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 起きた瞬間には大きな違いはわからなかった。昨夜寝た時と寝間着が違うことにも気づかなかった。気温にも大きな変化はなかったので、まだ半分寝ぼけている状態では気づきようもなかった。


 スマホを手に取り、アラームを止めた。いつもの癖で時間を確認する。その時目に入った数字を、思わず二度見した。


 時刻はいつも通りの朝だった。けれどもその日付、そこに表示されている「月」の数字が、意識の中にあった「今月」のものと異なっていた。


 そこにあったのはおよそ二ヶ月前の数字。スマートフォンを再起動させ確認するが、やはり日付は二ヶ月前のもの。ネットなどで確認してもそれは同じ。けれどもスマートフォンの故障以外に考えられない。ふと壁にかけられたカレンダーを見ると、その月もやはり二ヶ月前。そこでようやく寝巻きが寝た時とは違うことに気づく。


 俺は部屋を出てリビングに向かった。そこにはすでに家族がいて朝食の準備がされていた。俺はテレビのチャンネルを変え、日付を確認した。録画機器などの日付も確認した。どれもすべて同じ日付を示していた。すなわち、二ヶ月前のもの。


「――ねえ、今日って何月何日?」


 と俺は親に尋ねた。


「一一日でしょ」


「……何月の?」


「はあ? 一月に決まってるじゃない」


「今は一月? 三月じゃなくて?」


「なに、あんた寝ぼけてんの?」


「……かもしれない」


 俺は一度冷水で顔を洗った。意識ははっきりするが、目覚めなど起きない。ますますこれが夢ではない実感が高まるだけだった。もう一度寝ようか、寝て起きれば夢も覚めるかと思ったが、母親に促され仕方なしに朝食をとり、そのまま学校へと向かった。


 外は真冬の寒さだった。昨日まであった、徐々に春が近づいてきた陽気はどこにもない。急に真冬に戻ったような気温であったが、今が一月というならば当然の話ではあった。


 学校に着いても、友だちに聞いても、どこでも日付に変わりはなかった。昨日までいたはずの三月ではなく、一月。意味がわからなくなってくる。さすがに夢だとしか思えないが、普段見る夢とはあまりにも違った。現実そのものとしか思えない解像度。いつまで経っても目覚めは来ない。一体何が起きてるのか、世界中で俺を騙そうとしてるんじゃないかと思えてくる。そのまま夢からは覚めず、気が気じゃないまま一日を終え、再び眠りについた。


 目覚めても夢は覚めていなかった。一月のまま。三月に戻ったりはしない。一月一一日という昨日にとっての翌日である、一月一二日。二日目ともなれば俺もさすがにこれは夢ではないという気がしてきた。というより、夢か現実かなどどうでもいい。覚めない以上、このわけのわからない世界でとりあえず生きていくしかなかった。


 二日目ともなると俺も一つの仮説を考えるようになっていた。もしかしてこれは、時間が戻ったということではないだろうか。タイムトラベル。タイムループ。そういうもの。俺は本当に、三月から一月に戻ってきたのではないだろうか。そんなことはありえない。それはわかっていたが、それ以外考えられなかった。そうでなければ三月までの記憶が、その時間が夢で幻ということだ。


 俺は改めてカレンダーの日付を見た。その日付。それを考えると、ありえないはずのタイムループももしかしたら現実なのではないか、と思えてくる。というより、そう思い込みたいだけの事情が、そこにはあった。あと数日。一月一五日。運命の日。


 あの事故が、起きた日。


 先沢梓が死んだ、その日。



 俺はもしかして、やり直せるんじゃないか。あの日をやり直すために時間を戻ってきたんじゃないだろうか。


 俺は彼女を、死なせずに済むんじゃないだろうか。



 それはありえないことであった。しかし同時に、それはタイムループを証明する、そして俺の願いを叶えられるものでもあった。一月一五日以前。ということは、先沢梓はまだ生きている。そのはずだ。


