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彼右と先沢の二人はそれぞれの場所で目を覚ました。それは「力」の譲渡が行われる日でもあった。今は先沢が力を持っていた。
二人はこの「現実世界」でも顔を合わせた。この時代、この年齢の人間としてはありえないことではあったが、互いの連絡先を暗記していた。そして直接会い、話をした。
「先沢さんは、ずっと、何度も俺のことを助けてくれてたんだな……」
「うん。でもそれは彼右くんも同じでしょ。お互い、何も知らないのに、どっちも何度も同じことを繰り返し続けて」
「はは、ほんと……おかげで終わらないし、実感なんてないけど宇宙が大変なことになってるみたいだけど」
「そうだね……考えもしなかったけど、でも知らないのに、どっちも同じことしてて。それは私たちが同じっていうか、似てるし気が合うし……とにかく、彼右くんも一緒だってわかって、少し嬉しかったかな」
「そうだね。まあ、正直事が事というか、自分のせいで何回も先沢さんが死んでたとか痛い思いしたとか考えると、あんまり素直に喜べないけど」
「それは私も一緒。でもこれでようやく、一番最初の大きな謎が解けたね」
「ああ、やっぱりあれ? 初めて会ったのに、自分は相手のこと何も知らないのに、なんであっちは知ってて命張って助けて、しかもあんなふうに笑ってたんだろうって」
「そう、まったく同じ。あれも全部、初めてじゃなかったからだったんだね。自分にとっては最初でも、彼右くんにとっては最後で……すごい不思議だし、多分そのせいで大変なことになっちゃっていうか、その謎が『戻りたい』っていう強い願い、力の源みたいになったんだろうけど。でもほんとに、ものすごい運命というかさ、私の最初があなたの最後で、あなたの最初が私の最後って、そういう、なにか悲劇的で、でも運命的なことを、お互い延々と繰り返してて……ほんとそういうの、あらためてすごいっていうかさ、ほんとに、すごいよね」
「そうだね、ほんと……想像もできないっていうか、まだ現実だとも思えないし。ほんとにSFの世界で。でも確かに、運命っていう点ではほんとすごすぎて……もうどう表現すればいいかわからないよね」
「ほんと。ありえない、想像もできないスケールが大きすぎることだし……。これから、どうしよっか。もう初めての出会いはない、私たちのこれから」
「そうだね……これは、絶対却下されるだろうし、俺だってやる気はないけど、たとえばずっと家にこもっているっていうのはどうだろ。安全で考えれば一番だけど」
「かもしれないけど、多分これまでのことを考えればそれでも死はやってくると思う。それに家だと、最悪家族も巻き込むし」
「だよな……第一そんなふうに生き延びても意味ないし」
「うん。だからどっちも、ちゃんと普通に生活しよう。ちゃんと自分の生活を、人生を歩んでいこう。毎日ちゃんと、明日があるって、未来があるって。自分の人生を犠牲になんてしないで、やりたいことを、夢を追いかけて。それをお互い、守っていこう」
「そうだね……ちゃんと、学校生活を送って、友達とも話して、遊んで……勉強して、進学とか就職とか、自分の生活を、人生を築いていって……」
「うん。それが生きるってことだし、私も、彼右くんも、そうやってちゃんと人生生きたいもんね。そういう生じゃないと意味ないって。そういう命を、相手に歩んでほしいって」
「そうだよ、もちろん。そのために、俺はずっと先沢さんを助けたかったんだから」
「私も同じ。やっていこう。何度も、何度だってお互いに相手にパスを続けて、全部分け合って、二人で背負って……そうやって少しずつ、一日でもいいから、未来へって歩んでいこう」
「……うん。何回死んでも、何回助けられなくても……少なくとも俺は誓うよ。ここに、先沢さんに。二人が生きていく未来を絶対作っていくって。絶対に、途中で自分だけ諦めたりしないって」
「うん。私も同じ。約束」
先沢はそう言って小指を突き出した。彼右もその小指に自身の小指を交わす。指切り。約束。そして誓い。二人はまた、繰り返しの日々に戻った。
*
二人は学校生活を続けた。毎日各々の学校に通った。そうして勉強をし、友達と交流した。そこになんの意味があるのか「私」にはわからない。人間のすることなどわからない。「私」はただ見るだけだ。知るだけだ。
