14 プロローグ
とうとう道場を引き継いで3年目に入った。
ゲームでエミリアは勇者に「祖父から道場を引き継いで、早3年。この技を勇者の貴方に託します」と言うのだが、「早3年」が3年目なのか、それとも3年経過した4年目なのか分からない。なので、いつ勇者が来てもいいように準備を進める。
まずやったのは、門下生に私のスキル、「受け流し」「薙ぎ払い」「返し突き」を指導することだった。ゲームでは一瞬で習得できたけど、この世界ではどうなるか分からないから、勇者の指導の練習で、試しに指導してみた。
しかし、これは上手く行かなかった。
スキルにはある程度、修練をすれば身に付くスキルと、ユニークスキルと呼ばれるその人個人にしか習得できないスキルがあるようで、私のスキルは後者だった。根気強く指導しても駄目だったからね。
「だからね。ヒューッと来たところをね、サッと躱して、シュッと突くのよ。こんな感じで・・・」
「エミリア先生・・・難しいよ」
「ヒューッも、サッも分からないよ・・・」
どうやら私に指導者としての能力はなかったようだ。
まあ、勇者だから何とかなると信じ、スキルを指導することは諦めてしまった。
一方、道場の方はかなり規模が大きくなった。
まず、ブラブカ道場の門下生が多く移籍してきた。それにソフト模擬戦の愛好者も増え、道場を新設することになった。現在、子供用の道場、大人用道場、猛者用の闘技場と三つの道場を所有するまでになった。また、ドノバンの影響で多くの問題を抱えた貴族の子弟が、更に入門してくるようになった。この親にしてこの子ありとは、よく言ったもので、その父兄はモンスターペアレントが多数いるのだ。一例を挙げると「高い金を払っているんだから、勉強も教えろ」と無茶な要求もされた。
相手は高位貴族なので、「ここは剣術道場だ!!学校じゃない!!」と言い返すこともできず、この要望は呑むことになった。
当然ルミナやメイラ、お祖母様だけでは、勉強を教えることはできなくなり、結局、教職員を雇うことになってしまった。
そして、近々校舎も完成する。
そんな状況なので、無借金経営は無理になった。
商業ギルドから多額の融資を受け、更に祖父の土地に新しい道場や校舎を建設したので、賃貸料は跳ね上がった。このまま上手く利益が上がっても5年は借金を返せない。なので、最低でも後5年は道場主をしなければならないのだ。まあ、もはやホクシン流剣術道場は学校と言っていいくらいにはなっているけどね。
「働けど働らけどなお、わがくらし楽にならざり」の状態から、未だに抜け出せていないのが、今の私なのだ。
★★★
そんな私にも目標があった。
それはホクシン流剣術初級の免状を取得することだ。道場主が初級の免状を持っていないなんて、笑い話にもならないからね。取得条件は基本の3つの型をマスターし、「二段突き」と「二段斬り」のスキルを習得することだ。
型と「二段突き」は何とかなったが、何をどうしても「二段斬り」は習得できなかった。そして今日、とうとう、血の滲むような修練の結果、何とか習得することができたのだ。
3歳から剣を握り、苦節15年・・・長かった・・・
普通は、子供でも1~2年で習得できるのだけどね。
試しに猛者クラスで使ってみた。猛者クラスだけあって初太刀は剣で受けられたが、隙ができた右小手に、二の太刀を叩き込む。
観戦していた多くの猛者たちから称賛される。
「流石はエミリア先生だ!!」
「わざと初太刀を遅く打って受けさせ、できた隙に打ち込むか・・・参考になるなあ」
「基本技を応用して、俺たちに指導してくれたんだな」
「先生は、基本の重要性を教えてくれていたんですね」
本当は全力で打ったんだけどなあ・・・
このとき私は心に誓った。
絶対に実戦では、「受け流し」「薙ぎ払い」「返し突き」以外は使わないと。
★★★
そんな私は非常に忙しい毎日を送っている。
