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そして運命の一月一五日が訪れた。あの日。あの事故の日。彼女が死んでしまった日。
一番は、家から一歩も出ないことだった。家から出なければ事故に遭うこともありえない。けれども彼女が事故現場に行かないという保証はどこにもなかった。そもそもあの時何故彼女があそこにいたのかすらわからないのだ。俺の生活圏内ではあるが、考える限り彼女の生活圏内ではない。ともかく彼女が事故現場に赴き、俺と関係なく事故に遭う可能性はゼロではなかった。彼女をあの場から遠ざけるには彼女に直接会って何らかの理由で行かせないのが一番確実であったが、彼女に近づくことにはためらいがあった。前回同じ場所に二人がいて、事故に遭い、片方が死んだ。そうである以上同じ日に二人でいるのは避けたほうがいいのではないかという気がしていた。そもそもあの場所で同じ事故が起きるという保証もどこにもない。それでも万が一を考え事故現場で張り、もし彼女が現れたらなんとしても止める、事故現場に近づかせない、というのが一番安全で確実かもしれない、という考えにいたった。
そうして俺は一人、「二ヶ月前」のあの忌まわしい事故現場に、もう一度戻ってきた。
*
事故現場には、よく通っていた。普通なら避けて通るところであったが、俺にとってはそこは彼女のお墓でもあった。納骨されてから実際に墓参りに行ったこともあったが、そこは遠い場所であったしその真新しい墓石を見ても彼女がそこにいるという実感はまるでわかなかった。それよりもあの事故現場の方が、彼女の記憶が鮮明に残るその場所のほうが、俺にとっては彼女をより思い出すことができる場所であった。
俺はそこでよく彼女と話していた。といっても、心の中での一方的な語りかけでしかない。彼女のことはまったく知らないし、会話もしたことがないのだから相手がどういう返事をしてくるかだって想像がつかない。それよりも、ただひたすらなる問いかけ。何故、どうして。教えてくれ、君はどうして俺を助けたんだ。どうして俺を知っていたんだ。どうしてあんな顔で、あんなほほ笑みで、俺を見たんだ。答えのない問いかけを、延々と繰り返す。答えのない謎を考えるためだけに、その場に佇む。そういう場所であった。
事故の後、そこは花が絶えなかった。道端に花。お菓子や飲み物といったお供物。それに友人などからのメッセージ。そういうものが事故直後は大量に、事故から二ヶ月経った時点でも常にあった。それは彼女がどれだけ人に愛されていたかという証左でもあった。
しかし今は、花など一つもない。他の場所となんら変わらぬ道端の一つ。なんならゴミも落ちている。ここではまだ事故は起きていない。悲劇の場所ではない。誰にとっても、なんの意味も持たぬ場所。少なくとも俺以外にとっては。
時計を見る。事故が起きた時刻は刻一刻と迫っていた。これからまたここで事故が起きるのかは、わからない。自分にはそれを防ぐことができるのかもしれない。それを考えると、こんな場所で突っ立ってる場合ではないのではないかとも思えてくる。
あの事故での負傷者は、「幸い」なことに彼女一人だった。そうである以上、俺と彼女さえいなければたとえ事故が起きても死傷者は出ないのかもしれない。だいたい事故を止めるなんて、今更どうすればいいのか。ドライバーに運転をやめさせるしかないが、今どこにいるかもわからない。そもそもが手遅れであった。事前に動いていたとしても赤の他人の俺が運転をやめさせるなんてできないだろう。最悪警察沙汰になってしまう。第一俺はあの事故の「加害者」の名前すら覚えてなかった。高齢者であることしかわからない。名前は確かに見たはずであったが、知らず知らずのうちに記憶から排除していた。そんなものを覚えている余裕など自分にはなかった。彼女の方が、謎の方が、はるかに重要であった。名前も住所も知らない以上、ドライバーを止めるなど初めから無理な話であった。
