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 治療を待って、警察の事情聴取が始まった。怪我人である、高校生である、夜である、ということも加味されその日は軽いものですんだ。俺はそこで前もって決めてきた話と、嘘を入れずすべてを正直に話した。もちろん、「ループ」のことを除いて。


「すぐ側にいた乗客の証言によると、君は男がナイフを持って立ち上がって叫んだその瞬間には、催涙スプレーを浴びせていたようだね」


「はい、そうです」


「我々は実際見ていないが、複数の証言だとそれはほとんど同時に近くて、前もって知っていたんじゃないかっていうくらいの速さだったみたいだけど、何故そんなにも早く対処できたのかな」


「その、最近そういう事件が多かったじゃないですか。新幹線とか電車とか、建物内もそうですけど、逃げられない密室とかで通り魔というか、刃物持って無差別に襲ったり。そういうの見てると、まあ高校生だっていうのもあるんですけど、そういう時に自分はどうするかとか考えて。もちろん死にたくないですし、もし遭遇したらなんとかしないといけないですし……それでその、そういうことは常にシュミレートして乗ってました。


 それで、あの犯人はなんていうかその、すごく怪しかったっていうか、なんか雰囲気が違って。座ってたんですけど、大きめのカバンを膝の上においてて、その中にずっと右手を突っ込んでて。なんかそういうのも怪しいっていうか、そこからナイフが出てくるのを想像して。妄想ですけど、まあ厨二病っていうんでしょうか。刑事さん、刑事さんかはわからないですけど、そちらも中高生の頃『教室にテロリストが入ってきたらどうするか』とか妄想してたりしませんでした?」


「……まあ、似たようなことはね。警察目指してからはより具体的に、仕事としてシミュレートすることは増えたけど」


「そうですか。とにかくそういうので、目の前に移動して、ずっと想像して待ってたんです。危ないやつですけど、もしそうなったら、即座に動くぞって。で、実際、そうなりました」


「そっか……ありえなくはないけれど、ほとんどありえない話だね……それで催涙スプレーだね?」


「はい」


「その後スタンガン」


「そうです」


「君の荷物も調べさせてもらったんだけど、ライターと制汗スプレーも入ってたね。これだけならまあ普通の高校生、とはいえタバコもないのにライターを持ってるのは多少不自然だけど、とにかく普通の高校生にも思えなくないけど、これは火炎放射のように使うつもりだったのかい?」


「はい、そうです。あの、これも妄想なんですけど、ナイフ相手には当然距離が必要じゃないですか。でももちろん銃なんて持てるわけがなくて。それで素人が、高校生が持ててある程度リーチのある武器とか考えて。それで直接倒せるとかそういうのは思わないですけど、でも怯ませられるだけで違うと思うんで。顔に浴びせれば相手も自由には動けないでしょうし、手とかナイフにやれば武器も落とすかもしれませんし」


「なるほど……ほんとに色々考えてたんだね」


「まあ、妄想ですけど。とはいえ実行してますけど。所持とか携帯って点では」


「そこだね。催涙スプレーにスタンガンはわざわざ購入してないと持てるものじゃない。その妄想というか、何かあったらの対処のために買ったわけかな」


「そうです。ほんと数日前ですけど」


「他の目的は?」


「ないです」


「簡易手錠もそうかな」


「そうですね。相手が何本も刃物持ってた場合は腕自体を縛らないと安全じゃないと思って。サバゲとかで使われてるようなやつだと思います」


「ほんとに用意周到だね……自衛としては多少過剰な気もするけど」


「それはわかりますけど、でもどうすればいいんですかね? 実際あんな電車内で通り魔にあったら。普通の人が武器もなく素手で対応するなんて無理じゃないですか? あんな場所じゃ逃げられないですし。これくらいは持ってないとどうにもできないと思うんですけど」