二人はそうした生活の合間にも会うことがあった。それはもう死や救済は関係ない。ただお互いがお互いに会いたいから。大事な人だから。話したいから。知りたいから。それだけであった。何度も死に、何度も繰り返し、そうして一日を少しずつ更新し、前に進んでいく日々の中でも、二人はその運命のことは気にせず、ただ純粋に二人でいる時を楽しもうとしていた。
しばらくして二人は「付き合」った。交際。恋愛関係。それはある意味当然であった。この時間が始まる前から、二人は互いにとって大事な相手であった。想像もできぬほどの時間を共有してきた。命をかけるほど、相手のことを想ってきた。すべてを分け合ってきた。そしてこれからも、すべてを分け合おうと誓った相手であった。
それはおよそ一般的な高校生の「恋愛」とは異なっていたかもしれない。純粋な恋愛感情とは違う。そういうものは時間と事象と空間の共有で飛び越えていた。すべてを記憶しているわけではないが、二人には人より長い経験があった。蓄積があった。成熟があった。二人は互いにこれからの人生を、相手と共に過ごしたいという思いがあった。共に生きたい。かけがえのない時間を、共有したい。ただ生きるのではなく、自分たちが望む命はそういうものなのだと。自分たちが望む未来は、そういうものなのだと。困難な現実の中においても、二人は希望を失ってはいなかった。前を向いていた。自分たちにも未来があると、はっきり確信していた。それは互いがいるからこそであった。二人ならば、越えられる。二人ならば、明日に行ける。未来に行ける。自分たちの人生を、築けると。
本来現実を考えれば未来などない。未来など意味をなさない。未来のために現在において努力を積み重ねることなど、なんの意味も持たない。どうせ死ぬのだ。繰り返せる保証などどこにもないのだ。望む未来にたどり着ける保証など、どこにもないのだ。わかっているのは、常に片方が死ぬという事実だけだった。そしてそれは変わることなく繰り返された。それでも二人はめげなかった。諦めなかった。相手がしてくれたように、自分も助ける。二人で切り抜けていく。何度でも、何度でも、どのような死が相手でも。自分の、何より相手の未来のために。自分の未来は相手の未来であり、相手の未来は自分であると。
もはや二人は一心同体だった。二人で一つの命だった。すべてを分け合っていた。そうでなければ生きられなかったが、それがすべてではなかった。自分のためだけではない。ただ純粋に相手のことを想って。望む生はそれだけなのだと。そうでなければ、生きられないのだと。
二人は自分の夢に、目標に向かって歩み続けた。明日には終わるかもしれない未来であったが、そんなことなど関係なく先を見続け毎日を生きていた。目標のため、日々勉強をした。勉強。未来が保証されていなければほとんどなんの意味もなさない行為。普通であれば、自分が明日死ぬとわかっていればやることなどあり得ない行為。自分の未来が不確かであれば、やることなどない行為。
それでも二人は勉強を続けた。互いに励ましあい、応援しあい、時間と空間を共有し、努力を続けた。「受験生」になるとそれはより強まった。互いに互いの夢のために突き進んだ。明日などあるかわからない。死ぬ運命が待っている。互いにそれと戦わなければならない。相手を守らなければならない。毎日、そういう普通の生活とは違うしなければならないことがある。本来であれば勉強などやっている場合ではない。それでも二人は自分の未来を、二人の未来を信じ、勉強を続けた。
繰り返す。繰り返す日々。何度も死ぬ。何度死んでも慣れない。死の瞬間、遺体。何度見ても慣れなどありえるわけがない。いつだって心臓を締めつけられるような痛みがある。負荷は、ストレスは蓄積する。常人であれば耐えられない。けれども、自分が折れてしまえば、相手が死ぬ。相手は自分のことを信じてくれているのに。信じて何度も立ち上がってくれているのに。その信頼に答えなければならない。なにより自分がそうしたいから。強靭的な精神力。人間は、状況によって経験によってそこまで行くことができた。
*
やがて二人は志望校に合格した。高校を卒業し、大学生となった。そこまで辿り着くにも、人より多くの時間を要した。当人たちからすれば恐ろしく長い年月だったはずだ。常人では考えられない精神的負担があったはずだ。それでも二人はやりきった。そこまで辿り着いた。ただ一心に二人の未来を信じて。