俺には祈ることしかできなかった。どうか事故など起きませんように。誰も轢かれたりしませんように。そう祈り、事故現場からは少し離れた、それでいて車など突っ込みようのない場所に陣取り、絶えず周囲を見張っていた。万が一にでも彼女が現れたら、すぐにでもここから遠ざけなければならないと。
そうして事故の時刻が、刻々と迫ってきた。
それははたから見ていても一瞬の出来事だった。一台の車が、猛スピードで歩道に乗り上げ壁に突っ込む。爆弾でも爆発したんじゃないかという轟音があたりに響いた。周囲で悲鳴が上がる。ざわめきが広がる。心構えができていたとはいえ、心臓が飛び出るほどに跳ね上がった。硬直。ばくついた心臓。けれどもすぐに我に返り、慌てて事故現場の方に走り出した。
あたりを見る。道路に、血痕はない。赤い色はない。横たわる人の姿も、ない。回り込んで車の向こうも見る。人の姿はない。
誰も、誰も轢かれてはいなかった。
周囲ではドライバーの救助活動が始まっていた。前回の事故ではエアバックや「高級車」であることなどもありドライバーの命には別状はなかった。とはいえ今回は「誰も」轢いていないのでまったく同じ状況とはいえない。しかし俺にできることは何もなかった。心得がある人達が、すでにその場で動いてくれている。俺が動いたところで邪魔にしかならない。前回は俺を轢きかけ彼女の命を奪った相手とはいえ、どうか無事でいてほしかった。誰にも死んでほしくなんかない。俺はただ祈り、後退り、改めて周囲を見た。そこにいる人たちの顔を、可能な限りすべて見た。現場からも離れ、その周辺にいる人混みの中から彼女の姿を探した。
彼女は、どこにもいなかった。この世界では、彼女はここに足を踏み入れてはいない。その事実を知り改めて安堵する。
死ななかった。ともかくとして、彼女は今日この日、この場所で車に轢かれて死ななかった。
その事実を前にすると、改めて涙が出てきた。彼女は生きてる。死んでいない。過去は変わったんだ。変えることができたんだ。
彼女は、死なずに済んだんだ。
俺は涙を拭った。そうして足早にその場を後にした。喜びは抑えられない。涙は抑えられない。どこかで一人にならなければいけない。慌ててコンビニに入り、個室トイレに閉じこもる。そうして拳を握り、改めて歓喜の涙を流した。
やった、やった、やった! 本当にやったんだ! 過去は、未来は変わった! 誰も死ななかった! 彼女は生きてるんだ! こんな、こんなこと、こんな奇跡、本当にありえるんだろうか? また夢じゃないだろうか?
思い切り頬をつねる。恐ろしいほどに痛い。けれどもその痛みこそが現実の証だった。
そうだ、これは現実だ。事故は起きてしまったけど、彼女は死ななかった。誰も死ななかった――いや、まだドライバーがどうなるかはわからないけど。でもとにかく、彼女は死ななかったんだ。そもそもここにすらいなかったじゃないか。
そこではたと気づく。そうだ、見た限り、彼女は今、今日ここにはいなかった。
じゃあなんで、あの時はあそこにいたんだ?
前回。俺が轢かれそうになった時。ループ以前。彼女はあの場にいて、俺を助けた。
なんでだ? なんであの時はそこにいたんだ? なんで今回は、いなかったんだ?
謎は、また増えた。普通に考えれば、今回が正常なのだ。彼女の生活圏を考える限り、この時間この場にいることのほうがありえない。けれども前回は、あの時は確かにいた。それはなんでだ?