「そうだね。でも君の場合は正しく、という言い方も適切ではないけど、少なくとも間違った使い方はしなかっただろうけど、そうじゃない人も多いからね。けど所持携帯だけなら法に触れないものもあるし。難しい問題だとは思うよ。とにかく今回はそれらの所持、携帯で何かの罪に問われるということはありえないだろうから安心してほしいかな。なんせ君は被害者なわけだし、それ以前に結果的に多くの人を救った英雄なんだから」


 英雄。そう言われてもピンとこない。自分はあくまで、自分の至極個人的な目的のためにやったにすぎない。確かに死傷者を出したくなかったが、何よりもただ彼女を死なせたくなかったからだ。


 そこで改めて彼女のことを思い出す。彼女は、無事だった。死ななかった。少なくともこの事件では。ケガも負っていない。けれども、前回。あの事故で死ななかった前回は、代わりに――いや、それが本来の「運命」だったのかもしれないが――この事件で亡くなった。この事件で死ななかったとはいえ、まだ安心はできない。また同じように、別の何かで死ぬ可能性だってあった。


「あの、ちょっとお尋ねしたいんですけど」


 と俺は切り出した。


「先沢梓さんという方は、無事だったというか、その後何もなかったでしょうか」


「サキザワアズサ?」


「はい。その、自分がケガしていた時タオルを巻いて止血してくれた方なんですけど。高校生で女子です」


「どうだろうね。その子はケガも何もなかったんだよね? じゃあ少なくとも病院には来てないだろうけど、事情聴取は受けてるかもね。調べておく?」


「いえ、大丈夫です。ただちょっと改めてお礼言いたかっただけなんで」


「そっか。まあこっちから連絡先を教えるわけにもいかないし」


 あの時あの場で連絡先を聞いておけばよかった。そうも思う。けれどもあの状況でそんなことは叶わない。学校も家の場所も知っているのだから、安否を確認することくらいはできる。詳しい事情聴取はまた後日ということで、その日は無事病院から家に帰ることができた。帰りに彼女の家に寄りたいとも思った。けれども当然親が迎えに来ていたためそれもできなかった。


 俺の親は、泣いていた。あなたが無事で良かっと、本当に心配したと。あなたの行為を誇りに思うとも。けれども心配などさせないで、自分の安全を第一にして、とも。それに加え「なんであんな電車に」とも行っていた。普段の生活圏とはあまりにも違う。俺は「ちょっと他校の友人に用があって」と答えた。親は納得はしていなかったが、問い詰める状況でもなかったのでそのまま親の迎えの車で家に帰ることになった。


 道中の車内で、俺はネットニュースの速報をしらみつぶしに調べた。電車での事件についての記事ばかりであったが、俺が知りたかったのは別のことだった。


 彼女は、先沢梓は無事なのか。名前を調べる。ネットの、都内の事故や事件を調べる。少なくともそこに彼女の名前はない。


 無事なのか。無事だろう。多分無事なはずだ。


 俺はやったんだ。また、いや、今度こそやったはずだ。彼女を守れた。そのはずだ。まだ安心はできないとはいえ、こんなことがあった後にまた彼女が死ぬなんて、そんなことは考えられない。ありえるはずがない。


 その日は遅くまでネットやニュースを見続けた。彼女に繋がるようなニュースはなかった。大丈夫だ。すべて大丈夫なはずだ。俺はそう安堵し、眠りについた。


 あんな事件のあとなのに、不思議と眠れた。興奮で眠れないかとも思ったが、体は思っていた以上に疲れているようだった。いつ意識が落ちたのかも覚えていない。夢も見なかった。泥のように。けれども目覚めたのは、いつもと同じ時間だった。


 翌日は土曜で幸いに学校は休みだった。それでも自分には詳しい事情聴取などの「仕事」もあった。そこで彼女に会えるかもしれないという思惑もあったが、それは叶わなかった。


 事情聴取では改めて昨日と同じことを聞かれた。それ以外にも色々と詳しく深掘りされた。とはいえ何か疑われているという雰囲気でもなかった。あからさまに褒め称えられることすらあった。ともかくとして、無事解放され俺は再び帰路についた。


