さらば、宣教者
回覧板を出しに行ったあと、ついでに買い物でもしてこようと思って家を出た。
…ずいぶん気温が下がった。
そういえば、ベタついた肌に苛つくことがなくなったなと気がついて、秋の到来と冬の忍び寄りを感じる。
佐藤さんちの家庭菜園も、ずいぶん枯れた葉が増えたな。暑さのきびしい頃はみずみずしいキュウリがたわわに実っていたというのに。
干からびた残骸を見つつ、オシャレなポストに回覧板をつっこむ。
ポテポテと住宅街を歩いてスーパーに向かっていると、前方に御婦人二人組が見えた。
オシャレな日傘をさしながら、何やら穏やかに談笑している。
……、会釈をしている。
もしかして、知り合いだろうか。
…誰だろう。
目が悪いので、近くに寄らないと誰か認識することができない。とりあえずお辞ぎを返しつつ、前に進んでみる。
「こんにちは」
ニコニコしながら声をかけてくる御婦人。近づいてきたが…、その姿には見覚えががない。
とはいえ、最近記憶力がだいぶ乏しくなってきたからなあ…、そんなことを考えていると。
「ずいぶん過ごしやすい季節になりましたね、少しおしゃべりしませんか?」
「私達、聖書の勉強しているんですけど、神様のこととか興味ありませんか?」
…おう、そっち系の人か。
しまったな。
この道は一本道で…横に逸れる場所がないのだけれど。
「あ、けっこうで…
「この道は風が気持ちいいですね、このあたりにお住まいなんですか?いいところでうらやましいわ?」
「私は森下に住んでいるんですけど、騒音もすごいし地獄みたいなの、でもね、本当の地獄というのは…」
……最近はこんなにも積極的に豪快に無理やり信者を増やそうと躍起になるものなのか。
…そうだな、人がずいぶん減ったからな。信者も減って、獲得するために必死なのだろう。
そんなこと思いながら聞き流しつつ…連れ立って歩くこと数分。細い十字路にさしかかった。
「あ、じゃあ私、ここで曲がりますから。買い物に行くので…
「あらぁ、いいじゃない。まだお話ししましょうよ?」
「このまままっすぐ行くと大通りに出るもの、こんな細い道では人通りもなくて危険よ、おしゃべりしながら一緒に行きましょう?私もね、お買い物に行こうと思っていたの、そうだ!一緒にフードコートでおやつを食べましょう!ね?」
逃げられそうにない。
ヘラヘラとかわし続けていたのが悪かったらしい。 気の弱い、断りきれないチョロい人だと認識されてしまったようだ。
……めんどくさいな。
走って逃げるか?
ブチギレるか?
無視にシフトするか?
ちょっといじるか?
穴に落とすか?
食うか?
つぶすか?
正直……、迷う。
私は、人の数が減っていることを知っているから、なるべくなら消してしまいたくはない。これ以上減ると、いろいろと手続きがうざいことになるのも予想できるし。
とはいえ…平凡な人の数を減らすような要因であれば、消しておくべきだとも思う。
……。
あれだ…、紙に鉛筆で絵を描いたとき、失敗したなあと思うことがあるとしよう。
紙を丸めて捨てるやつもいるし、描いた絵を消しゴムで消すやつもいる。修正液を塗るやつもいれば、気に入らない部分にシールを貼ってみたり、削ってしまうやつもいる。
消し方は人それぞれ…いろんな方法があるのだ。
私は、紙ごと捨てなくても良いとは思うけれど、描かれているものを消して新たに描き込んだり、薄汚れた紙を再利用するのはめんどうだと思う。多少ではあるが縁が繋がってしまったから、逃げ出したところでまた遭遇して…めんどくさいことになるだろう。
皮をむいてゴミ袋に収納し、もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ咀嚼しながら…、こういうことは、本当だったらしたくないのになと思う。
人が減っているのに、絶対的な数を減らすのは…悪手だとしか思えない。
とはいえ、悪循環を生みだす人がいるせいで、魅力的な人が減っていることも事実なのだ。
……うん、これは、予定調和だな。
ゴテゴテとした指先と、にちゃにちゃしたピアス、煤けた腕輪に指輪などなどを…ぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっと地面に吐き出した私は。
ボッテボッテと、スーパーに向かったのだった。