考えたところで答えなどでてくるわけがなかった。それにそんなことは今となってはどうでもいい。とにかく、彼女が助かったのだ。それがすべてだった。俺は大きな高揚感と達成感を抱えたまま、家路についた。
*
すべてが崩壊したのは次の日だった。
事件があった。電車内で男が刃物で乗客を襲った。死傷者が複数人出た。そのうちの一人が、先沢梓だった。
そのニュースを見た時、意味がわからなかった。悲惨な事件、なんでこんなことが。そう思って画面を見つめていると、被害者の名前が出てくる。先沢梓さん、一七歳、高校二年生。制服姿の、微笑む顔写真。
俺は、その場に崩れ落ちた。
目の前で起きていることがわからない。この目に映るものが信じられない。そもそも意味がわからなかった。彼女が死んだ? 先沢梓が? 何故、どうして? 刺された? なんで、そんなの、ありえない。だって彼女は本当なら昨日交通事故で死んでるはずで、でもそれは助かったじゃないか。死ななかったじゃないか。
それなのになんで、全然関係ないところで、全然関係のない死に方を。
そもそもほんとに彼女なのか? 写真はどう見たって彼女で、名前も彼女だ。先沢梓なんて同姓同名が何人いるかわからない。おまけに歳まで一緒だ。それでも、どうしても信じられなかった。この前会ったばかりの、あの優しい女の子が死んでしまったなんて。生きてたのに。生きている彼女が、また死んでしまうなんて。
助けた。変わったはずだ。それなのに。変わるには変わったが、より最悪に変わっている。こんなの望んだことではない。こんな変化、こんな未来。というより過去。
信じられなかった。この目で確かめるしかなかった。この目で確認しないと、どうしても信じることなどできない。けれども今回はまったくの部外者であるため通夜の時まで待つしかなかった。大勢の同級生、生徒たちにも開かれた式の場。そこに俺は異なる制服で混じっていたが、別の高校に進学した中学時代の友人などもいたのでそこまで目立つこともなかった。
式場の奥に飾られた写真は、やはりどう見てもつい先日会ったばかりの先沢梓その人だった。そして、納棺前の、正確には顔が閉じられる前の、最期のその顔。とても白い、死に顔。この目でそれを見て、確信した。彼女は死んだ。先沢梓は死んだ。死んだのは、間違いなく彼女だった。
二度目の彼女の葬儀。二度目の死に顔。不思議と今度は涙は出なかった。
だって、ありえない。ありえないだろこんなことは。俺は時間を戻ってきて、過去を、未来を確かに変えたはずで。
それなのに死ぬなんて、そんなことはありえないだろ。
ありえない。許せない。許してたまるか。何故彼女が死ななくちゃいけないんだ。戻ってきたというのに、どうしてまた彼女が死ななければいけないんだ。
そんなこと、許してたまるか。
俺は願った。願って祈った。それは前回の再現だった。そして今回は、もう一つ加わる。どうか彼女に会わせてくれ。彼女と話をさせてくれ。彼女に聞かせてくれ。謎を、秘密を、知りたいんだ。けれども今度は、それ以上に。
どうか彼女を助けさせてくれ。俺にはできるだろ。できただろ。一度できたんだ、一度戻れたんだ。じゃあもう一度だって戻れるじゃないか。
どうか戻してくれ。どうかもう一度、戻してくれ。誰だか知らないけど、神かなんかなのかもしれないけど、なんだっていい。どうか、もう一度。もう一度チャンスを。
俺は絶対、彼女を死なせたくないんだ。
だから戻れ。戻れ。戻れ。一度目があったんだ、二度目だってあり得るだろ。
だからどうか、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ……
その強力な祈りの中で、俺は眠りに落ちた。
そして目が覚めてやってきたのは、「明日」ではなかった。
*
一月一一日。前回の「ループ」と同じ日付。自分は確かに、また戻ってきた。時間を、日々を。
あの「事件」より過去に。彼女の死より前に、戻ってきた。
はっきりわかった。それが自分の力なのかはわからない。けれども自分は、確かに時間を戻ることができる。強く願ったことによるものなのかはわからないが、理由などどうでもいい。少なくとも一応の「方法」は確立された。
自分は、自分の意思で戻れる。やり直せる。それが何よりもいちばん重要なことだった。