 彼女の家に行くことも考えた。土曜に彼女が学校に行っているかはわからなかったが、学校の方も。けれどもそれでは完全に不審者だ。今の俺は彼女の家も学校も知らないはずなのだ。学校に限って言えば制服などで認知することも可能であったが、それでわざわざ探しに来るというのも怪しい。


 ネットのニュースも見る。まだ彼女の訃報などの記事はない。心配し過ぎなのかもしれない。もう終わったのだ、すべては解決したのだ。そう自分に言い聞かせる。


 大丈夫だ。成功したのだ。自分は、彼女を守れたのだ。


 そこまで考えると、ふとまだ解決していないあの「大いなる謎」について思い出す。


 すべての始まり。大いなる謎。何故彼女は、俺を知っていたのか。俺を助けたのか。あんな顔で、「無事で良かった」などと言ったのか。


 今回も同じだった。彼女は、俺のことを知らなかった。完全な初対面。名前も顔も。やはり身を挺して助ける理由などなかったし、あんな顔をする理由もない。


 何もわからない。何もわかっていなかった。謎は謎のまま。それは気になる。知りたい。解明したい。けれども同時に、彼女が無事でありさえすればそれでいいとも思えた。そうだ、彼女が無事でありさえすれば、死ななければ、それでいい。それが一番で、それがすべてだ。



 けれども、それもやはり崩れ落ちた。



     *



 先沢梓が亡くなったのはその日だった。事件の翌日。


 建物の工事現場の足場が崩れた。たまたまその下を歩いていた彼女が、下敷きになり亡くなった。


 意味がわからない。あんな事件の翌日に、またこんなありえない確率での事故で。俺はやはり信じられなかった。彼女の家まで押しかけた。葬儀にも行った。どこで何度確認してもやはり亡くなったのは彼女だった。


 ありえない。ありえるわけがない。だって彼女は、助かったはずだ。死の運命を回避したはずだ。それが、いったい、どうして……


 このあたりで俺にも一つの疑念が湧いてきた。もしかして彼女を助けることはできないんじゃないか? 彼女の死は、運命は、あらかじめ定まっていてどうにもできないものなんじゃないのか?


 彼女は死んだ。俺の人生で、都合三度目だ。三回とも死に方が違う。回避しても翌日に死がやってくる。まるで決まっているかのようなありえない形で。


 彼女の死は決まっている。動かすことはできない。そんな予感が襲ってくる。けれども俺は、それを受け入れることはできなかった。受け入れられるわけがなかった。何故、そんなこと、ありえない。ありえていいわけがない。


 俺は戻れる。俺は変えられる。俺にはその力があるんだ。俺にはそれができて、俺にしかそれはできないんだ。


 彼女に死んでほしくない。命をかけて俺を助けてくれた彼女を、みすみす死なせるわけにはいかない。それにまだ、何もわかっていないんだ。彼女が何者なのか。何故彼女は俺を知っていたのか。あんな顔で俺を見て、「無事でよかった」などと言ったのか。


 何もわかっていなかった。彼女が死んでしまえば、死んだままにしてしまえば、その謎は一生明かされない。一生大いなる謎のまま残ってしまう。そんなことは、耐えられない。


 俺は知りたい。知りたいのだ。彼女が何者なのか。何故俺を助けたのか。すべて知りたかった。彼女ともっとちゃんと話したかった。彼女のことを知りたかった。


 彼女に死んでほしくなんかなかった。



 やる。やってやる。やるだけだ。やる以外の選択肢などありえない。


 戻る。また戻ってやる。何度でも、戻って、絶対次こそ彼女を助けてみせる。


 俺は願った。何度でも願った。戻れ、戻れ、戻れ。


 彼女を助けさせてくれ。彼女と話をさせてくれ。彼女のことを、教えてくれ。


 彼女を守りたい。彼女を死なせたくない。絶対に今度こそ、彼女を死なせない。


 だから戻れ。戻れ、戻れ、戻れ……



      *



 目覚めた時、また「一月一一日」に戻っていた。都合四度目の、今年の一月一一日。


 また戻れた。今度こそ。やることは変わらない。未来のことはわかっている。


 だから。今度こそ、絶対、確実に。俺はなんのために戻ってきたのか。俺はなんのために存在しているのか。この力は、なんのために存在しているのか。


 絶対に、彼女を守ってみせる。


 


