22 勇者は来ないけども・・・
クソジジイ!!今度という今度は!!
私は発狂していた。
これは私でなくても発狂するだろう。なんと実の祖父に優勝賞金を持ち逃げされたのだ。そりゃあ、国王陛下も「ムサールよ。エミリアに本当のことは言わんでいいのか?」って意味深なことを言うだろうよ。絶対に言えないよね?
地味に陰で動いている感を出しやがって!!結局は持ち逃げじゃないか!!
だが、そう言えないところが辛い。なぜなら、私の優勝賞金を使って勝手に孤児院やその複合施設を作ってしまったからだ。更に祖父が汚いところは、この子供たちを使ってきたところだ。
「エミリア先生、本当にありがとう!!」
「エミリア先生のお陰でみんなバラバラにならないですんだよ」
「大きくなったら、恩返しするね」
こうなったら、何も言えないじゃないの!!
そして、バコモンから奪い取ったソフト模擬戦大会の運営費だが、結論から言うと私のところには返ってこなかった。運営費は運営費として、ソフト模擬戦協会を設立し、そこにプールすることになった。会計担当は持ち回りで、今回はオーソド剣術道場のオーソドさんがすることになり、プラクさんも監査に加わる。流石にこの二人なら、変なことはしないだろう。
なので、私の暮らしは一向に楽にならないのであった。
★★★
そんなことよりも、まだ勇者は来ない。別のヤバい奴らはいっぱい来たけどね。まずやって来たのは、ゴーケンだった。本人は武者修行だと言っていた。
「エミリア殿、しばらく世話になる。ムサール殿もお元気そうだしな。金の心配はしなくていい。我はそれなりに蓄えはあるからな」
まあ、前金で金貨10枚払ってくれたしね。
そして、やって来たのは元魔法剣士団長のティーグ、元宮廷魔導士団のシェリル、元騎士団のオデットだった。まず、ティーグとシェリルだが、ゴドリック伯爵の悪事に加担したことは間違いないが、その理由は同情の余地があるし、国王暗殺未遂事件も計画段階で着手には至っていない。そのような事情から情状酌量が認められ、役職を剥奪されるだけで済んだようだった。隣国のレコキスト王国との関係もあるし、政治的な理由もあるのだろう。一言で言うと左遷だ。
一方、オデットだが、こちらは希望して、ここに来たようだ。武人として大切な何かがここにあるとか言っていた。本人がそう思っているようだが、ここにはそんなものはないと思う。だって、子供や女性をターゲットにソフト模擬戦を指導しているだけだし、猛者どもは勝手に来て、勝手に模擬戦をしている。一応、基本的な礼儀は教えているけどね。
そして、悩める青年ドノバンも帰って来た。しかも出世して、彼らの隊長になってしまったらしい。所属部隊名は、ニシレッド王国騎士団コーガル方面隊だ。
「俺がこの人たちの隊長だなんて・・・こ、殺される・・・」
無理もない。サラリーマンやOLでもよくある。年上で実力もある部下を持ってしまった感じだ。
事情を聞くと納得した。ドノバンが所属していた魔法剣士団は育成がメインの部署のようで、魔法剣士団単体で任務を行うことは稀らしく、ある程度育つと単独の任務が割り振られたり、他の部隊に配属されることが多い。他国の武官であるティーグが団長をしていたのも、訓練指導者としての意味合いが強いからだった。
早速ドノバンは苦労しているようだ。訓練でフルボッコにされ、オデットに詰められている。
「隊長殿!!そんなことでは部下に示しがつかんぞ。気合いを入れてくれ!!」
あまりに可愛そうなので、基礎訓練の体力強化メニューは私とルミナ、リンも参加している。地獄のようなメニューだが、私もリンも大会に出場し、体力や筋力を鍛えないと通用しないと痛感したからね。ルミナは、まあドノバンと一緒にいたいからだけどね。
私が優勝したことで、多くの門下生がやって来た。こうなると、門下生なのか、趣味で来ている者なのか分からない。大半は趣味のソフト模擬戦クラスだけどね。ソフト模擬戦クラスは商人のモギールさんと文官のキュラリーさんに任せっきりだ。悪いので、給料を払おうと思ったが断わられた。
「僕たちは趣味でやってますからね。子供の大会がある時に出店用に、いい場所だけ融通してくれたら助かりますけどね。本業は商会ですし」
「私もです。国から十分なお給料はいただいてますし、副業するとなると手続きが面倒でしてね」
オデットやゴーケンのように強さや武芸の真髄を求めている者もいる一方で、モギールさんやキュラリーさんのように完全に趣味と割り切っている人もいるからね。この多様性というか、カオスなところが、ホクシン流剣術道場の最大の特徴なんだけどね。
★★★
猛者がいっぱいやって来たことで、猛者クラスは本当にヤバいことになっている。まずトレーニングからして、おかしい。ドノバンの部隊の体力強化メニューは地獄のように辛いけど、まだ人間レベルだ。猛者クラスのトレーニングは常軌を逸している。だって最強クラスのモブキャラが一緒にトレーニングしているからね。
木こりのホルツさん、フェラーさん夫妻とゴーケンは、巨大な丸太を振り回して素振りしている。
「なるほど!!これが木こり式のトレーニングであるな!?参考になる」
「トレーニングというか、仕事で必要ですからね。これくらいなら、2~3本いっぺんに運ばないと仕事になりませんよ」
「そうですよ。木を運んでいるときに魔物が出てきたら、こうして撃退するんですよね。最近、魔物が増えて物騒で・・・」
否!!お前らが一番物騒なんだよ!!