二人とも都内の同じ大学に通った。学部は違うが大きな問題ではなかった。夢のため、学業に精を出した。二人で共に過ごす時間も大事にした。アルバイトもした。いつ何があるかわからない。少しでも長い時間共に過ごすため、その資金を。可能であれば大学生のうちから共に暮らす。親の反対はあったが、それでもその目標を抱いて働いた。のちに親も説得した。互いに親に会い、その人間性を証明した。困難な日々の中でも、それに負けず互いに支え合う二人。そこには見なくてもわかる何かがある。強固な精神の結びつき。互いを心から思いやる気持ち。親もまた、反対などできなかった。
もはや日常となった死と繰り返し。あれから五年近い歳月が経っても、それは変わらない。運命は変わらない。変えられない。普通であれば精神を蝕むもの。発狂してもおかしくないもの。けれども互いに一人ではなかった。二人だった。二人だったからこそ、日々を乗り越えることができた。想い。信頼。責任。一日、一日。その日の終りまで。ただひたすらに二人のために。
そして二人も、社会人となる時が近づいていた。
*
困難な日々の中でも、二人は生活を忘れることなく歩み続けていた。それはほとんどルーティンに近かった。そもそも人の死というのは常にあった。今日、明日、絶対に死なないというものはいなかった。二人はそれを経験として知っているに過ぎなかったのかもしれない。毎日、一瞬一秒を大切にする。次の瞬間にはそれが崩れ去ってしまうかもしれないから。そしてそれは絶対に訪れる。けれどもそこで悲観せず、投げやりにならず。だからこそ大事にする。一歩一歩を、共に歩み。
結果として二人は卒業に必要な単位も問題なく取得した。卒業後の進路も決まった。「普通」となんら変わりない生活を、未来を、はたから見れば順調に歩んでいた。同時に楽しむことも忘れなかった。楽しむことを恐れなかった。絶対などありえない。そもそもが何もかもありえない状況なのだ。どちらかが死んで一生戻らないかもしれない。両方とも死んでしまうかもしれない。最初まで戻って、すべてやりなおすかもしれない。経験など当てにならない。何が起きるかなどわからない。答えなどわからない。だからといって自分たちを見失わない。何も分からないこそ、この一瞬を丁寧に生きる。相手との時間を、大事に生きる。様々なところへ行く。様々なものを見る。様々な経験をする。すべてを共有する。この世は美しいから。この世は、生きるに値するから。
よく晴れた日。ただ二人で手を繋ぎ歩いているだけでも二人にとっては幸せだった。次の瞬間にそれが崩れ去ってしまったとしても、今のその幸福がなくなるわけではないことを二人は知っていた。死は訪れる。誰のもとにも平等に。それが次の瞬間かもしれないだけ。それを前もって知っているだけ。
そして未来は必ず訪れると、信じるだけであった。
そしてそんな二人の気高い魂が「奇跡」を起こした。
デートの帰り道。なんでもない公園の散歩。心地よい陽気の中手を繋ぎ歩く。常にその手に確かな相手の存在を感じている。
横断歩道。信号待ち。
不意に、子供が飛び出した。
二人の体は、同時に、反射的に動いていた。
飛び出す。子供の体を強く抱きしめる。二人で、互いに、包むように。子供の体と、相手の体を。
青信号めがけて走ってきた車が突っ込んでくる。ブレーキもハンドリングも間に合わない。そのまま、三人の体に衝突する。
三つの肉体は、大きく弾き飛ばされた。
病院のベッドの上で目を覚ます彼右馨。起きてすぐはうまく思い出せない。看護師や医者が慌てた様子でやってきた。喜んでいた。家族もいた。泣いていた。事情を聞いて徐々に記憶が戻る。
事故に遭った。車に轢かれた。ただの事故ではない。道路に飛び出した子供を守ろうとした事故。
「――梓は、あの子は……」
彼右馨は尋ねた。二人とも、生きていた。死んではいなかった。子供は二人が両側から包んでいたことにより、奇跡的な軽症だった。その分彼右と先沢の二人は重傷だった。彼右は丸三日意識が戻らなかった。彼が起きた時、先沢梓の意識はまだ戻っていなかった。
死ぬのか。死ぬかもしれない。これまでと違う。これまでの死とは違う。二人一緒に。少なくとも自分はまだ生きているが、そんなことはこれまでなかった。
けれどもとにかく。あの子が無事でよかった。彼右は心からそう思った。あの子供が、無事でよかった。死ななかった。軽症だった。これほど嬉しいことがあるだろうか。早く、彼女にも伝えたい。
けれども動けない。まだ動くことすらままならない。待つしかなかった。その身動きもできずただ待つ日々というのはこれまでに経験したことのない不安があった。大丈夫なのか。何かあった時、自分は戻れるのか。
そして数日後、先沢梓の意識が戻った知らせが届いた。