夜明けとともに起床し、書類仕事を片付け、今日の予定を確認する。そして貴族の馬鹿息子たちを叩き起こし、朝練をさせるのだ。色々と話した結果、スパルタ式教育を取り入れることにした。ランニングと体力づくりがメインで、サボっている門下生を厳しく指導する。
それから朝食を取り、ライライとともに冒険者ギルドで相場を確認する。最近貴重な収入源だったゼリースライムと海綿草の価格が暴落したのだ。というのもドワーフの親方が、ソフト剣をそれらに代わる安価なフワフワ草とベビースライムで作る製法を確立したからだ。これに気付かず、しばらくゼリースライムと海綿草を必死で集めていた私は大損してしまった。
その教訓を生かして、毎日相場をチェックするようになった。
ここでいい素材があり、午後の予定がなければデモンズラインまで行って採取を行う。また、指名依頼が入っていたらそれを受けるのだけどね。そんなとき、ギルマスから呼び出しを受ける。正直、私はこの人が苦手だ。
とにかく顔が怖い。いい人なんだろうけど、スキンヘッドの筋骨隆々のおじさんで、名前はスタントンさん。二つ名は「ストロングハンマー」らしく、元Aランク冒険者のハンマー使いらしい。注意点として、絶対に「クレイジーハンマー」とは言ってはいけないそうだ。言ってしまうと狂ったように大暴れするようだ。
「今日呼んだのは、中級冒険者への指導依頼の件だ。正式にそっちに委託することで決済が下りた。ギルドとしてもデモンズラインで活動できる冒険者を増やすのに賛成だからな」
「かなり危険ですからね。最初は慣れた人が引率しないと命がいくつあっても足りませんからね」
これはギルドから依頼があったのだ。デモンズラインでの素材をほぼ独占できる今の状況を手放すのは惜しいけど、毎年何人もの冒険者が不用意にデモンズラインに立ち入って命を落とす状況は看過できないしね。それにその冒険者が、私の教え子たちかもしれないと思うと多少の収入減は仕方ない。冒険者への指導料も採算度外視で安くする予定だしね。
そんなときにギルドの受付嬢が慌てて、ギルマスルームに入って来た。
「大変です。Cランクの「銀の翼」がデモンズラインで遭難中です!!緊急クエストを発令します」
「また馬鹿が出やがった!!仕方ない・・・エミリア嬢、頼めるか?」
「はい、もちろんです。人員を集めてください」
デモンズラインでの救援クエストは、ほぼ私の独占状態となっている。だって、ライライが匂いで要救助者を見付けてくれるからね。
すぐに臨時でパーティーを組む。メンバーは私、ギルマス、運よくギルドに顔を出していたポンとポコとマインちゃんだ。マインちゃんも今年からCランク冒険者になっているからね。
急いで現場に向かうと、重症を負っていた者もいたが全員が無事だった。しかし、驚きの事実が判明してしまう。遭難したのは「銀の翼」ではなかった。遭難したのは、ホクシン流剣術道場の門下生である馬鹿貴族の子弟たちだった。「銀の翼」が素材採取中に悲鳴が聞こえ、救援に向かったところ、門下生を発見した。そして怪我の状況や魔物の強さなどから、自分たちだけでの帰還は無理だと判断し、救援要請の信号弾を打ち上げたのだ。
きちんと講習を受けて、真面目な「銀の翼」が遭難するなんておかしいと思っていたんだけどね。
ギルマスが言う。
「頼むぜエミリア嬢、まずは自分ところの門下生をきちんと指導してくれないとな。それにしても「銀の翼」はよくやったぞ。近々Bランクの昇格審査があるから、加点しておいてやるよ」
「本当に申し訳ありません。緊急クエストの報酬は私どもから支払いますので・・・」
「安くしておくよ。「銀の翼」がここまで活躍できたのは、アンタらのお陰だからな」
その後、こっぴどく馬鹿貴族の子弟たちを叱り付け、彼らの親に緊急クエストの報酬を支払うように手紙を送ったのだが、「きちんと面倒を見ろ!!こっちは金は払っているんだ」という心無い手紙が返ってきた。
やるせない・・・
これが私の日常なのだ。
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小ネタを詰め込みました。