神の意思なのか、世界の意思なのか、それはわからない。何か大いなる力が自分に「彼女を守れ」と言っているのかもしれない。けれどもそんなのはどうでもいいことだった。理由などどうでもいい。何よりも重要なのは自分の意志だった。
俺が、彼女を救いたい。自分が彼女を、死なせたくない。
絶対に守る。今度こそ。それがすべてだった。
*
前回の死、電車内における無差別殺傷事件もまた、彼女の事故死と同じ一月一五日に起きた。とはいえ今回もその日に彼女の死が起きるかはわからない。普通に考えればそうなのだろうが、確証などない。そうである以上、今日から片時も彼女から目を離さずにいるのが一番確かだった。
しかしそれも難しい。高校生である以上、学校には行かなければならない。行っている場合ではなかったが、無断でサボっては間違いなく親に連絡が行く。それが何日も続けば親もさすがに行動に出る。外出を制限されるかもしれない。そうなっては自由に行動ができなくなる。それは彼女を守れないという事実に直結していた。
賭けであった。あまりに大きすぎる賭け。前二回同様、彼女の死は一五日に起きる。そう決めつけて動く賭け。彼女が一五日以前に死ぬ可能性もあった。それで言えば一五日よりあとに亡くなる可能性もあったが、何にせよ未来に何が起きるなどわからない。最悪なのは一五日以外に亡くなり、自分が二度と「ループ」できないことであった。そうなっては彼女の死が決定づけられてしまう。もう二度と彼女の死を変えることはできない。
すべてはわからない。わからない以上あらゆる事態を想定して動くべきであったが、今の自分にはそれができる自由がない。
経験。それに賭けるしかなかった。亡くなった日付も時刻も、二回ともほとんど変わらない。ならばおそらく、そこ。そこは動かないという可能性に、賭けるしかない。日中も夜中も自由に動くことはできない。動けるのは放課後のわずかな時間だけ。その間だけ、彼女を追う。張る。不審者と思われぬよう、バレぬよう。
方針は決まった。あとは実行だけだった。やる、やる。やってみせる。今度こそ、必ず彼女を助けてみせる。もはや謎などどうでもいい。もちろん知りたくてたまらなかったが、それもすべて彼女が死んでしまっては永遠に明かされない謎になってしまう。
すべてを懸けて。俺は三度目の一月一五日に向けて、準備を始めた。
*
前々回、最初の時。つまりあの交通事故で彼女が亡くなった日に電車内での事件があったのか、恥ずかしながら自分はまったく覚えていなかった。あれだけの大事件だ。ニュースでもあらゆる番組で連日毎時間報道されていただろう。けれどもあの当時、自分は彼女のことしか考えられなかった。彼女のことしか、事故のこととその死と、何より謎のことしか、考えられなかった。ニュースだって、そもそもテレビ自体ほとんど見ていなかった。あの事故の報道など目にしたくなかったし、テレビなどの娯楽を見る気にもならなかった。
頭の中は彼女のこと、そして彼女の残した大いなる謎、最期の言葉とあの顔でいっぱいだった。だからあの事件が二回とも起きていたのかはわからない。しかしともかく、前回彼女はその事件によって亡くなった。それを考えれば今回もその事件によって亡くなる。少なくともその現場にいるのはほぼ確かであった。
彼女があの電車に乗らない可能性。それも考えられる。しかし前回あの事故現場にいなかった以上、彼女がまたあそこに行き事故に遭う可能性は考えにくい。そもそも自分があそこにいない限り、彼女があそこに行く理由もおそらくないはずであった。
一番は彼女をあの電車に乗せないこと。それが確実な方法だった。とにかくなんらかの方法で彼女を足止めし、電車を何本か遅らせる。とにかく彼女をあの電車に乗せない。それが彼女が死なない一番確かな方法に思える。
しかしそれで確実に回避できるかもわからない。あの事故で死ななかったのに、次は事件で死んだ。ということは今回電車内での事件で死ななかったとしても、別の何かの形で亡くなってしまうかもしれない。その可能性がある以上、電車を変えれば死を回避できるというわけではないかもしれない。
それと何より、たとえ彼女をあの電車に乗せなくても、おそらく事件そのものは起きてしまう。そうなれば彼女が死ななかったとしても、別に大勢の死傷者が出る。それを果たして、許していいのだろうか? そんな事態をただ指を咥えて傍観していたいいのだろうか?