彼右は安堵した。緊張が解け、不意に涙が溢れてきた。体が動かなくても、重症でも、それでも構わず涙は出るのか、と一人笑った。
早く彼女に会いたかった。会って話がしたかった。その手に触れたかった。自分は無事だと、あの子も無事なのだと、自分の言葉で伝えたかった。けれどもまだお互いに動けない。ただひたすらに、待つ日々が続いた。そしてその待つ日々は、これまでと違っていた。
どちらも死ななかった。どちらも死なない。これまでにない、死のない日々。病院のベッドの上から動けないとはいえ、これまでどちらかに死が訪れない日というのはなかった。
死なない。死がやってこない。毎晩毎晩不安に思い眠りについたが、朝はやってくる。自分は死なない。何より彼女の死を心配したが、彼女も毎日を無事に過ごしていた。そうして一日一日、毎日が更新されていく。
ここが病院だからなのか。動けないから死に遭遇しないのか。それとも、すべては終わったのか。彼右には何もわからなかった。そうしてしばらく過ごした後、車椅子であったが移動して直接先沢に会うことができることになった。
久しぶりにその目で直接見た先沢は、自分同様ベッドの上にいた。
「梓……」
「馨……よかった。ほんとによかった……」
自然、二人の目元には涙が溢れていた。
「大丈夫? ケガは。大丈夫なわけないけど、めちゃくちゃ痛いよな。毎日さ」
「うん、ほんと。馨はもう動けるんだね」
「ていっても車椅子に乗って押してもらうだけだけど」
「それでもベッドから出れてるし」
「そうだね。俺のほうが少し目覚めるのが早かったから。あと、やっぱ筋肉とかあるし」
「はは、そうだね……聞いたよね? あの子、無事だったって」
「うん。軽症で後遺症とかもなかったって」
「ほんとよかったよね」
「うん。ほんと、ほんとによかった……梓も、無事で、目が覚めて、ほんとによかった」
「馨も。生きてて、ほんとよかった。私も、二人とも。両方」
「そうだね……医者が、二人だったから助かったんだろうって。あの子は当然、二人で挟んで、クッションみたいになったおかげで無事で、軽症で済んだけど、俺たちもお互いに強く抱きしめてたから、それで衝撃が分散されて吸収されて、とにかく全部一人で受けないで分け合ったから、そのおかげで無事だったんだろうって。奇跡だって言ってたよ。ほんと奇跡だし、二人の絆が生んだ奇跡だって」
「絆か……でも、奇跡だけど奇跡じゃないもんね、私たちにとっては」
「そうだね……」
二人はそう話した後、「少しだけ二人きりにしてほしい」と周囲に頼んだ。
「――梓、気づいてると思うけど、もう何日も俺たちは死んでない」
二人きりの病室で、彼右はそう切り出した。
「うん。もしくは、あの時どっちも死んでこれは長い夢の中か、死後の世界か」
「はは、それなら、死ぬのも案外悪くない気もするね」
「そうだね……わからないけど、今回はこれまでと違ったから……でもこの先何が起きるかわからないし」
「そうだね。ここは病院だし、病院だからこそ安全なのかもしれないけど、でもここで何かあったら、被害は自分たちだけじゃないだろうし……」
そう話している時、ドアがノックされた。
「お話中すみません。少しだけよろしいでしょうか」
その「看護師」はそう言って中に入った。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
その「看護師」は中に入り、二人のもとに近寄った。
そこで「私」は、こう言った。
「今から数分、この人間の体を借りる」
二人は、呆然としていた。
「『私』だ。もはやお前たちにとって何年ぶりかわからないが、昔あの『夢』の中で会ったものだ。あの何もない空間。便宜的に『神』のようなものを自称した。『因果律が閉じてしまった』と言えばわかるだろう」
『あ……』
と二人は同時に口を開いた。
「あの時の『私』だ。今はこの人間の体を借りている。すぐ返すから心配はない。本来このように現世に介入すべきではないが、二人に話があったからな」
『私』は続けた。
「二人ともしばらく死が訪れないことに困惑し警戒しているだろう。
結論から言う。お前たちの運命は切り替わった」
「……切り、替わった……」
「ああ。わかりやすく言う。死を二人で分け合った。一人分の死を、二人で分け合った。結果この重症だが、どちらか片方が死ぬことはなかった。それと同時に、常にどちらか片方にあった『死の運命』は昇華された。消滅だ。一つなら死だが、それを半分に分けたら重症。死という一つのりんごをどちらか片方だけがではなく、半分に分けて二人で食べた。そういうことだ」