 自分はもしかすると、彼女に会えるのかもしれない。



 ずっと会いたかった。毎日毎日それを願っていた。彼女に会って、話したかった。聞きたかった。知りたかった。これが現実なら、本当に過去に戻ってきたのなら、それを叶えることができるかもしれない。いや、そのためにこそ、過去に戻ってきたのかもしれない。願いが通じて。神か何かが、聞き届けてくれて。


 そうだ。今なら、彼女に会える。知ることができる。それだけじゃなく、彼女を助けることもできるかもしれない。すべてを変えられるかもしれない。そう考えると、異様な興奮に襲われた。心臓が早鐘を打つ。ありえない。ありえないこと。でもたとえ夢だとしても、夢じゃなかろうとも。


 自分は、生きている彼女に会いたかった。


 俺は決心した。すべてを確かめるためにも、先沢梓に会いに行く。少なくとも彼女が生きて存在しているところを確かめに行く。そうしてこれが、時間が戻った現実なのだと、そしてすべてを変えられるのだと、確信しに行く。


 俺は一人でぎゅっと、拳を握った。



     *



 翌日。学校の授業を終え放課後になってから、俺は彼女を探しに、会いに行った。彼女が通っていた学校は知っている。とはいえ他校に乗り込むのは問題がありすぎたし、道中で待ち伏せするのもすれ違いになる可能性が高かった。一番確実なのは家に行くこと。家の近くで待つこと。幸い彼女の家には何度か行っていたので地図を見なくてもたどり着くことができた。とはいえ、一月の段階では彼女の両親とは知り合っていないので家に入れてもらって待つことなどできない。やはり家の前で彼女の帰りを待つ他なかった。


 一月の夕方。陽は短く、すぐに日暮れとともに寒さがやってくる。厚着してきたとはいえ防寒着など突き抜けるような寒さであり、次第に震えがやってくる。何か温かい飲み物でも体に入れたかったが離れた間に彼女が帰ってくる可能性もあった。入れ違いは避けたかったが、真冬の寒さに適うわけもなく俺は手袋をはめた両手で頬を擦りながら最寄りの自販機まで駆け寄った。


 日も沈み暗くなった街の中でも、自販機の前は明るかった。俺は温かいお茶のボタンを押し、かがんでペットボトルを取り出した。そうしてアツアツのお茶を口に注いだ。体の内側から、じんわりと熱が広がる。思わず「っはー」と声を漏らしていた。白い息が、ふっと漏れる。


 その時、後ろを誰かが通り過ぎた。その背中を目で追う。自販機の明かりの中、彼女の横顔、彼女の制服が、見えた気がした。


「――ちょっと!」


 と思わず声をかけていた。相手はびくりと体を震わし振り返る。


 そこには、先沢梓の顔があった。


「……私ですか?」


「――あ、えっと、急にすみません……あの、人違いだったら申し訳ないんですけど、先沢梓さん、でしょうか……?」


「……そうですけど」


 彼女は怪訝な顔を俺に向けて言う。それは俺があの「最後」に見た表情とはまったく異なっていたが、けれども確かに彼女の顔だった。


 そこには確かに先沢梓がいた。いて、話していて、生きていた。


 生きている彼女が、そこにいたのだ。


 俺は、気づいたら泣いていた。泣き出していた。ぼろぼろと、涙が溢れ出る。嗚咽が止まらない。喉の奥がギュッと締めつけられる。


 彼女が、生きている。生きている。生きている彼女と、会うことができた。


 俺は顔を両手で覆う。拭っても拭っても涙は止まらない。高校生にもなって人前で号泣し、情けないほどにえずき続けていた。それでも彼女は、そんな俺を不審がったり怖がったりせず、ハンカチをそっと差し出してくれた。


「あの、大丈夫ですか……?」


「いや、ほんと、ごめん、こんな急に、大丈夫だから、ほんとに、すぐ戻るんで、気にしないで、ほんと大丈夫だから、ほんと」


 などとろくに文章にならない言葉をなんとか返し、鼻をすすり手袋で拭う。


「それじゃ手袋汚れちゃいますし。ティッシュもありますけど」


「ああ、すいませんほんと、じゃあティッシュだけ」


 とポケットティッシュをもらい、それで拭う。


「これビニール袋、いらないんでゴミ袋に使ってください」


「すみませんほんと、ありがとうございます。ほんとすみません急に。こんなみっともないところ見せちゃって。ほんといきなり、なんだこいつって感じですよね。ほんとすみません」