 一五日。交通事故の方は考えない。普通に考えればあそこに彼女が行くことはありえない。前回もなかった。それを考えるとやはり一番最初に彼女があそこにいた理由はわからなかったが、それは彼女が俺を知っていたという「大いなる謎」にも直結するので考えるだけ無駄であった。俺に答えはわからない。答えを知っているのは、彼女だけだった。


 すべては前回と同じだった。待ち伏せ。尾行。駅。今度は驚くほど落ち着いていた。二回目だからか、前回無事にやり遂げられたからか。それとも極限の集中状態にあったからか。ともかく、電車に乗るまで、まったく前回と同じように進めることができていた。


 その後については考えがあった。前回と同じように、男が行動に移ってからこちらも行動するか。それともナイフを出される前に抑え、銃刀法違反でしょっぴいてもらうか。


 前回でわかっていた情報もいくつかある。男はバッグの中以外に武器を所持していなかった。だからバッグさえ奪ってしまえばこちらのものだった。それでも銃刀法違反は事実なので逮捕されるだろうし、事件も防げる。


 難点はおそらく刑期が短くなることであった。直接的な事件を起こさなければ、刑期は短く世間の目もたいしたことはない。本人の反省も薄いかもしれない。そうなると何年か後にまた事件を起こすという可能性もある。


 けれどもそれは自分には、というより彼女には、今回には、自分の目的には関係ないことであった。男を野放しにした結果また数年後に彼女が男に殺されるというのは考えにくい。それにケガのこともある。前回男がナイフを持った後に行動したことにより、怪我を負った。結果として病院に行くこととなり、彼女とも離れ離れになった。何があるかわからない以上、それは避けたい。怪我を避けるには、やはりナイフを持たれる前に行動するのが一番だった。


 男の前に行き、バッグを奪う。取り押さえる。周りに「こいつがナイフを持っている!」と主張する。警察には「たまたま隙間からナイフが見えた」と答える。それが作戦だった。


 そしてその通りに、事を動かせた。


 男の前に行く。立つ。男のバッグの上に何かを落とす。「あ、すいません」と謝る。男が右手をナイフから離し、バッグから出してくれれば儲けものだった。もし左手で対応されても、拾って渡すその隙に右手を封じればいい。


 運良く、男は右手でそれを拾った。そうしてこちらに手渡そうとする。


 その瞬間に、バッグに飛びついた。


「お前ナイフ持ってるだろ!」


 周りにアピールするようにそう叫び、バッグを抱えて男から引き離そうとする。男は暴れる。バッグは決して両腕から離さず、男に頭突きや蹴りを浴びせる。揉み合いの末、男からバッグを奪取することに成功する。それを遠くに投げる。落ちた衝撃で開いたままのバッグからナイフが数本床に飛び出す。車内の日常に突如表れたナイフに、車内は騒然とする。その間も俺は男と揉み合い、なんとか相手を床に組み伏せようとする。