いや、できない。そんなことはできなかった。あんな事件は止めなければいけない。起こしてはいけない。けれども起こると決まったわけじゃないし、何もしてない人間をどうこうするわけにもいかない。下手すればこちらが犯罪者になってしまう。
そもそもがこの事件を止めるために自分は過去に戻ってきたのかもしれない。そんな考えも浮かぶ。最初はあの事故で、その後は事件。彼女の死だけではなくその原因そのものに原因があると。それを止めない限りは、彼女の死もループも続く。
とはいえあの事故を止めることなどどう考えても不可能だった。事件だって、起きてから対処するのは可能だが、起きることを防ぐのは無理がある。事件を起こされる前に銃刀法違反で逮捕。それくらいしかないが、困ったことに犯人のことはあまり覚えていなかった。
犯人や事件より、彼女の死の方がずっと重要で自分にとっては大事件だった。殺されたこと、誰かが殺したことが問題なのではなく、死なずに済んだはずの彼女が死んでしまったことが問題であり、衝撃だった。あとはまた戻ることだけ考えていたから、犯人についての情報を集めることなど考えもしなかった。前々回の事故の時とは違いループまでの期間が短かったのも大きい。落ち着くだけの時間もなく、考えるだけの時間もなかった。
犯人はわからない。それは大きな不利だったから、綿密に作戦を立てる必要があった。事件を防ぎ――最小限の被害で食い止め、かつ彼女を守る方法。彼女が刺されたことだけははっきりしている。相手は武器を持っている。刃物を。それと戦うには当然武器が必要だ。
そこでスタンガンを買うことにした。高校生の自分が買える武器など限られている。刃物、包丁は、正直使えるかわからない。刺せるか、切れるかわからない。そもそも自分が銃刀法違反で逮捕されてしまうかもしれない。それ自体は別にいいのだが、それが事件以前だと拘束され事件を止める自由さえ奪われてしまう。何より、自分も相手と同じことなどしたくなかった。人を刺したくなんかないし、殺人者にもなりたくはない。だいいち、彼女は刺されて死んだのだ。それと同じことを、自分が。それにあの血。最初の事故の時の記憶。あの血溜まり。
血は、嫌だ。トラウマになっている。見て正気を保てるとは思えない。そうなるとやはりスタンガン。それに一応催涙スプレーに、ライターと制汗スプレーのようなものを合わせた簡易火炎放射器。どれくらい効果があるかはわからないが、少なくとも刃物で刺すよりずっとハードルが低そうだったし、扱いが容易であるように思えた。
次に行動。事件が起きた電車など、はっきり覚えているわけもない。少しの時間のズレで列車も変わるかもしれない。過去とはいえ、不変の確定事項などないに等しい。そうである以上、なにより彼女を死なせないことが至上命題である以上、彼女が乗る電車に自分も乗るのが一番確実であった。
待ち伏せする。尾行する。そうして同じ電車、同じ車両に乗り込み、すぐ近くで待機する。それが一番。それが確実。放課後授業後に動いては間に合わなくなってしまう可能性も高いため、休むか早退で対応。
作戦は立てた。何度も頭の中でシミュレートした。それでも実際に動けるかはわからなかった。血を見たら、フラッシュバックして硬直するかもしれない。
でも、やるしかないのだ。自分がやるしかないのだ。自分以外に、世界でそれができる人など誰もいないのだから。
何度もイメージトレーニングをした。動画でスタンガンなどの使い方も学んだ。部屋の中で何度も動きを確認した。一撃でやられぬよう、大枚をはたいて防刃ベストも買った。
そうして運命の一月一五日がやってきた。