「――じゃあ、俺たちはもう死なない、ってことですか……?」
「死にはする。人間だからな。ただその死の時期はこれまでと違う。毎日死の運命が訪れるわけではない。あとは一回だけだ。本当の死の時。最後のその一回。それが最初で、それが最後。それがすべてだ」
「じゃあ、あの『ループ』の力は……」
「あれもあの事故の時、双方が死ななかったことで譲渡先がなく昇華された。安心しろ。あの子供にも譲渡はされていない。萌芽程度はあるかもしれないが、その力を発動させるだけの動機はない。お前たちの『大いなる謎』のような、すべてを始動させた強力な動機はな」
「じゃあ、あの子が過去に戻ることは……」
「断定はできない。先のことはわからない。しかしおそらく大丈夫だろう。ともかく、因果律は再び開いた。正常に先へと向かい始めた。宇宙も、ただ膨張へと一直線に進んでいる。
何も問題はない。すべては元に戻った」
「……そっか……よかった……ほんとに、ほんとによかった……」
彼右はそう言い、脱力し車椅子の背もたれにもたれかかった。
「私からは以上だ。お前たちにはまだその怪我を癒す必要があるが、少なくとももうお前たちは他の数多の人間と何も変わらない。あれ以前と同じように、いつか来る死に向かって、まっすぐに歩んでいけばいい」
「そうですか……あの、結局、この運命とかループとか、なんでこれは、あったんでしょうか」
「それはわからない。少なくとも私には。運命、と一言で片付ければ楽かもしれない。閉じた因果律には始まりはない。始まりがなければ原因も結果もない。その閉じた因果律の中では何もわからない。
しかし、あえていうならば人間のあまりにも強固な意志の力によるものかもしれない。お前たち二人の、あまりにも強固な、互いを想う気持ち」
「私」はそう言い、二人に背を向けた。
「『私』はこれで帰る。もう二度とお前たちの前に現れることもないだろう。この人間の体も早く返さなければならない。ともかく、二人は残りの人生を存分に生きろ。これまでと違い、それは間違いなく一方向で有限で、終わりがいつかなどわからないのだから」
「はい……その、ありがとうございました……」
「……『私』も、まさかこんな終わりが、解決があるとは思わなかった。その点は済まない。しかし『私』は神でもなんでもない。全知でも万能でもない。それを打ち破ったお前たちに、素直に感心する。
お前たちは、人間はすごいな」
「私」はそう言い、ドアの前に立った。
「この人間に体を返す時間だ。では、さらばだ」
そう言い、ドアを開け廊下に出た。そしてドアを締めた。そこで「彼女」に、体を返した。
*
ここからは、「私」が二人の最期までを見た記録だ。「私」は、二人のその最後まで、見続けた。万が一にも何も起きないように。しかしそれ以上に、この二人の人間の人生を、見届けたいと思った。
退院した二人は、生活を共にした。社会人として、自身の目標であった仕事に日々邁進した。その中でも常に互いを思いやった。毎日を丁寧に、大切に生きた。
やがて二人は結婚した。子供ができた。二人目もできた。その子供たちを育てた。
子どもたちはやがて大人となり家を出ていった。また二人に戻った。二人は、徐々に初老と言える年齢に近づいていった。
様々な場所を旅行した。この世界の、色んなものを見に行った。二人手を繋ぎ、なんでも分け合った。その命を。その人生を。
やがて二人は老いた。孫もできた。命は、時間は繋がっていった。しかし徐々に、二人の人生にも終わりが近づいていた。
先に亡くなったのは馨の方だった。大往生と言っていい。老衰。彼が死んでも、梓が過去に戻ることはない。そんな力はなかったが、あったところで戻ることなどない。十分に生きた。目一杯生きた。これが寿命だ。自分の、自分たちの人生を、目一杯生ききった。
その二年後、後を追うように梓も亡くなった。二人の遺骨は同じ墓地に埋葬された。しかしそこには、二人の魂はなかったが。
見届けた。「私」は二人のすべてを見届けた。とはいえ、二人の子が、子孫が残り続けてる以上、それは正確には終わりではないのだが。
ともかく、二人は死んだ。その命を十分に生ききって。戻ることなどありえない。一方向に進むだけ。やり直しなどない。二度目などない。たった一度きり。
それこそが人間だ。それこそが人生だ。それこそが、命だ。
だからこそ、それは終わりなき「永遠」であるのだ。