 とにかく謝り続け、涙と鼻水をなんとか処理し、飲み物を飲み、深呼吸して呼吸を落ち着かせる。その間もずっと、彼女は心配と怪訝が混じったような表情で、しかし俺のそばで待っていてくれた。


「すみませんほんと、こんな寒い中。もう大丈夫です。ほんとにすみませんでした」


「いえ、それはいいんですけど……」


「ほんとお詫びに、何かあったかい飲み物でも奢らせてください。寒いでしょうし、ほんとそれくらいはさせてもらわないと」


「……じゃあお茶だけ」


「お茶ですね。これでいいですか?」


「はい」


「それじゃあ。――はい、どうぞ」


 俺はそう言い温かいペットボトルを手渡す。涙と鼻水で汚れた手袋はさすがに外した。


「本当に、申し訳ありませんでした。それとティッシュとか色々ありがとうございます」


「いえ、全然」


「ほんとこう、すごいびっくりさせましたよね……」


「それはまあ、そうですけど……でもさすがに放ってはおけなかったんで」


「そうですか……すみません。ほんとにご心配というかご迷惑おかけして」


「いえ、それはいいんですけど、もう大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


「そうですか……あの、私の名前、呼びましたよね?」


「え? っと、そうですね。先沢さんで間違いなかったですもんね」


「そうですけど、すみませんけどどちら様か教えていただけますか?」


「え?」


 そうだ、確かに。もっと早く気づいてるべきであった。彼女が生きている事実と、その喜びと号泣の感情の波ですっかり頭から離れてしまっていたが、すぐにでも気づけるほどはっきりしていたではないか。彼女の目、表情、言葉。


「――俺のこと、知らないの……?」


「……はい」


 と彼女は小さく頷く。


「すいません。同じ学校の方ですか?」


「いや、学校は違うけど」


「中学が同じだったとかじゃないですよね」


「ああうん……あの、俺彼右っていうんだけど、わかる?」


「……カノウっていうと、どういう字ですか?」


「彼に右で、名前は馨。こっちは難しい字」


「……すみません、ちょっと思い出せないです。どこかでお会いしたことあります?」


 いや、それはむしろこっちが聞きたかった質問だけど、と思いつつもその言葉はぐっと飲み込んだ。


「――ごめん、急に変な質問までして。とにかく俺のことも彼右馨のことも全然知らないってことなんだよね?」


「そうですね……すみません」


「いや、いいんだ、本当はそのはずだから。本当にごめん。急に泣き出したり変なこと言ったりして。多分相当怖がらせてるだろうからさ、申し訳ないからもう行くよ」


 俺はそう言い、立ち去ろうとする。が、


「待って」


 と彼女が呼び止める。


「……あなたは、彼右くんはなんで私のこと知ってたの?」


「それはその……一応ちゃんと言っとくけどさ、その、ストーカーとかそういうのではないから、全然。だからそこは安心して」


「……同じ学校でも同じ中学でもないんですよね」


「それは、うん」


「私が忘れてるだけでどこかで会った、とかでもないんだよね」


「それは……多分、そのはずかな。そっちが覚えてないってことは。俺も先沢さんに会ったことはないはずだし」


「それで、なんで名前まで知ってたの?」


「それは……色々、事情があって」


「……それに、なんであんな急に、いきなり泣き出して……」


「それは、本当にごめん」


「それはいいの。そりゃ最初はいきなりでびっくりしたけど、でもなんていうかこう、すごく普通じゃないっていうか、ちゃんと向き合わなくちゃいけない気がする、泣き方だったから」


「……ありがとう。俺も、泣くなんて思ってなかったけど、でも今ここでちゃんと泣けてよかったと思ってる……先沢さんからすれば相当恐怖体験だっただろうけどさ」


 俺はなんとか安心させようと笑いかけた。


「そう……それで、どうしてあんな風に急に泣き出したの? 私の顔見て。あんな、普通じゃない、でもすごい、歓喜するような感じで」


「……そりゃ気になるよね普通。謎だもんな……ちゃんと、安心させるためにも説明するよ。ただこれから話すのは、本当の話であって本当の話じゃないんだ。嘘じゃないけど、本当でもないっていう。そういう、面倒くさいし難しい話で、そういうふうにしか話せないんだけど、いいかな?」