「誰か手伝って!」


 そう叫ぶ。武器を持たない男相手であれば、臆することなく加勢も入る。実際ナイフを目にしたことも大きい。数人がかりで取り押さえ、床に組み敷く。


 そこでようやく俺は男から離れ、安堵しどっと椅子に座り込んだ。


 やった。やれた。ここまでは完璧だ。問題ない。ケガもない。誰もケガしていない。事件は未然に防いだ。


 あとは、次は、彼女。


 彼女がいた方を見る。避難した者も多かったため、車内には広々とした空間があった。その先で、彼女は座り込む友人を抱きかかえていた。


 何もない。無事だ。当然だ。だから、ここから。これから。


 俺は息を整え、ゆっくり立ち上がり彼女に近づいた。


「大丈夫ですか?」


「あ、はい……」


「ご友人、だと思うんですけど、何か怪我とかされましたか?」


「いえ、ケガはないんですけど、その、パニックっていうか。腰が抜けてしまった感じで」


 と彼女は答えた。


「そうですか……すみませんでした、騒ぎを起こしてしまって」


「いえ、全然。別にあなたが起こしたというか、悪かったわけじゃないですし。それ以上に勇敢というか、もしあなたが気づいていなかったらもっと大変なことになってたかもしれないので」


「そう言ってもらえるとありがたいです。あの、近くで見てましたよね?」


「え? あ、はい。一応」


「その、大丈夫だとは思うんですけど、一応警察とか来た時に事情聴取というか、証言に協力してもらってもいいですかね。多分ここにいる人はみんなしてくれると思いますけど。最初の方から見てた場合は」


「あ、はい。そうですね、わかりました。というかもちろんです。多分実際警察に聞かれると思いますし、その時はちゃんと証言しますし」


「ありがとうございます」


「いえ……あの、どうして気がつかれたんですか?」


「はい? あ、いえ、たまたまです。たまたまあの人の膝の上にスマホ落としちゃって。それをあいつが拾って手渡してくれたんですけど、その時バッグから右手を抜いて、その時にちらっとバッグからナイフが出てきたんですよ。それが見えて、あとはとっさにと言うか、思わず体が動いて」


「そうだったんですか……だとしても、すごく、勇敢だったと思います」


「いえ、ほんとにとっさだったので。あの、あなたの方は大丈夫ですか?」


「はい?」


「いえ、すぐ近くであんなことがあって。その割には落ち着いてるように見えますけど、でもすごく恐怖とか色々あるんじゃないかって」


「それは……確かにすごく心臓は鳴ってますけど、でも友達がこんな状態で、私までパニックになっているわけにはいかないんで」


 と彼女は答え、抱きしめたままの友人をそっと優しく撫でた。


「そうですか……すごいですね。気丈というか、優しくて……あの、多分カウンセリングとか色々、何かあると思うので。警察の方に言えば紹介してくれると思いますし」


「そうですね……ありがとうございます」


「はい。もちろん被害者同士というか、同じ体験をした人にしか話せないこととか、同じ体験をしたからこそ話せることとかもあると思いますし、自分も全然、協力しますんで、なんでも話してください」


「それは、ありがとうございます。その時は是非」


 その後、警察がやってきた。俺たちは緊急停止した車内から外に出た。警察の事情聴取を受けた。今回は催涙スプレーもスタンガンもなかったため軽いもので済んだ。説明したことはかねがね前回と同じだ。ケガもなく病院に行く必要もなかった。


 すべてが終わった後、彼女が待っていた。


「あ、どうも。そちらも今終わったところですか?」


「少し前に終わってたんですけど、ちょっと彼女を、友達を送ってっていうか」


「ああ、いらっしゃいませんもんね。何かありました?」


「親が迎えに来て、そこまで見送って、って感じです。このあと病院とか行くかはわからないんですけど……えっと、一応証言はちゃんとしときました。ちゃんとっていうのもおかしいですけど、見た通りと言いますか、知ってることだけ」


「そうですか。ありがとうございます。ていうのもおかしいですけど。あ、一応ですけど、自分彼右っていいます。高二ですね」


「私も高二です。先沢っていいます」


「先沢さんですか……あの、特に何かあったってわけでもないのかもしれないですけど、大丈夫ですかね。あんなことがあって。そのすぐあとに事情聴取まで」


「あ、はい。もうだいぶ落ち着いてきました。確かにあんなナイフとか見るの初めてでしたし、狭い車内で軽くパニックとかにもなりましたけど、今は全然。外の空気吸えてだいぶ緊張も和らいで。それよりそちらのほうこそ大丈夫ですか? あんなナイフ持ってた人と直接取っ組み合いになって。ケガとかも。私より全然、色々あると思うんですけど」


