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君と駆けた日、君と歩く日

作者: 壊れた靴

 僕には、逆らうことのできない相手がいる。彼女とは生まれた時からと言って良い程の、長い長い付き合いだ。

 僕がまだ物心もつかない頃、遥かに早熟だった彼女に主導権を握られてから、僕が高校生になった今に至るまで、その関係は変わっていない。

 いつも通り、夕暮れの道を並んで歩く。数えきれないほど一緒に走ったり、歩いたりした道に、僕たちの影が長く伸びて、足音だけが響いている。

 こんな風にゆっくりと歩くことが出来るようになったのは、最近のことだ。

 少し前までは、いつも活発な彼女に振り回されてばかりだった。僕は彼女が飽きるまで付き合わされ、いつも疲れ果てていた。それでも、楽しそうにはしゃぐ彼女といるのは、僕にとっても楽しい時間だったことははっきりと憶えている。

 僕が危険なことをしようとすると、すぐに彼女が止めに入ってくるようなことも何度もあった。それでいて、自分は平気で危険なことをしようとするから、僕が止めたことも同じくらいあるけれど。

 今のゆっくりと落ち着いた空気も好きだけれど、あの頃の、何も気にせずに無邪気に駆け回っていた頃が懐かしい。

 知っている人に対しては強気なくせに、ひどく人見知りな彼女は、僕が新しい友達を紹介しようとしただけで、どこかに行ってしまうことも度々だった。何度か会ってしまえば、誰とでも仲良くなって、持ち前の明るさを発揮するのだけれど。

 僕がふさぎ込んで、誰とも話そうともしなかった時に、ずっと寄り添っていてくれたこともあった。今となっては、彼女がそうしてくれていた優しくて暖かい思い出だけが残っていて、どんな理由でふさぎ込んでいたのかも憶えていない。

 最近は、彼女とのことを思い出してばかりだ。理由は何となく分かっているけれど。

 

 いつもの夕暮れ、いつもの道で、彼女が僕を見上げた。

「君もずいぶん大きくなったね」

「僕ももう高校生なんだ。いつまでもお姉さんぶらないでよ」

「そうは言っても、私にとってはいつまでも小さな弟なんだから」

「今では僕の方がずっと大きいんだけど」

「それはそうなんだけど、どうしてもね」

「おかげさまで、人並み以上に体力もついたし」

「どういたしまして」

「昔みたいな危ない真似もしないし」

「それは、私もだね」

「僕の方が社交性もあるし」

「そうかもね」

「もうふさぎ込むようなこともないと思うし」

「なら、私が居なくなっても平気だよね」

「それは、駄目だよ」

「やっぱり、まだまだ小さな弟だね」

「それでいいよ。それでいいから、ずっと一緒にいてよ」

「それは出来ないことだって、本当は分かってるでしょ?」

「分かってるよ。分かってるけど」

「仕方ないことなんだから」

「けど」

「君が不安だと、私も不安になるんだから、ね」

 彼女の目はまっすぐ、僕を見ている。


「おはよう。結果、届いたよ」

 どこか緊張したような母さんの声に起こされた。

 何かひどく寂しい夢を見ていた気がする。湿った瞼を指で拭う。

「リビングで待ってるから。早く来てね」

 言いながら、母さんは部屋を出ていった。

 リビングに入ると、父さんも母さんも緊張したような顔でテーブルに着き、その上に置かれた封筒を見ている。

 僕は何を言う余裕もなく、封筒の口を切り、中の紙を取り出した。

 紙には様々な数値が書かれていたが、どれも異常な値ではないらしい。総括としては、年齢を考えると良好、ということだった。

 思わず安堵の溜息をつく。紙をテーブルの中央に置くと、父さんと母さんの表情も緩んだ。

 僕たちの緊張を読み取ったのか、いつの間にか僕の足元に来ていた彼女の頭をなでる。

 僕はいつも通りの優しい暖かさに安心し、彼女はいつも通り、嬉しそうにしっぽを振る。

 彼女の目はまっすぐ、僕を見ていた。

 せめて、彼女の前では、不安を見せないようにしないといけない。何故か、そう強く思えた。

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