 俺の問いに、彼女は一つはっきりと頷いた。


「わかった……実は、最近近くで人が亡くなったんだ。その人は俺にとって、ある意味ではすごく大事な人だった。俺はその人にすごく会いたくて、話したくて仕方なかったんだずっと。彼女はもう死んでて、生きていないし会えないけど、でもともかく、どうしても会って話して聞きたいことがあったんだ。でもそうやってずっと願って、願い続けてたら、それが本当に叶ってさ……亡くなった子は君にそっくりで、先沢梓って名前なんだよ」


 俺はそう言って、彼女を見た。


「だから俺は君を見て、その亡くなった女の子に出会うことができたと思って、気づいたら泣いてたんだ。ほんと、我慢する間もなく一瞬で」


 そこまで言い、俺は彼女を安心させるために笑みを浮かべた。


「だからそういう本当でもないしあり得もしない話。でも、これ以外の説明はできないから、本当にごめん。納得なんか出来ないと思うけどさ」


「……うん。まあ確かに、正直色々変な話だけど――でも一つだけはわかった。あなたが誰か大事な人を亡くしたってことと、その人に会えたと思った、ってとこは、多分本当のことなんだよね」


「……信じるの?」


「ううん。というより、それを聞くとあの涙もなんだかわかる気がするから。あんなふうに泣く人初めて見たけど、そっか。死んじゃった人と再会できたら、確かに人はあんなふうに泣くのかもね」


「ああ……でももちろん先沢さんは死んでなんかいないからさ。当然だけど」


「そりゃね」


 と彼女はようやく笑みを見せた。


「理由はわからないけど私のこと見てその人のこと思い出したってことだよね」


「……そうだね」


「そんなにそっくりなの? ていうか名前まで同じっていうのはさすがに嘘でしょ」


「そこはまあ、本当だけど本当じゃないって言うしかないっていうか……色々と複雑で難しい部分があって」


「そりゃそうだよね。そんな話普通あり得ないし。でも、あなたの喪失感とか喜びとか、そういうのは多分間違いのないものだって、あの涙を見ちゃった以上はそう信じてる」


「そっか……ありがとう」


「うん。でも私は私だから。ちゃんと生きてて、先沢梓っていう人間。悪いけど亡くなったあなたの大事な人とは違う。申し訳ないけど、それはちゃんとわかってね」


「もちろん、わかってるよ。それは当然だしね」


 俺はそう言い、一つ息をつく。


「とにかく、ほんと色々と急にごめんね。こんなヤバいやつに付き合ってくれてほんとありがとう。何ていうか、会えて良かった。こっち一人ですっきりしてて申し訳ないんだけど」


「ううん、いいよ。大事な人が亡くなったら色々しんどいだろうし。会いたいとか、そういうのはわかるから。彼右くんはすごく大変だったんだろうし」


「……かもね。でももう大丈夫だよ、おかげさまで。ほんと、先沢さんのおかげでさ。見ず知らずのやつにこんな事言われるのも気持ち悪いし怖いだろうけど」


 俺はそう言い、一歩後ずさった。


「それじゃあ、俺はもう行くよ。さよなら。ほんと、すごい気持ち悪い思いさせてごめんね。もう二度と現れないからさ。会うこともないだろうし」


「うん……まあでも、もしどこかで会ったら挨拶くらいはするから。なんてったってすごい号泣見ちゃった仲なんだから」


「はは、そうだね……じゃあその時は」


 俺はそう言い、一歩を踏み出す。が、


「ああ、それと、先沢さん車にだけはほんと気をつけてね。大丈夫だとは思うけど、車に轢かれたりさ、轢かれそうになってる人を助けようとするとか、ほんとそういうことなく無事で」