「そこはもう全然、平気です。ほんとみんな無事でよかったって、それだけですから」


「そうですか。ほんとすごいというか、立派ですね」


「いやまあ、たまたまです。そういう状況だったからしたっていうか、できたっていうか……あの、明日も事情聴取とかありますかね」


「あ、はい。多分ですけど。一応念のためもう一度というか。そちらもですか?」


「そうですね。俺の場合はもう直接当事者みたいな感じなんで。あの、ほんとにこういう時に、こういう状況であれなんですけど、一応俺の連絡先、教えておきます?」


「え?」


「いや、ほんとこういう時にって感じですけど、でもこう、やっぱりこういうのは同じ経験した人間にしか話せないこととかあると思いますし、今後フラッシュバックとか、なんかトラウマみたいになったりして。そういう時に同年代で相談できる人とかいるだけで違うでしょうし。あのご友人には多分、そういうのは話さないほうがよさそうですし」


「そうですね……こちらも、そういうのはすごく助かります。確かにこう、あの場にいて、同世代で、じゃないと話せないとか、わからないこととかあるでしょうし……カノウさんこそ、私にも話してください。そちらのほうが絶対大変な思いしたでしょうし」


「かもしれないですね。多分大丈夫だとは思いますけど」


 これが二度目で、すでに経験済みなどとは夢にも思わないだろう。


「それじゃその、明日、事情聴取一緒に行きませんか? 警察に行くのもこういうのも不安ですし、友達とは行けませんし、多分あの娘は事情聴取も行けないでしょうし。明日になって自分がどういう状態になってるかもわからないんで」


「もちろんいいですよ。あっちが時間合わせてくれるといいんですけど。そういうのまではさすがに事情わからないんで結構待つことになるかもしれませんけど」


「じゃあ予め時間決めときましょうか。警察にもそうお願いして」


「そうですね」


 と答えつつ、俺は思い出していた。前回、彼女が倒壊事故で亡くなった際の時刻を。場所や時間を考える限り、彼女は警察署の帰りに事故に遭ったようであった。その時刻を避ければ、少なくとも彼女がその事故に巻き込まれることはないはずであった。行きか帰り、とにかくその時間にその場所を通らないようにうまく誘導すればいい。幸い、と言えるかどうかはわからなかったが、その事故での死者は彼女だけだった。そもそも足場の倒壊事故を防ぐ手段など思いつかない。そもそも間に合うのか。警告を出したところで聞き入れられるとも思えない。今回の事件のほうが原因が特定の個人であるだけ対処がしやすい。大きな事故、それこそ災害まで含めると、それが起きないように行動するなど一個人では不可能でしかなかった。


 ともかくとして、俺たちは翌日会う約束をして別れた。不安はあった。何事も起きぬよう、起きても対処できるよう、一日中見張りたいとも思った。でもそんなことは叶わなかったし、彼女の日常も壊してしまうかもしれない。大丈夫だ、少なくとも前回は死ななかった。前回の今日は、何事もなく家まで帰り、明日を迎えた。だから今日も、今回も大丈夫なはずだ。


 不安に思う気持ちもありながらも、俺は明日に備えて自宅に帰り、眠りに落ちた。すべては終わっていない。まだ始まりでもない。これから。明日。また新たな戦い。


 次こそ、今度こそ。何としてでも、彼女を死なせない。これで終わりじゃないかもしれない。次を乗り越えても、また別の死がやってくるかもしれない。けれどもそんなことは関係ない。やる。やるだけ。やるだけだ。何も変わらない。何度でも繰り返す。自分にはそれができるのだから。


 なんとしても絶対に、彼女を守ってみせる。



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