こういった猛者は自己認識能力が著しく欠如している。最近分かったのだが、いちいちツッコミを入れていたら、キリがない。これはもう、慣れるしかないのだろう。
そして、トレーニングだけでなく、模擬戦も異次元だ。今もダンジョンの奥深くで道具屋を営むレドンタさんとゴーケンが意味不明な模擬戦を繰り広げている。レドンタさんは少し小太りの中年男性だ。RPGで商人といえば、誰もが思い浮かべるような体型だ。しかし、かなり素早い。ゴーケンの動きにもしっかり対応している。
あれ?今、レドンタさんって一瞬消えたよね?
私が不思議に思っていると模擬戦を見学していたモギールさんが解説してくれる。
「空間魔法ですね。でもレドンタさん程、使いこなせる人は稀ですけどね。商人の鏡です」
「もしかして、モギールさんも使えるんですか?」
「使えることは使えますが、大したことはできません。異空間収納魔法くらいですかね。それも馬車1台分が限度ですよ」
「それも凄いと思いますけど・・・」
「私なんて、一般商会員レベルですよ。商会長クラスになるともっと凄いですよ。私なんて、異空間から岩やナイフを飛ばすのが精一杯ですからね」
モギールさん・・・アンタもそっち側の人間だったのか・・・
異空間からナイフを飛ばすだって!!ヤバすぎるだろ!!
しかし、モギールさんの発言が霞むほどに模擬戦は凄かった。レドンタさんは短距離ワープを繰り返し、ゴーケンに挑んでいる。一進一退の攻防が繰り広げられる中、突然ゴーケンが何もない空間を斬り裂いた。
「覇者の一撃!!」
しばらくして、何もない空間から血塗れのレドンタさんが突然、現れた。
「時空を斬り裂きましたか・・・流石です。私の負けです」
「いい勝負だった。また頼みたい。それよりも怪我は?」
「大丈夫ですよ。ハイポーションを飲めば一発ですからね」
本当にハイポーションで完治してしまった。というか、もはやそれは、ハイポーションじゃないだろ!?
その前に時空を斬り裂くってなんだ?よく勝てたな・・・私。
後でモギールさんに聞いたところ、レドンタさんは大手商会の特別顧問で、不労所得だけで裕福な暮らしが送れているそうだ。でも、お客さんの笑顔が見たいという理由で、ダンジョンの深部で道具屋を営業しているようだった。もっと他にやりようがあるだろうと思わなくもない。
「いつになっても、偉くなってもお客さんとの触れ合いを大事にする。本当に商人の鏡です。聞いた話だと近々ダンジョンの深部で、宿屋の営業も始めるみたいですよ。レドンタさんの移動能力と異空間収納魔法の大容量があればこそです。私もいつかは、ああなりたいと思ってます」
頼むからなるな!!
レドンタさんの模擬戦を見たり、モギールさんと話してみて、この「雷獣物語」の世界で商人が、平然と辺境や荒野で営業可能な理由が分かった気がした。こんなの誰も勝てないよ。多分、魔王でも・・・
しかし、よくまあ、こんなイカれた奴らが揃ったものだ。
コイツらを抱えている剣術道場の道場主って、一体・・・
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