「うん……それは、その私にそっくりだっていう人が?」


「……うん。車に轢かれて。とにかくさ、気をつけてね。今は高齢ドライバーの事故とかも多いし」

「そうだね……わかった。気をつける」


「うん。それじゃあ」


 俺はそう言い、背中を向けた。



 俺は寒空の中、一人家まで帰った。不思議と寒さは感じなかった。全身に高揚感がみなぎっていた。願いが叶った。究極の願いが。あり得ないことが起きたのだ。彼女に会えた。会うことができた。生きている彼女に。そう、何よりも。


 彼女はまだ、この世界では生きている。


 会ったことがないも同然の相手。会話などあの一瞬だけ。それでも自分にとって彼女はとても重要な存在だった。死後であったが彼女の両親からもたらされる情報で、昔から知っているも同然の相手になっていた。そして何より、彼女が死の瞬間に俺に残した大いなる謎。その謎が、俺にとって彼女をこの世で最も特別な存在にしていた。


 そこで俺は気づく。そう、謎。謎だ。大いなる謎があった。彼女が墓まで持っていった、決して明かされることのない謎が、あったのだ。それこそが俺の彼女への想いの原点でありすべてでもあった。俺は、どうしてもそれを知りたくて願い続けていたんだ。


 何故俺を知っていたのか。何故、俺を助けたのか。


 何故、死の間際にあんな顔で俺を見たのか。



 それを、どうしても知りたかった。聞きたかった。けれどもその謎は、明かされなかった。彼女が生きていること、生きている彼女に会えたことの喜びで頭が一杯でその意味に気づけなかったが、謎は一つも解明されていない。


 彼女は俺のことを知らなかった。知らないと言った。それが本当かはわからない。けれども嘘をついているようにも見えなかった。それに「命を張って助けた相手」に会ったというのに知らないふりをするなどありえるだろうか?


 彼女は俺のことを知らない。多分それは事実であった。結果として謎は深まるばかり、というより新たな謎まで生じてしまった。彼女は俺のことを知らない。知らないのに名前を知っていた? 命にかえて俺を助けた? 一体どういうことなんだ?


 考える。考えるが、わかりようもない。タイムパラドックスとかそういうものなのだろうか。つまり、以前の俺は彼女と会ったことがなかった。けれども今の俺、つまり未来の俺が過去に行くことで彼女と出会った。だから彼女は俺のことを知っていた。そう考えると説明がつくかもしれない。けれども考えると謎ばかり増える。この二日過ごした限り、別に同じ時間軸に俺が二人いるわけではない。言ってみれば戻ったのは記憶だけで、未来の俺が過去の自分に同期したようなものだ。ループ以前に俺が二人存在していたわけでないなら、ループ前の俺にも彼女と会った記憶があるはずではないだろうか。


 何にしても、考えたところで答えなどでないことであった。ループ自体がありえないことなのだ。ありえないことに、決まった答えなどない。俺に答えが出せるわけもない。もしかするとここで終わりで、明日になれば元の時間に戻っているのかもしれない。


 とはいえ、そうなったとして未来は変わり彼女は生きているのだろうか? そもそも現時点ではどう考えても彼女には死ぬ理由がない。というより、俺を命がけで助ける理由がない。会ったのはさっきの一瞬だけ。彼女にとって俺は、眼の前で突然号泣したやばいやつでしかない。しかも自分の名前まで知ってる、普通に考えればストーカーの類だ。間違っても命がけで助け、「彼右くんが無事で良かった」などといって、死の間際に微笑みかけるような相手ではない。


 謎は、やはり深まるばかりであった。この出会いのあと、何故そこまでいくのか。事故の日まであと数日。その数日で俺と彼女は劇的に近づくのか。


 いや、そんなことはありえない。ありえないし、させてはいけない。少なくとも俺が関わりを持たなければ、彼女が俺を助ける理由など生じないはずだ。


 彼女と関わらない。それが彼女を死なせないために重要なことの1つ目だった。それと何より、自分が死なないこと。というより、自分が事故に遭わないこと。その場にいないこと。そうすれば彼女が俺を助ける理由も生じない。


 俺は、やり直すことができるんだ。彼女を死なせないことができるんだ。奇跡でしかないこの機会を、絶対に逃すことはできなかった。


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