ぎだと思うが・・・」
一同笑いが起きる。
ギルマスのスタントンさんが言う。
「信号弾の撃ち方なんかは簡単だから、メンテナンス方法から撃ち方まで、今ここで、教えてやってもいいぜ。それとよく出没する魔物の基本的な対処法なんかも教えてやるよ。まあ、ここにいる奴らはそんなの必要ないだろうが、素人に取ったら死活問題だしな」
「分かった、検討する。他に意見がある者はいるかな?」
オーソドさんが手を上げて発言する。
「この際、型を統一してはどうでしょうか?流派によって結構違うところがあって、最近引っ越してきた子なんかは戸惑ってますね。各流派とも思うところはあるでしょうが。例えば二の型で相手が上段から斬り掛かって来た場合、こちらでは・・・」
言い掛けたところでプラクさんが遮る。
「おい!!ストップだ!!この馬鹿は、型の話になると止まらなくなるからな」
「誰が馬鹿だ!!」
「そんなに怒るな!!ついでに意見を言うと、面白くもない型や基本訓練を延々とさせるのは、あまりお勧めできない。親の仇を取るとか分かりやすい目標があればいいが、それがないのなら、ソフト模擬戦で楽しみながら教えてやればいいと思うぜ。この地域の道場はみんなそうしていると思うけどな」
バンデッド伯爵が話をまとめる。
「貴重な意見、感謝するよ。それでまとめると、初級のスキルに加えて、型の統一、信号弾の発射要領、基本的な魔物の対処要領、騎士団や領兵との関係強化、それから訓練方法として、ソフト模擬戦を取り入れるか・・・問題はこれを誰がやるかだな・・・」
ここで会場は静まり返る。それはそうだ、誰もやりたがらないのも分かる。かなり面倒くさいからね。私も絶対に嫌だからね。
そんなとき、ここまで沈黙を貫いてきた祖父が言う。
「ウチのエミリアにやらせよう。エミリアも騎士爵に任じられた。貴族としての責務を果たさねばならんからな。皆、不出来な孫をよろしく頼む!!」
祖父は皆に頭を下げた。
これには多くの者が賛同し、称賛の声を述べる。
「もちろんです、ムサール先生。このオーソド、しっかりと協力させてもらいます」
「俺もだ。プラク道場は全面的に支援するぜ」
「冒険者ギルドも、できるだけ協力する」
「騎士団としても協力しますよ」
ちょっと待て!!私に厄介事を押し付ける気だな!!
それにクソジジイは、孫想いの祖父を演じてしまっている。オーソドさんなんかは、すっかり騙されているし・・・
だが、もう断れない。
「謹んでお受けします。ご期待に添えるように努力します」
また、仕事が増えた。
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